桜舞う季節の記憶 (エピローグ)
春の柔らかな光が差し込む午後、桜の花びらが風に舞い散る庭で、私は古いベンチに静かに腰を下ろした。木目の温もりが手のひらに伝わる。ここは、ミケがいつも日向ぼっこをしながら、まどろむように過ごしていた特別な場所。数週間前、彼女は私の腕の中で、最後の穏やかな息を引き取った。その瞬間、ミケの小さな体から伝わる温もりと、安らかな表情は今も鮮明に心に刻まれている。
庭には優しい静けさが広がっている。かつてミケの明るい鳴き声や軽やかな足音が響いていたこの場所は、今では春風の囁きと小鳥たちの歌声だけが聞こえる。それでも不思議と、寂しさよりも温かい気持ちがこみ上げてくる。この庭の隅々には、ミケが残してくれた愛の記憶が息づいているからなのだろう。
最初の日々は、涙が自然と溢れ出た。朝の光が差し込むたび、ミケがいつも丸くなっていた窓辺のクッションが空っぽになっていることに胸が締め付けられた。彼女のお気に入りだった毛糸のボール、いつも寄り添って眠った枕の窪み、爪とぎで作った小さな跡が残るソファの端——それらに触れるたび、彼女がもういないという現実が波のように押し寄せてきた。
けれど、時は不思議な癒しをもたらしてくれる。日が経つにつれ、深い悲しみは少しずつ、温かな感謝の気持ちへと変わっていった。ミケが教えてくれたのは、言葉なき絆の強さと、共に生きる喜びの尊さだった。彼女は小さな体で、無条件の愛とは何かを静かに教えてくれていたのだ。その愛情は、今も変わらず私の中で息づいている。
今日、満開の桜の下でミケを思い出しながら、心が不思議と軽くなるのを感じる。彼女はもうこの世にいないけれど、私たちが紡いだ絆は永遠に消えることはない。風に乗って舞う桜の花びらを見つめながら、私は心の中で感謝の言葉を紡いだ。
「ありがとう、ミケ。あなたと過ごした一瞬一瞬が、かけがえのない宝物だったよ。あなたが教えてくれた愛と優しさを胸に刻んで、これからも前を向いて歩いていくね」
新しい季節の息吹を感じながら、私は微笑む。悲しみを抱えながらも、明日へと歩む勇気をミケは私に与えてくれた。彼女との思い出という光を心に灯しながら、私は新たな一歩を踏み出す準備ができていた。
庭を出る前に振り返ると、夕焼けに染まる桜の木が、オレンジ色の優しい光に包まれていた。その木漏れ日の中で、一瞬だけミケの姿が見えたような気がした。それは光の戯れだったのかもしれない。でも確かに、彼女の存在は私の心の中で呼吸をし、生き続けている。そしてこれからもずっとそうだろう。
別れは終わりではなく、新しい形での出会い直しの始まりなのだ。ミケとの思い出は、いつか再び会える日まで、私の歩む道を照らす星明かりとなり続けるだろう。そして、春の桜が舞うたび、彼女の愛を思い出し、心に温かな光をともすことができるだろう。
老猫ミケの最後の旅 〇ラックさん〇ー @m0r1n0kuma3
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