第15話
気が付き、瞼を開けると見慣れた天井が目に入ってきた。
何が起きているのか分からず、ゴゾはゆっくり記憶を辿るが、流賊と戦った以降の記憶を全く思い出せなかった。ただ、生き残ったのだということを理解した。そしてそれだけで十分だと思った。
囲炉裏の方を見ると薬缶が火にかけられ、湯が沸いている。傍らの洗い桶には湯と手ぬぐいが入っている。手ぬぐいは血まみれで、洗っても落ちない様子だ。その向こうに神棚が見える。神棚には日本刀と拳銃が元のように供えられている。
そしてアザレーアとメイリンがゴゾの顔をのぞき込み、ようやく側に2人がいてくれたことに気付いた。
「……旦那様。よくぞお目覚めになりました。2日も意識がなかったのですよ」
「おとーしゃま……」
2人とも心配そうな顔をしていた。
ゴゾは半身を起こそうとするが、激烈な痛みでそれどころではない。1度左側に身体を傾け、左腕を使ってどうにか起こした。
「……お前たち無事だったか。領民は?」
「ええ、皆無事ですよ」
アザレーアは涙ぐみながら答えた。
「家も無事のようだな。他の家も焼かれずに済んだか」
「はい」
ゴゾは彼女の返事を聞いて満足感を覚えて頷いた。もう自分の家が焼かれるのは見たくない。それは完全な敗北だと剛蔵は思う。
アザレ-アの話によれば、応援を呼ぶように街に行かせた漁師が任務を果たして、街から軍隊を連れてきたところ、流賊の船と鉢合わせ、激しい戦いの後、流賊を無事、退治・捕縛したのだということだった。その後、中州から領民たちが村に戻ってきた、というわけだ。
口にこそしないがゴゾは100点満点の結末だと思った。
「……良かった。これでしばらくは流賊も襲っては来まい」
ゴゾは自分の知識と力がこの世界でも役に立ったことに深い安堵を覚えると同時に、生き延びてみれば流賊との戦いの中に幾度も愉悦を覚え、それが悪くなかったことを思い出し、繰り返しその愉悦に胸を高鳴らせた。
それがおそらく顔に出ていたのだろう。アザレーアは一転して険しい顔になり、今まで聞いたことがないような厳しい口調で言った。
「どうして村にお1人で残られたのですか? 本当に流賊が来たのであれば、旦那様もお逃げになるべきでした。そしてそうすることもできたはずです。もし逃げてこられたのであったのなら、こんなに大けがを負われることもなかったんですよ」
「しかし流賊は退治できたし、家も燃やされずに済んだ」
「家はまた建てればいいんです!」
アザレーアの口調は厳しさを増した。しかし彼女に帝都の家の話をしても仕方がない。ゴゾは反論しない。
「旦那様は1人しかいないんですよ!」
「そうそう」
メイリンは当たり前に母親の味方をして、聡い顔をして頷く。
「……しかしなあ。オレは郷士として村を守る役目が……」
その点についてはまだ力の弱いゴゾ本来の魂も同意してくれる。
「お役目お役目って殿方はいつもそう! 女子どもはおいていかれるばかり。そして戦いが終われば面倒ごとの後始末はみんな女の仕事!」
ん? 風向きがだいぶ違ってきたな、とゴゾは、いや、剛蔵は不思議に思う。
「旦那様! 気持ちを入れ替えないとまた死んでしまいますよ!」
「そうだそうだ」
そしてアザレーアとメイリンは囲炉裏に行き、お湯が沸いた薬缶を持ってきた。そして洗い桶の水と替えると手ぬぐいを洗い、熱いうちに絞った。
「さあ、傷口をきれいにしますよ!」
「……はい」
アザレーアに煮沸消毒を教えた覚えはない。メイリンが病気になったとき、手や周りのものをお湯でしっかりと洗えと命じたことはある。しかしそれだけだ。彼女がそれを正しい方に拡大解釈したのか、それとも。
そして彼女はまた死ぬといった。その『また』が何を意味するのかをゴゾが聞くことはない。
ゴゾはアザレーアとメイリンに寝間着を脱がされ、チドメソウを貼り付けた布を剥がされる。剥がされると熱い手ぬぐいで肩の傷の周りを拭かれる。
激痛が走る。それはそうだ。骨を断たれているのだ。しかし我慢してくださいと言わんばかりの顔で、アザレーアは懸命にゴゾの傷をきれいにしている。
本来のゴゾの魂は剛蔵を揶揄するように彼の中で笑っている。
首からはまだ、ゴゾの先祖から伝わっている魔法の護符がぶら下がっていた。
魔法というものはどうやら思ったよりも気の利いたことをしてくれるらしい。
剛蔵はこの世界での幸せを大切にしようと改めて思うのだった。
完
大日本帝国海軍中尉、異世界で今度こそ妻と子を守る 八幡ヒビキ @vainakaripapa
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