会いに行くから待ってて。
梶ゆいな
会いに行くから待ってて。
同じクラスの三浦とは顔を合わせると必ず口喧嘩が始まって、この1年8か月の間ろくな話をしてこなかった。
元々、無愛想な人間だとは思っていたけれど私と話すときは特に仏頂面で「一度くらい笑ってくれたらいいのに」と何度思ったことか。
だけど、そんなことを思うのも今日で最後だ。
「じゃあ、三浦から最後みんなに一言」
中央に『三浦くんへ』と書かれた寄せ書きの色紙を持ちながら、黒板の前へと立つ三浦。
「あー、約2年お世話になりました。新しい学校でも頑張ります」
みんなと顔を合わせるのは今日で最後になるというのに最後の最後まで愛想のない男だ。
教室にはパラパラとまばらな拍手が鳴り響く。
私も机に肘をつきながら拍手を送った。
私たちは友達と呼べるほど親しい間柄ではない。
連絡先だって知らないし。
三浦の転校は空席がひとつできる。
ただ、それだけの話だ。
喧嘩をする時間が減ってむしろ清々する。
それを本音にするはずだったのに──。
「転校生に一言もなく帰るつもりかよ」
先に教室を出たはずの三浦が昇降口で声をかけてきた。
いつものように仏頂面で。
雪の降る中、鼻先を赤くして。
「新しい学校ではもっと愛想よくしなよ」
「なんだそれ」
当然のように肩を並べて歩く三浦。
「早く帰って引越しの準備しなくていいの?」
「俺はおまえと違って余裕をもって準備するタイプなんだよ」
「私だってそうだけど」
「よく言うな。文化祭の前日に衣装の布が足りないって騒いでたくせに」
「よく覚えてるね。そんなこと」
「…………」
三浦が急に黙るから、ふたりの間にギュッギュッと雪を踏む音だけが響く。
何か言ってよ。そしたら私も──。
「…………」
「…………」
「ぐしゅん」
先に沈黙を破ったのは私だった。
「ずいぶんと個性的なくしゃみだな」
「うっさい」
最悪。いつもなら雪の降る日はマフラーと手袋を欠かさないのに。
今日は気が回らなかった。誰かさんのせいで。
「……しゃーねぇな」
隣を歩いていた三浦が足を止めて、私も思わず立ち止まる。
この寒さの中、巻いていた紺のマフラーをほどく三浦。
「何やってるの?」
「やるよ」
まだ三浦の熱を、香りを、宿したままのマフラーがぐるぐると私の首に巻かれていく。
「なんで……」
いつもの三浦なら、こんな寒い日に防寒具を忘れた私を馬鹿にするのに。
「餞別。大事にしろよ」
どうして今日に限って優しくするの。
「餞別……か」
三浦は今日この町からいなくなる。
連絡先すら知らない私と彼が会うことはもう二度とないだろう。
だったら最後くらい素直になろうか。
「ありがとう三浦。大事にする」
今まで三浦には見せたことがなかった笑顔を浮かべて。
「あー……やっぱマフラー返して」
「な、何よ、惜しくなったの?」
「うん。やっぱり手放すなんて無理だって気づいた」
なんだ、やっぱり三浦は三浦だ。
全く優しくなんかない。
優しくないどころか残酷だ。
温もりを、香りを、私に覚えさせたくせに。
「はいはい、返しますよ」
首に巻かれたマフラーを外そうとしたとき三浦が私の手を掴んだ。
「違う。また今度、返しに来いよ」
私の目の前には仏頂面でも、笑顔でもない。真面目な表情をした三浦がいた。
「今度……?」
何を言っているのかさっぱりわからなくて首を傾げた私に「勘の鈍い女だな」と呆れた声が降ってくる。
「会いに来いよ。俺も会いに来るから」
三浦の頬が赤くなっていることに私は気づかないふりをした。
彼の目に映る私もきっと同じように頬を赤く染めていたからだ。
「じゃあ、連絡先教えてよ。じゃないと返せないでしょ」
「それが人に物を借りてるやつの態度かよ」
私は呆れた様子の三浦と寒空の下、連絡先を交換した。
駅までの道を歩く間もいつもと変わらず売り言葉に買い言葉が続いて結局、最後の最後まで私は私で、三浦は三浦だった。
***
別れの際、三浦にかける言葉をあれでもないこれでもないと探して最初的に導き出したのは至ってシンプルな言葉だった。
「また……ね」
たった3文字。
本当はもっと伝えたいことがあったけれど、三浦との時間はこれが最後じゃないとわかったから明るい気持ちで送り出せる。
「ああ、またな」
私たちはふたりでせーので背を向けて、歩きだした。
首元のマフラーに触れて三浦と過ごした日々を思い出す。
どれもくだらなくて、かけがえのない時間だった。
私は近いうちにマフラーを持って三浦に会いに行くだろう。
そしたら、今度は私から伝えるんだ。
三浦と口喧嘩をしてる時間が好きだったって、本当は一緒に卒業したかったって。
────三浦のことが大好きだって。
まだ知らない三浦のこと、まだ知ってもらえていない私のこと。
これからたくさんの時間をかけて話していけたらいいな。
fin.
会いに行くから待ってて。 梶ゆいな @yuina_kaji
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