エピローグ_起きたら天使が顔を覗いていた
起きたら、天使が顔を覗いていた。
なにこれどういう状況?
「ん……」
「えっと、おはよう、ククイちゃん」
「?」
天使は神秘的な人間の少女だった。ククイちゃん。991番と番号で呼ばれていたのを、俺が名付けた。正確に言うと、アニメ制作会社が決めた。アニメのヒロインの一人。
ククイちゃんの小首傾げで思い出す。
そうか、俺は確か、昨日、長いカードゲームに勝って、それで、ククイちゃんの感情を多様化させるために、一緒に暮らすようになって、それでそれで。
「……あなた、どうして、ここに?」
「あ、今日から、ククイちゃんと一緒に暮らすことになった、今魔世明です。セイア、あるいはセイって呼んでね。よろしく~」
……こんな自己紹介でいいのだろうか? 学校の友達にするような感じで喋ってしまった。もうすでにククイちゃんには素の俺を知られている。違和感を覚えないといいけど。
「ん」
ククイちゃんが元気よく頷いた。
ククイちゃんの「ん」んぅ可愛い!!
悶えていると、ククイちゃんが手を引いた。え、え、え? なになに?
「一緒に暮らす、わかった」
「そ、そう。……迷惑だったりはしない?」
「ん。大丈夫。それより」
ん? それより?
「ゲームしよ」
満面の笑みで言われた。いや、正確にはほぼ無表情だ。俺に脳内変換だ。
しかし、連日DDDかよ。流石に辛いです。……まぁ、断ることなんてしないけどね。
「えっと、とりあえず、普通のDDDだよね? 闇のゲームとかではなく」
「ん。次、勝つ」
この子、ひょっとして負けず嫌い?
TCGガントレットを装備し直して、いざ戦おう、とした時、部屋の壁が一部切り取られた。自動ドアらしい。外から誰かがやってきた。男の研究員か? 白衣を着ている。ひょろりと細い身体。
「327番。所長がお呼びです。至急来てください」
「あ、パスで」
「……」
「?」
ククイちゃんの小首傾げ、可愛いすぎる。スマホとかあれば写メ撮りたい。まぁ、誘拐時に家に置いてきているのだが。もっとも持ってきても適切に処分されただろうが。
「し、しかし、所長が……」
「今はククイちゃんとのゲームの約束があります。先約があるので、お断りです。前もって、言ってくれるなら、対応しますので、今回はお引き取りください」
「そ、そう言われても……」
「それと!」
「!?」
「女の子の部屋にノックもなしで入るなごらぁああ!?」
元男というのは見逃してくれ。今は少女だ。百合だ。百合の間に男が挟まるなぁ!?
しかし、俺自身説得力を感じない。
「で、ですが! 連れてこないと、私が怒られるので……」
「知ったことないです。先約は先約です」
「しかし!」
「ああ、もう、しつこい人ですね! それじゃ、モテたことないでしょ!」
ぐふっ、と研究員が膝をつく。どうでも良いが、ブーメランで俺も膝をつく。
ククイちゃんが首を傾げた。
「セイア」
俺を呼ぶ声がした。鈴とした声。顔を上げた。ククイちゃんが隣で、屈んでいた。俺の顔を覗いている。顔が近い。
「私、いいよ? あとで」
「……駄目だよ? 約束は約束した順番で守らないと。それは権利を守るためでもあるから。まぁ例外はあるけど、今回は違うと思う。というか俺が嫌だ」
「?? けんり?」
「ま、まぁ、難しい話はおいておいて。とりあえず、駄目なものは駄目」
「……それじゃ、所長の部屋でゲーム、する?」
鶴の一声で、そういうことになった。俺は何も言えなかった。
案内されたのは、ブラウンとカーキ色の部屋。木製の棚や、高価そうな調度品。権威を示すものばかり。
「所長! 連れてきました!」
「ごくろう。下がってよい」
「はい!」
出ていく研究員。下っ端なのだろうか? 腰が低い気がする。まぁいいや。
「では、早速、ゲームしよっか、ククイちゃん」
「ん」
「……なぜ991番もいる? それとなぜ試合をする?」
「連れて来るな、とも、試合をするな、とも言われていないので」
「……」
「一応言っておきますが、ククイちゃんの方が、先約ですから。後で話はちゃんと聞きますよ」
ククイちゃんに向く。
「それじゃ、ゲーム開始!」
「ん」
~~~~~
らふぁえる、ダイレクト、アタック」
「ぐはっ!?」
倒れる俺。ククイちゃんは微妙そうな顔をした。そうでしょうとも、闇のゲームではないのに、こんな声出して倒れるなんて、エフェクトの輝きにやられた訳ではない。ただ、普通にダメージを受けた。心に。改めて思った。俺は、カードゲームが、とことん
「……セイア、弱い」
「確かに。昨日も強いとは言えなかったが、今日は情けないほど弱いな」
しかたねぇだろ。俺は元々弱いんだよ。
「……手抜き、嫌」
「いやいやいや! 手抜いてない! 抜いてない!」
「それでは、昨日と今日の実力はどういうことだ?」
「それは……」
よくわからん。不思議現象ですよ。ここに連れてこられてから、カードの引きがよくなったのは間違いない。しかし、それまでは全然強くなかった。そして、今さきほど終わったゲームでも弱かった。引きが全然駄目だった。
「ふむ。……カードの運命力、というやつか」
「え?」
「何かを賭ける。昨日までは生きるか死ぬかで、賭けていたが、何かを賭けることで、カードのドロー結果が変わる、という研究報告がある」
意味不明。そして、それを真面目に研究するのも意味不明。いや、この世界基準で言えば、世界の命運を握っているくらいやばい力を秘めているので、研究する理由は納得できるのだが、どうしても前世の感覚が抜けていないため、どうも違和感がある。ここ、カードゲームの販促用ホビーアニメですよね? 設定盛りすぎじゃね?
俺はカガモリに呼ばれていたのを思い出す。
「とりま、話聞きましょか?」
「ふむ」
ちらりと、ククイちゃんを見るカガモリ。それを無視して訊く。
「で? 呼んだ理由は?」
「簡単だ。991番の感情を多様化する方法だ。言っただろ? 後日話し合うと」
まぁ、言った。それなら、俺も言いたいことがたくさんある。
「そうだな。まずは……991番っての止めた方がいい」
「……」
「名付け。今回は俺が名付け親になったが、みんなで『ククイ』って呼んであげる。それだけで、感情に変化が訪れるはずだ」
「……ふむ」
ククイちゃんは、カードを床に並べてデッキ編成をしている。昨日のゲームでの俺を思い出しながら、どうすればよいか練っているようだ。
「……ククイ」
「!」
振り向いた。かなり驚いている。さもありなん。無表情に思われがちだが、確かに口が開いた。驚いているのがわかる。頬もわずかに紅くなっている。
「……ふむ。なるほど、確かに表情に変化があるな」
「いや、わかるんかい!?」
「ああ、元々表情が抜けた顔をしていたからな、変化がわかりやすい。少し頬が上気した。口が少し開いた。研究者なら、これくらいの変化はすぐにわかる」
おおぅ、結構理解が深い。というか、観察眼か。
「他には何がある?」
「部屋が殺風景。もっと、ククイちゃん好みの部屋にスべし」
「ふむ?」
「例えば、壁紙を変えるとか、小物を置くとか。もちろん、ククイちゃんが嫌いなものは置かない。いや、プレゼントとしては、それもありだけど、あとあとかな? まずは、ククイちゃんに選ばせる。これで部屋をカラーリングする。気持ちも向上すれば、感情も豊かになりやすい」
「そんなことで変わるのか?」
「さっきの名前呼びで変わったでしょうが」
「ふむ……」
というわけで
「外出許可下さいな。ククイちゃんと一緒に買物するために」
そうつまり、合法的なデートである。ククイちゃんには世界をもっと知ってほしいのだ。
ここはTCG販促用ホビーアニメの世界。現実となったこの世界で生きることになった俺の物語。
そして、ククイという少女を暗闇から日向へ連れて行く、そんな話。
俺はこの物語をハッピーエンドで終わらせる。そう決意した。世界のためにも、ククイちゃんのためにも、そして俺のためにも。
たとえ、奇跡の魔法が何も起こさないとしても、俺の決意は何かを起こすと信じて。
奇跡の魔法は何も起こさない 葉洩陽透 @hamorehisuku
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