我が子の墓

家の壁にそっと触れる。

子供たち、そしてエリサとの思い出が蘇る。

いつも笑顔が溢れる家族だったと思う。

娘が2人、息子が1人。

行為の回数の割には少ない子孫達だが、それにはエリサの体質に理由があった。

エリサは魔族の血を引いていた。本来人と魔族の間に子は出来ない。

血が多少薄まったおかげか俺との間に子は為せたものの、結局生涯で3人しか授かることは無かった。

長女はアリサ、息子にはリュージ。そして唯一戦後に生まれた次女はリエと名付けた。

3人はすくすくと成長し、優しい子に育った。

これから家族で幸せになれる。

本当にそう思っていた。


家をぐるっと回って庭に出る。そこには打ち込み用の道具が今も変わらずに置いてあった。

『僕も父さんみたいに強い剣士になる!そして困ってる人を助けるんだ!』

そう言って息子はよくここで剣を振るっていた。

剣士のスキルを持ち、一角の剣士として育った息子。

彼は多くの戦いを俺と共にし、魔王との戦いの最中にその命を散らした。

大事ならば連れて行くべきではない。そんな事は重々承知していた。

それでも俺は息子が俺と戦いたいという気持ちを無下にできなかった。

『父さん。俺は守られるために戦場に出たんじゃない。だから務めを果たしてよ。大丈夫。俺は英雄の息子で、強い剣士だから。』

そう言われて踏み込んだ魔王の城。死闘の果てに戻った俺が見たのは息子の壮絶な死体だった。

多くの幹部を切り捨て、戦った幹部を誰一人城へと帰さなかった。

その勇敢な姿を、戦場に居た者たちは剣鬼と称えた。死して尚、彼は今も語り継がれる英雄の一人だ。

息子は俺の誇りだ。だが、今でもあの日の決断をした自分を許せないでいる。

大好きだった、守りたかった。何より幸せになってほしかった。

俺の息子として生まれていなければ、彼は戦いに身を置くことも無かったのでは無いだろうか。

世界を守る装置の息子として生まれた彼は、平和の為にその命を燃やし、そして命を散らした。

『遺言だ。父さんの子供で良かった…だとよ。』

魔王の城の外で、息子と共に戦っていたリューゲンの言葉を聞いて膝を落とした。

何度も地面を叩き、子供の様に泣き、無様を晒し、エリサに支えられながら息子の遺体を抱いてこの地に戻ってきた。


庭にある墓の前に座り、手を合わせる。

何度謝ったかわからない。あの戦いは多くの死者を出した。初めての魔王との戦いは30年に及ぶ長き戦いだった。

息子はまだ22歳だった。俺はまだまだ弱く、考えも甘かった。

「誰の…お墓ですか?」

背後からの声に振り返る。そこにはアイリスがいた。

「息子の墓だ。」

「息子さんの…。」

アイリスが墓の前で手を合わせるとエリザードが墓に共鳴するかのように光った。

この剣の中にはエリサがいる。だからこそ何もおかしくはない。

ずっと一人で戦ってきた。もう誰も巻き込みたくなかった。守れないのは…もう嫌だった。

だが、また守りたい人が出来てしまった。世界は意地悪で、俺を一人にはしてくれないらしい。

目を開いたアイリスが一筋の涙を流す。

「そっか…と呟いて彼女は涙を拭った。」

「どうした?」

「いえ、ただ私はやっぱりこの世界を守りたいと思いました。」

「何故?」

戦いは消えない。優しい世界など存在しない。それでも守る価値はあるのだろうか。俺は世界自体を守りたいのではない。ただ、エリサが生きた世界を守りたいだけだ。それが無ければとっくに自害していただろう。

「辛い事、悲しい事…それが積み重なっている現状を変えたい。人の心に光を与えたい。どんなに苦しくても、私はそれでもと言い続けます。だって…貴方を愛した人たちが生きた世界だから。ここに守りたい世界があるから。」

決意に満ちた目で俺を真っすぐに見る。

「そうか…。そうだな。」

この子は俺と同じだ。大切な人の為に世界を守りたいという思いを持っている。 

だから俺が彼女を守りたいと強く思う。

手を引いて歩き出す。次に向かうのは娘の墓だ。

「あ、あの!どこに!?」

「娘の墓だ。」

抱き寄せて地を蹴る。木々が避け、俺たちはあっという間に二つ並ぶ墓の前へと着いた。

花々が咲き誇り、墓をぐるりと包んでいる。

そこにはウィンディーネが手を合わせていた。

「あら…。来たのですね。」

「邪魔したか?」

「いえ。お嬢様達に暫しの別れは告げました。結界も貼りなおさなければいけなかったですし。でももう終わりました。後は夫婦仲良くごゆっくり。」

そう言って去っていくウィンディーネを見送る。

「このお墓は?」

「娘であるアリサ、そして聖女アイリスの墓だ。」

「ここにあったんですね…。」

聖女アイリスは死後その遺体を消していた。

国の重鎮が探しても見つからず、その身は魔族に完全に消されたというのが通説だが、何のことは無い。その遺体は俺とエリサが回収していたのだ。

「ただの墓石ではない。」

「え…?」

手を引いた先には墓石の前辺りに埋められた水晶体。その中には昔と何も変わらないアイリス、そして娘であるアリサが眠っていた。

「これって…!」

「国、そして親友を守ろうとしたアリサの結界は、戦いの後も二人を包んだままだった。死後にその肉体は水晶に包まれ、二人は共に眠りについた。」

「壮絶な最期だったのでは…?」

「あぁ。俺達が着いた頃には致命傷を受けていた。だが、息絶えたときに奇跡が起きた。彼女を包んだ結界が、守るという本来の役割を辞めて2人を癒し、水晶体となった。その際に隣で亡くなっていたアイリスも巻き込まれたんだ。二人は親友だった。だから俺たちはこのまま二人が好きだった場所に眠らせる事にしたんだ。」

「そうだったんですね…。」

「アリサとアイリスは本当に仲が良くてな。毎日一緒に居た。結界魔法に長けていたから、親友を守りたいってな。娘は平和になったら素敵な彼氏を作るってよく言っていたが、結局こうなってしまったな。」

「じゃあお二人とも…。」

「そうだ。看取ったとも言えないな。親としては何もしてやれなかった。でも二人とも意志の強い子だったよ。俺の言う事等聞きもしない。自分の正義のために命を賭けれる。正に英雄になる者の思考だったと言えるな。」

「そう…ですか…。」

「暗い話をしてしまったな。だが1人だけ、戦後に生まれた子がいる。その子は天命を全うした。」

「そうなんですね!その子はどこに?」

「王都に墓がある。あの子の息子は君のお父さんの親友だった。」

「まさか…魔王との戦いでなくなった…。」

「そうだ。よくわかったな。」

「父様は戦友は多くいても親友は2人だけだってよく言ってました。貴方ともう1人。前槍王…。」

「あぁ。間違いなくザインと同列に語れる英雄であった。ただ1人で大群から城を守り抜いた。一騎当千…いや一騎当万と言っても過言ではない英傑だった。だが…アレは二面作戦だったんだ。主力を魔王のみで迎え撃ち、嫌がらせのために城を部下達に襲わせた。俺達を絶望させるためにな。」

『爺ちゃん。いや不老の剣聖様。俺は城に残る。なにか嫌な予感がするんだ。俺はここで母さんと好きな人達を守るよ。』

『そうか。では任せる。』

別れの短い会話を思い出す。

魔王を討たねば終わらない戦い。魔王城に行くよりは城にいた方が安全と判断した。

だがどちらも等しく死地だった。

俺の近くだけが安全だったのだ。

傍にさえいれば守り抜けたのだから。

結局俺は、多くを助け大事な人を守れない。そんな人生を歩んでいる。

ぎゅっと手が握られる。

「どうした。」

「辛そうな顔を…してたから…。」

「そうか…。」

握られた手を握り返す。

「大丈夫だ。今度こそ守って見せる。」

「要りません。」

「何…?」

アイリスがぎゅっと俺を抱き締める。

「私は不老の剣聖です。貴方とおなじ、世界を守るものです。2本の神創武器が私を守ってくれる。そして私は私の力で私を守ります。だから並んで戦ってください。私を信じてください。守ってやるなんて…そんな風に思われるなんて嫌です。」

「俺は…。もう失いたくない。誰かを失うなんて耐えられない。もう…大事な人が傷つくのも嫌なんだ。」

「そうですか…。深い深い後悔ですね。では…貴方の事は私が守る。お互いに守れば、きっと2人で無事に帰れますよ。」

「そう…か。」

「はい!」

笑顔で頷く彼女を見て、込み上げる涙を押さえ込むように彼女を抱き締めるのだった。

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