スニーカー

クロノヒョウ

第1話




 ひと目見てすぐにわかった。

 大きな瞳に小さな唇、子どもの頃の面影がそのまま残っている。

 決定的なのはグラスを持つ指のすき間から見える、右手の中指と薬指の間の付け根にあるホクロだ。

「隣、いいですか?」

 聞くと長谷川さんは黙ってうなずいた。

 突然のどしゃ降りの雨。

 駅まで走ろうかと思っていたが止みそうもなかったためにバーに入った。

「すごい雨ですね。びしょびしょだ」

 出されたおしぼりで濡れたカバンとスーツを軽く拭いた。

「私も濡れちゃって」

 下を向いた長谷川さんにつられて足もとに目をやった。

 濡れたハイヒールからのびる足。

 その細い足を覆うストッキングがびしょ濡れになっていた。

 忘れもしない、小学校五年生の頃だ。

 太っていて運動が苦手だった俺はスマートで明るくて活発な長谷川さんに憧れていた。

 ポニーテールにジーンズがとてもよく似合っていてカッコよかった。

 でも今の長谷川さんはちょっと違った。

 ちょっと高そうなワンピースはどこかお高くとまっているような印象をうける。

 それにどこか寂しそうだ。

「小川といいます」

 目の前に置かれたジントニックのグラスを持って長谷川さんのほうへとかかげた。

「あ、長谷川です」

 そう言って持ったモヒートのグラスと乾杯した。

 二学期の終わりに転校したから、きっと長谷川さんは俺の存在なんて覚えてもいないだろう。

 もし覚えていたとしても、あの頃と違って俺は痩せて背も高くなっているから気づくはずはない。

 少しずつ会話を重ねながら飲んでいると、酔いがまわってきたのか長谷川さんはよくしゃべるようになった。

「ああ~もう、足が濡れて気持ち悪ぅい」

「だいたいさぁ、最初から無理だったんだよねぇ」

「疲れるっつうの!」

 何があったのかたずねると、どうやら彼と別れたばかりらしかった。

「それで、さよならして歩いてたら雨! もう足は痛いわ濡れるわで最悪だよぅ」

 長谷川さんの話を整理すると、マッチングアプリで知り合ってお付き合いしていたそうだが、相手は年上の金持ちだったために相当背伸びしていたらしい。

 どうりで雰囲気が違ったわけだ。

「大丈夫? 駅まで送るよ」

 雨もあがったようだし、会計を済ませ眠たそうな目をしている長谷川さんとバーを出た。

「やだもう、無理」

 外に出た瞬間、長谷川さんはヒールを脱いで手に持った。

「ぜんっぜん乾かない。気持ち悪い」

 だからと言って裸足で都会の真ん中を歩くのは危ない。

「ほら、乗って」

 俺は咄嗟にしゃがみこんで長谷川さんに背中を向けた。

 そういえば、あの頃にも長谷川さんをおんぶしたことがあった。

 体育の授業でバレーボールをしている時、ボールが怖かった俺は目の前にきたレシーブから逃げた。

 するとちょうど後ろにいた長谷川さんの顔面にボールが直撃してしまったのだ。

 俺はすぐに長谷川さんをおんぶして保健室に走った。

 その時に長谷川さんが履いていた真っ赤なスニーカーが今でも目に焼き付いている。

「靴買ってやるから、それまでほら」

 酔っているからか長谷川さんは素直に俺の背中に乗った。

 ちょうど近くにスニーカーショップがあった。

「何センチ?」

「23」

 店内の椅子に座らせ、何足か手にとって長谷川さんの前に並べた。

「あはは、真っ赤は無理だよ小川くん」

 つい手にしてしまった真っ赤なスニーカーを見て長谷川さんは笑っていた。

「無難に白にする」

 そう言って白いスニーカーを履いて立ち上がった長谷川さんは、やっと昔の長谷川さんに戻ったように見えた。

 明るくて活発でいつも笑顔いっぱいで元気な長谷川さんだ。

 店を出ると、少し酔いもさめたのか長谷川さんは真っ直ぐ立って頭を下げていた。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 駅につくと長谷川さんは突然笑いながら振り向いた。

「ずいぶん変わったね、小川くん」

「え?」

「ふふ、私今まで男の人におんぶされたの小川くんだけだよ」

 ということは、もしかして長谷川さんは気づいていたのか?

「ちょっと待って、いつから気づいてた?」

「最初から。じゃなきゃ、初対面の人にあんなにベラベラしゃべらないよ。知らない人の背中にも乗らないし」

「ウソだろ、まさか、覚えてたんだ」

 たった一年たらずしか一緒にいなかったのに、覚えていてくれたなんて。

「おんぶしてもらったのが強烈だったしね。それにスニーカー」

「スニーカー?」

「覚えてない? 小川くん、ずっと私のスニーカーを褒めてくれてたの。カッコいいとか似合ってるとか」

 言われてみれば、確かにそんなことも言っていた。

「やっぱり長谷川さんはスニーカーが似合ってるよ」

「ふふ、ありがとう。今度会う時もこれ履いてくるね。じゃあね、おやすみなさい」

「あ、うん、おやすみ」

 長谷川さんは大きく手を振りながら改札を抜けて行ってしまった。

 真っ白なスニーカーを目で追いながら、覚えていてくれたのと今度また会えるという嬉しさをいつまでも噛み締めていた。



           完




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