トレントとの会談

滞在を3日と決め、深夜にトレントの王との会談をすることにした。唯一言葉をかわせるものを、俺達は勝手に王と呼んでいた。

ここを彼らの家としたのはエリサだ。

そこには利害の一致がある。

トレントは魔法生物と言われているが、本人達は魔物と言っているので魔物だ。本人達は望んで人を襲うことはないが、魔物は人から見れば敵だ。

そして襲われれば対応せざるを得ない。

一度争いが起これば後は坂を転がるように関係は悪くなる。

争いが嫌いなトレントは木に擬態するが、人間は木を切る。切られれば抵抗をするのは生き物であれば当たり前の事だ。

詰まるとこ、とことん相性が悪いのだ。

エリサはトレントの守護、トレントは彼女の家の守護を約束し、契約が成り立っている。

「来たか…。久しぶりだな。」

喋る大樹を見上げる。 

「あぁ。久しぶり。」

「うむ。20年ぶりだな。」

木の幹が割れて顔が現れる。俺は彼の前に座って酒瓶を取り出した。 

「トレントと酒を酌み交わす人間はお前くらいぞ?」

「はは。いいじゃないか。長い付き合いだ。そうだろう?」

「そうじゃな。お前達には恩がある。魔族に恨みがあるのに、魔物には理解がある。そういう相手だからこそ、ワシ等もお前達を信用している。」

伸びてきた木の枝が手のようになり、差し出した瓶を受けとる。器用に口へと運んで一口飲んだのを見届ける。

「利害の一致。そうだろう?」

「ふっ、そうじゃったな。人は理由を欲しがる生物じゃ。お主は本心ではそんな理由を欲してないくせにな。」

「そちらの信頼を勝ち取り安い理由付けは必要だった。それにエリサは実際君達を利用する意味で連れてきてたし、ただ利用されるのは誰だろうと気にくわないだろ?君達は知能のある生物だ。騙したりはしたくない。」

「異世界の者は平和ボケしてるんだな。利用できるものは適当に利用すればよいものを。」

「当然だ。殺し合いのない世界だった。魔物と四六時中戦ってふらふらだった俺を助けてくれた上に、エリサと引き合わせてくれたことには感謝しかない。俺からすれば恩返しだよ。」

「ワシ等は人と争いたくはない。しかもどう足掻いても勝てない者に挑むなど、あり得んことよ。だからこの森の主人に丸投げすることにした。結果的にお主が助かっただけよ。」 

「それでも…だ。魔物から俺を守ってくれたことぐらいはわかる。」

「恩を着せる気はない。お主はここに聖属性の結界を張り、魔族からワシ等を守っている。ウインウインの関係…じゃったか?」

「そうだな。」

ぐいっと瓶を煽る。

「これからウィンディーネも俺等と旅に出る。より強く結界は張っておくが、ヤバくなったら逃げてほしい。」

俺の言葉にざわざわと木々がざわめく。

「ふむ。すまんが逃げる気はない。例え最後の1本になろうと、ワシ等はお前達の大切なものを守り続ける。それが長く続いたワシ等からお前達への感謝の気持ちの表し方よ。」

「だが…。」

「お前達の子供達、それに聖女アイリス。ワシ等と心を通わせようとしてくれたもの達がこの地で眠っている。最初は利用し合う仲だった。確かにそれはそうだ。だがの…ワシ等はお前達を家族と思っておる。逃げろと言われて逃げるわけにはいかん。」

ぐいっと瓶を傾けると、酒が喉を熱くする。

少し涙が出たのは、酒のせいだ。

「すまない。」

「そこはありがとうでいいんじゃ。お主はあの少女を守ることだけを考えればよい。ちゃんと愛してやれ。」

「そう…だな。」

「迷っておるのか?」

その言葉に瓶を傾ける手が止まる。

「わかるか?」

「長い付き合いじゃからな。」

「そうか…。」

止まっていた手を動かし、一気に酒を煽る。

「体によくないぞ。」

「はは。」

「笑い事ではないのだがな…。」

酒で死ぬ事はない。一時泥酔できても、酒は次の日には分解されてしまう。

どうやらそういう体質らしい。

だからアルコールは俺にとって毒にはならない。

「怖いんだ。俺が愛したものは全員死んでいく。俺は誰一人守れない。俺は…弱い…!」

「ふむ…。確かにお前はただ一人生き残ってきた。その呪い故に…お前は誰よりも苦しんできた。その気持ちを理解して助言を出来るものなどこの世界にはおらん。ワシから言えることは愛して隣にいてくれる人は大事にせよということだけじゃ。おぬしがその長い人生で本当に一人だったのは死の土地にいた20年間だけだ。人生の十分の一。それ以外時間で一人にならなかったのは、おぬしを愛したものがその命を燃やしてお主を支えようとしからじゃ。死の土地に籠ると決めたときだって、多くのものがお前を止めたはずじゃ。ワシを含めての。」

「そう…だな。」

皆が俺を止めた。それでもそれが俺のやるべき事だと突っぱねて籠った。誰もそれを望まなくても、それが世界のためなのは明らかだった。

「もうよい。世界など守るな。ただ大事な人を守れ。もう十分だ。世界がお前に牙を向くなら、ワシ等が戦おう。」

「…っ!お前達は…穏健派だろ…。」

「友の為なら命など二番目よ。ワシ等は長生きしたいわけじゃない。今は友と共に生きたい。だからお前達の家を守る。ここはお前達が帰ってこれる場所だ。」

「やめろ…。最近涙脆いんだ…。」

「ふっ。昔からじゃろ。エリサが死の間際にここに来てワシ等に何て言ったか教えてやろうか?」

「それ言っても良いのか?」

「別にいいじゃろ。死者の言葉は生きてるものにこそ伝えるべきよ。」

その言葉に少し迷った後に頷いた。

「私の泣き虫で優しい旦那様を守って、一緒に生きてあげてほしい。それがあやつの最後の言葉じゃ。本当に…あやつは心からお前を愛していた。今のお前にはそれを知ることが必要だとワシは思った。誰かを愛するとは尊いことだと、ワシ等はお前達から教わったからだ。」

「全く…。お前達は本当に優しい種族だな。」

「ふっ、貴様にだけは言われたくないわ。」

「恥ずかしいからやめろ。ほら、飲め。お前もたまには酔っぱらえ。」

魔物が酒で酔うのかは知らんが、俺だけいつも酔っているのは不平等だ。

「ふむ。まぁ付き合うとしよう。」

「他のトレントにも配ってくれ。酒だけならたくさんある。」

「全く…。仕方ないヤツだな。」

そう言いながら俺が並べた酒瓶が次々と周りの木々を回っていくのを見ながら、俺は黙々と酒を飲み続けるのだった。


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