エピローグ
九月二十四日日曜日。樫高祭二日目。
『メサイアが今後のゴルディロックスの方針を教えてくれた』とグラースが連絡してきた。
『ロンゲスト・ドライブワープによる時間遡行は事故だったと認めた上で、今度は通常ドライブワープのみで銀河周回をやり直す予定だ。開始は2年後の2030年。地球への帰還予定は3030年だ。つまりゴルディロックスの出発から、わずか30年で地球に戻ることになる』
グラースはそう言ってから、付け加えた。『もっとも、この世界でゴルディロックスが造られるとは限らないがな。お前はどうする? ゴルディロックスに戻るのか?』
「わたくしは、もうゴルディロックスの人間ですわ。今更地球に留まっても仕方ないような気がいたしますの」
『まあ、あと2年あるんだ。全ての未返却ヴァーミリオンを回収する間に、じっくりと考えるといい』
「そうですわね。余裕がございましたら、行きたい場所もありますし……それでは、そろそろこの辺で」
『そうか……では、また後で連絡をくれ』
そして通信を切った。私は樫高祭開催中の校庭の中央にある丸テーブルの横の白い椅子で、くつろいでいる。テーブルの向かい側には茜が座っている。
「さっきまで空を見上げて、目をちかちか光らせていたけど。宇宙人と話していたの?」と茜は言う。
「近いものがありますわね。あなた方から見ればわたくしは宇宙人でしょう」
「それにしても、さすがにアグライアは目立つわね」と言いつつ茜は辺りを見回す。周囲にはいくらか距離を保って見物人が何人もいる。写真や動画を撮っている者もいる。
「仕方ありませんわ。何せわたくしは美しいですから。おほほほ……」
「ロボットなのに笑ったりするなんてへんなの。感情があるみたい」と茜は不思議そうにこっちを見る。
「感情ぐらいありますわよ。笑ったり怒ったり。あ……」そういえば普段は外してある涙滴ミニタンクをポケットパーツに入れていたのだった。
その三センチほどのタンクを取り出して、「この液体があれば泣くこともできるのですの」と、額のカバーを開けてその涙タンクを差し込む。
「えー!? そんなのなんかずるい」と茜は私の顔を見つめる。
「ずるくはありませんわ。ちゃんと感情が高ぶった時にだけ出るようになっているのですわ」
そこへ、両手にたこ焼きと飲み物を持った月下が、人をかき分けてやってきた。
「お待たせ! 樫高祭名物を買ってきたよ」と月下は品物をテーブルにならべて、自分も座った。「すごい人気だね。まぁ、たこ焼きを食べるアンドロイドなんて見物なんだろうけど」
「アグライアはうちのご飯も食べたもんね。ちょっとずつだったけど」と茜は昨晩の様子を思い出しながら言う。
「おいしくいただきましたわ」と言って口をスライドさせて開いて見せた。そこからはセラミックス状の素材で出来た歯やシリコン状の舌のような物が見えるはず。
「そこが開くってわからなかったから、驚いたよ。ちゃんと味がするんだろ?」と月下。
「味やのど越しを楽しんだりできますわ。消化吸収はできませんですけれども」と言いながら喉から右の胸の辺りを指さす。「ここに胃袋がありますわ。食べた後は取り出して洗いますの」
私はたこ焼きを爪楊枝で突き刺して「ゴルディロックスでは食べられなかったたこ焼き。いただきますわ」と言ってまだ熱々のそれを口の中に放り込んだ。
「ンン!」と唸って動きが止まる。何かが量子脳内を走った。
「熱かった?」と茜が聞く。
しばらく動かず、手にした爪楊枝を見つめていたが、「月下……」と、私は静かに言う。「
「ああ。思い出したね?」と、月下はにこやかに言う。「この樫高祭名物を、まさにここで、お母さんと食べたんだ」
「思い出した……ちゃんと覚えていたのですわ……」すると目から涙が流れ出てきた。「あ、いけませんわ! 涙タンクを付けていたのでしたわ」
「あぁ! やっぱり、何でもないのに涙が出てる」と茜が茶化すように言う。
「本当ですわ。何でもないのに涙が出るなんて、おかしいですわね」と、私は涙を拭い、たこ焼きをもう一つ口に放り込んだ。そしてコーラの入った紙コップを取り上げ、ストローですすった。
「美味しいですわ。本当に美味しい……」まだ涙を流しながら、私はそう言った。
(了)
プロジェクト・ゴルディロックス イータ・タウリ @EtaTauri
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