契約精霊との密談

エリサさんとりゅーとさんの家に来た夜。

皆が寝静まった後、私はなんだか眠れなくて二階の部屋から出てリビングへと向かう。

するとリビング内は明るくなっていて、扉の先にはウィンディーネさんがいた。

「あら、マスター。眠れないんですか?」

微笑みを向けてくれる彼女に頷いて、テーブルを挟んだ反対側に座った。

「何か気になることでも?」

「うーん…。自分でもわからないわ。私、寝付きはいい方なんだけど…。」

「旦那様の過去が気になるとか?」

その言葉に心臓が跳ねる。彼女は何か知っているのだろうか。期待を込めて彼女を見る。

「そんな期待の眼差しを向けられても正直たいして知らないです。」

くすくすと彼女が笑い、私は肩を落とす。

「ふむ。」

彼女が紙を取り出して何かを書く。

そこには知らない文字が書かれていた。

「これで龍斗ですね。彼が異世界から来たというのは知ってますか?」

「うん。それは知ってる。この森でエリサさんがりゅーとさんを助けたことも、エッチなことしたことも…。」

「あら、彼がそんなことまで?」

「ううん。私、エリサさんの記憶を見たから。剣が教えてくれたの。」

「ふふ。そうですか。確かにあの剣には彼女の魂が込められてる。何もおかしな事はないですね。では私と2人の出会いから話しましょう。」

パチンと指を鳴らすと、水が棚からカップを運んで、また指を鳴らすと水は消えた。不思議なことにカップに水は付着していなかった。

テーブルの上にあるポットから紅茶が注がれる。

「すごい精度の魔法操作だね。」

「ふふ。慣れてますからね。よくエリサ様がこんな時間にリビングに降りてきましたから、こんな小技ばかりが上手くなったんですよ。」

「エリサさんはどんな人だったの?」

「苛烈な人でしたよ?特に龍斗様に危害を加えようとする者には鉄槌を下していました。」

「うわぁ…。」

その言葉に思わず引いてしまう。でも確かにアレほど愛していればそうなるかもしれないとは思う。

そこでふとティーアの言葉を思い出す。

「エリサさんは第二夫人くらいは笑って許すって言ってましたよ?」

「それは許すでしょうね。あくまで危害を加える相手にだけです。特に魔族への憎しみはとんでもなかったですね。でもそれは魔族の混ざりものとして迫害されていた愛する両親の事もあるのでしょうね。魔族も人族も、エリサ様にとっては憎むべき相手です。エリサ様は心を読む目を持っていましたから、邪な気持ちで龍斗様に近づくものを片っ端から排除していました。龍斗様と出会う前に得たアルケミストの称号もあっさり捨てて根無し草になり、ここはより強力な結界で包まれることになった。」

「ここの結界は貴女が張ってるんだよね?」

「えぇ。しかしこれほど大きな結界を張ることはいくら精霊でも不可能です。この森を包むように、魔力を増大させる石が埋め込まれてるんですよ。賢者の石の失敗作ですけどね。」

「うわぁ…。それ一つで国宝級な気が…。」

「でしょうね。まがい物とはいえ、あの石を錬成できたのは今も昔も私が知る限りエリサ様だけです。精霊は妖精とも情報共有をしているので情報通です。そんな私が知らないのだからきっと作れた人はいないのでしょうね。」

アルケミストの名は伊達ではないらしい。

物を溶かして混ぜるのは水の魔力が効率がいいらしく、人族に水の魔力を扱えるものはいない。水そのものである水の微精霊と契約をするのが一般的だが、彼女自身が水の魔力を扱える上に、契約しているのは目の前にいるとんでもない精霊だ。精霊は本来実体を持たない。水の精霊は水の中に居て、火の精霊は火の中にいると言われている。

言われているというのは文献にそう記載があるからだ。

過去には精霊という存在と心を交わしたものがいたらしい。そういう曖昧な表現だ。

私だって目の前の彼女がいなければ信じていなかった。精霊と妖精を同義と捉えるものも多い。

それに実体を持っている精霊など文献でも本当にわずかしか記載が無いのだ。

総じてそう言った存在は大精霊と呼ばれ、地形や天気すらも操るとされている。

「貴女以外にも大精霊はいるの?」

「大精霊?いえ、私は大精霊ではありませんよ。」

「え…?」

「なにも驚くことはありません。大精霊とはこの世界に生まれ落ちた時から大精霊なのです。私は微精霊にすぎません。」

「そんな強力な力を持ってて、実体もあるのに?」

「私の体の中には主から託された膨大な魔力があります。龍斗様とこの場所を守るために。」

「エリサさんのってことは…。」

「そうです。私の体の中には龍斗様の魔力も入っています。この体は視認性を高めるためと魔力が霧散しないように箱を作るためです。」

「魔力って霧散しちゃうの?」

「体が無ければ当然です。魔力とは純粋に現象を起こすだけの力の本流ですから、形が無いんですよ。更に自分の物では無い魔力を留めるとなればこれくらいの無茶は必要なんです。」

「中毒症状は?」

「あぁ…それですか。別に問題ありませんよ。精霊の体は少し特殊です。私は個別に体内に魔力を分けていて、足りなくなったら少し借り受ける格好です。エリサ様の様に自分の魔力に混ざったわけでは無いので、枯渇とかもありません。まぁ中毒症状の理由はそれ以外にもありますけどね。」

「理由を知ってるの?」

紅茶を優雅に飲みながらえぇと頷く。

「エリサ様と私はずっとあの方の魔力を研究してましたからね。」

「知りたい!」

「そうですよね。貴女にとっては一番気になるところでしょう。」

「うん…。このままじゃ触れ合うのに何年かかるか…。」

「100年単位じゃないですか?」

「ひぇ…。」

それだけは嫌だ。私だってそういう願望くらいある。

「どうしたらいいの?」

「少しずつ慣らせばいいのでは?」

「どういうこと?」

少しずつも何もキスでもしてしまえば一発で溺れてしまうだろう。

彼女は簡単ですよと私のカップの上に一滴の水滴を落とす。その行為に私は首を傾げる。

「どうぞ。飲んでください。」

「う…うん…。」

ごくりと喉を鳴らし、カップを手に取ってじっと紅茶を見る。

特に何の変化も見えない。恐る恐るカップを口にして一口。

その瞬間体温が急上昇して、チカチカと視界が明滅する。

思わずカップを落として、跳ね上がる心臓を胸の上から押さえつける格好を取る。

「あ…う…。こ、れ…。」

私はこの感覚を知っている。いや、実際はこんなものじゃない。あの時の夢の感覚はこの数十倍、いや数百倍だ。

意味の分からない状況の中、今まさに私の体は作り変えられているんだと気づく。痛みは一切ない。そんなものよりも体に渦巻くのはあの夢の中で味わった快楽だ。その快感に理性が壊れそうな感覚になる。

「慣らし作業ですね。」

「魔力が…暴走して…。」

体が息の仕方を忘れたようにはぁはぁと酸素を求める。言葉を発することも真面にできない。

「エリサ様は魔族の血があったから耐えられたのかもと言っていました。でも普通の人ならそうなります。だってあの人はこの世界の住人じゃないですから。魔力自体がこの世界由来の物じゃないんです。そんなものを一気に流し込まれたエリサ様の体は魔力の器が壊れていたんです。常に水を垂れ流す蛇口の様に魔力を体から放出していました。その器になったのが私です。ですがもし一気に流されなければ、そう徐々に作り変えていけばあるいは…。それが私とエリサ様の結論です。貴女はこれからゆっくりと人を辞めていく。もしかしたら、体を作り変えれば彼と同じ質の魔力を生成できるようになるかもしれない。あの人は新たな人の形。この世界の人間とは隔絶された人間なのです。そんな人と一緒になりたいなら、貴女も人を辞めるべきです。」

「そう…。わかっ…たわ…。」

話があまり入ってこない。それでも彼女が私にやらせたいことは分かった。

「その方法…やるわ…。強くなれそう…だし…。」

ぐるぐると回る頭。頭痛と耳鳴り。跳ねる心臓と上がる体温。あの時の感覚を思い出して疼く下半身。もう訳が分からない状態ながら、あの人の隣に立てるという意味であることだけはわかった。

「いい返事です。」

満足げに頷く彼女に反応することは出来ず、私は何とか保っていた意識を手放した。

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