星翔ける夜に

濡れ鼠

星翔ける夜に

濃紺の空に光の筋がきらめき、瞬く間に消える。1つ、また1つ。散りばめられた星々の合間を縫って、幾度となく駆け抜ける。

「来てくれたんだ」

声がする方を振り向くと、星のように豊かな光を湛えた瞳が近付いてくるところだった。土を踏みしめる音が、優しく鼓膜を撫でる。

「会いたかった、ずっと」

差し伸べた手に、温もりがそっと触れた。


流星群なら、あたしの願いを叶えてくれると思った。無茶を言っているのは分かっている。でも、もう一度、パパとママに会いたい。溢れんばかりの星々を抱えた空を見上げ、流れる星を目で追う。

茂みがガザッと音を立てて、私はぎょっとした。1頭のクマがあたしを見ていた。真っ白な三日月が、暗闇の中に浮かんでいる。クマはあたしより1回りは大きくて、でも、パパよりはずっと小さい。あたしは声が出せなくて、だけどクマは襲ってくることはなく、あたしに背を向けた。その背中がなんだか縮こまって見えて、あたしは思わずクマを呼び止めた。

「願い事をしに来たの?」

クマは振り返り、あたしをじっと見つめた。首が小さく縦に揺れる。

「ここなら、流れ星がよく見えるよ」

あたしたちは並んで腰を下ろし、揃って空を見上げる。クマは、名前を持っていなかった。

「じゃあ、熊太だ」

あたしが言うと、熊太は目を細めた。

「熊太。いいね」

「いいでしょう?」

「優しい響きだな」

熊太とあたしの願い事は、とてもよく似ていた。

「一緒に祈れば届くかも」

「届くといいな」

次々と空を翔ける星に、願いをかける。あの事故の日に戻れたら。白銀に輝く立待月を、両手ですくおうとする。すくってもすくっても、月は指先をすり抜けてしまう。熊太ももどかしそうに、何度も空に手を伸ばす。いつの間にか、空の色がぼんやりと薄くなってきていた。

「もう帰らなくちゃ」

あたしは立ち上がり、服に付いた枯葉を払う。

「行っちゃうの」

その声はとても細くて、すぐに消えてしまう。あたしは熊太の顔を見るけど、熊太はあたしを見ていない。

「次の流れ星の日も、一緒に願い事しよう」

あたしは小指を差し出す。熊太の瞳に、満天の星が舞い降りる。指先が柔らかく触れ合い、光の筋がきらりとあたしたちの頰を流れた。

「約束だよ」

「うん、約束」

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星翔ける夜に 濡れ鼠 @brownrat

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