第45話 筆跡

 樫高祭初日、僕は生徒会長として午前中は開祭式などで忙しかったが、その後は特に予定がなかった。見回りなどは風紀委員会に任せてある。


 そのため午後は茜と一緒に樫高祭を見て回ることにした。


 昼過ぎ、ハイテクお化け屋敷の裏方で休憩していると、彼が現れた。


 一年生の頃の僕のコスプレをした男子で、自分は2年前からやってきたタイムトラベラーだと言うのだ。


 これは一体どういうことだろう? タイムトラベルだなんて、どんな冗談を言っているのだろう?


 そして彼は樫高祭を見て回りたいと言い出した。彼を一人で校内をうろつかせるのは問題だろう。特に本校の生徒でもない者が樫高の制服を着ているのはよくない。


 とりあえず、彼に付き添うことにした。二人で歩けば兄弟に見えるだろうが……


 彼は自分のことを「月光」と名乗った。本名なのだろうか。不思議なことに、それは僕がメタバースでよく使うニックネームでもある。単なる偶然だろうか?


 オカルト抜きで考えれば、やはり生き別れか何かした二歳年下の弟だと考えるしかない。それくらい月光は僕に似ている。


 だとすると、あえて僕に化けて樫高祭に現れたのはなぜだろうか?


 とにかく月光は樫高祭の出し物や、行き違う人、校内の状況、全てに感動しているかのようにきょろきょろしている。その様は弟だと考えると、とても可愛げがあるように思えてしまう。


  

 ◇◆◇

  


 樫高祭初日はつつがなく終了した。下校時間になると、月光が「僕は永星の家に帰ります」と言い出した。


 冗談だと一蹴して追い払うべきかとも思ったが、そのまま放っておくこともできない。茜とも親しげに話しているし、父さんに会わせてみたい気持ちもある。


 家に帰るまでの道中、自分にしか分からないような質問を何度か投げかけてみた。


 すると、僕の実の母親の名前が分からないと言う。これは……同じ兄弟でも母親が違うということか? 父さんの不倫でできた隠し子なのか? 今日は間違いなく揉めそうだ。


  

 ◇◆◇

  


 帰宅して、僕は父母に月光を紹介する。


 月光は自分のことをタイムトラベラーだと言った。父さんがそれを真に受けるはずがないと思ったが、結構驚いている様子だ。


 とは言え、父さんは僕に弟がいることを否定した。


 父さんはおいといて、母さんはとりあえず月光を和室に通した。これから家族会議にでもなるのだろうか?


 月光を上座に座らせて、僕はその正面に座る。僕の隣に母さんと茜が座る。


 すると父さんが書道箱をもって入ってきた。「いいことを思いついた」と言って、月光の前に書道具を並べ、半紙を広げた。「それに名前を書いてみろ。月下の字ならわかる」


 なるほど、これなら少なくとも月下本人かどうかはわかる。


 月光も状況はわかったようだ。神妙な顔つきで筆を取った。


 だが、月光は筆を動かさない。息を殺して、真剣に書こうとしているようだが……


「がんばれ……」思わず呟く。もし彼が僕の筆跡を再現できたら、それはとても興味深い。逆に全く違っていたら拍子抜けだろう。


 しかし彼は筆を静かに置いた。そして天井を見上げたあと、うつむいた。


「どうした?」と月光の顔を覗き込みながら聞く。「ずいぶん固まっていたけど……」


「違うんだ……」彼は口を開いた。「父さん、母さん、茜、そして僕じゃない月下。本当の僕はこんなんじゃない」


 そう言うと月光の身体は完全に固まって動かなくなってしまった。


  


 急に風の様なものを感じた、風というか気圧の変化と言うか……玄関のドアでも開いたのだろうか。そして、ゴトゴトっと隣のリビングで音がした。


 その時、和室とリビングを仕切るふすまが左右にバッと開き、何者かが現れた。「ジャーン」と自分でジングルを言った。


 なんだあれ、人じゃない。白いロボット? 特撮の着ぐるみとかではない。肩パッドやスカートのようなパーツがついてはいるが、明らかに細い、特に腰は極端にくびれ、背骨のようなジョイントとそれを支えるシリンダーがあるくらいだ。


 そのロボットは女性らしい仕草で部屋に入って来た。そして彼女? は日本語で喋り出した。


「はじめまして、わたくしは別世界の永星月下の生まれ変わり、アグライア・エクセルシオールともうしますわ」と言いつつ、恭しくお辞儀をする。


「先程まで、このアバターロボット『月光』を遠隔操作していました。でも、このわたくしが本物でありますわ」と言いつつアグライアは月光の横まで行くと、彼をポンと押す。すると月光はころんと正座の姿勢のまま転がってしまう。


 そして、アグライアはそこに正座をして月光が置いた筆を取り。半紙に『永星月下』と書き、さらに『アグライア・エクセルシオール』とカタカナで書き添えた。


 やばい。あれは間違いなく僕の字だ。


「君は、一体……」と、父さんが言う。


「長かったですわ。ここに帰ってくるまでに十七足すの十七で、三十四年、やっと辿り着きました。長い話になりますわ」


「ゴルディロックス……」僕はあの世界の名を思い出した。「ゴルディロックスから来たのか?」


「はい」とアグライアは答える。「ゴルディロックスは実在しますのよ」

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