狙い定められた無差別的毒殺事件・上

小「諸君、パラコート毒殺事件というものを知っているだろうか?1985年4月30日から11月24日の間に日本各地で連続発生した毒物混入・殺人事件。広島県福山市から始まり、石川県金沢市に至る。占めて13人の被害者が出たという。この事件、1985年から8年前、1977年に起きた青酸コーラ事件を彷彿させられた。この二つの事件、共通点としては、危機管理の低さや、商品の管理のずさんさによって、犯行のしやすさや成功確率の高さが前提とされた。店頭に未開封の嗜好性の高い飲料があれば誰しも幸運とでも言わんばかりに手に取ったのだろう。しかしこれらはもう40年以上も前の社会だからできた無差別殺人だ。事実2019年11月13日にも同様のことが起きている。だが幸いにも誰の被害も起きずに済んでいる。

それから6年がたち、また起きた無差別的毒殺事件。そこにあるのは自己顕示欲か?単なる殺意か…。謎が深淵へと我々を誘うのだ。」


小「筆が乗らない。インスピレーションを得られない。連載を抱えている漫画家、小説作家、Webライター…。その誰しもが、遭遇する現象だ。しかし、それは稀に起きるから、編集からも、どやされない。急かされることもない。だが、私はここ最近、毎回だ。〆切の前日まで、一文字たりとも書けないのだ。週刊連載の小説なんてもんは本来、一気に何週分も書いている作家がほとんどだというのに。我ながら困ったものだ。何時ものように娼館にと行きたいが、月末で金がない。煙草を口にはんだまま、ぼうっと原稿用紙を見つめている。そんなとき、携帯電話に一つのメールが届く。そのメールの内容は、私の好奇心と冷めた興奮を一気に駆り立てた。


メールにはこう書かれていた。『未開封の嗜好性の飲料を飲んだ大学生が中毒を起こして亡くなった。』と」


小「未開封の飲料を開けて飲み、3時間から5時間くらいあとに重度の中毒症状が現れ、意識障害になり、そのまま心肺停止となったか。この記述だけではカフェイン中毒、もしくは急性アルコール中毒に思える。きっと、その大学生が重度のエナジードリンク好きか酒飲みなのだろう。そう私の頭の中で、結論付け、好奇心が踵を返し、去ろうとしていた。そんな好奇心の首根っこを掴まんばかりに、呼び鈴が鳴った。」


警「足取りが重い。泥土に足がとられているようだ。それだけではない。私の視界は靄に包まれているように揺らぎ、この先に進むことを拒んでいる私がいる。しかしながら私はこの呼び鈴を鳴らし、この先にいる、必ず私を嘲笑で出迎える探偵気取りに会わねばならない。とある事件のために」



小「ようこそ、我が知恵の泉へ、警察官殿。して此度はどのような謎を魅せてくれる?そして君はどうしてそこに謎を抱いている?ああ、待ってくれ。当ててみよう。きっとメールの件だろう?しかしながら、それのどこに謎があるのかね?中毒死として処理しているのだろう?しかも未開封の嗜好性飲料を飲んでだ。カフェイン中毒で死ぬことなんてざらにあるのではないのかい?」


警「小説家の言うとおりである。私もそう思っていた。これは事故死であると。しかしながら、次のことを鑑識に聞くまでは。」


警「私も事故死ではないかなそう考えていたよ。鑑識から、未開封だったはずの飲料容器からリシンが検出されたといわれるまではね。」


小「リシン?あぁ!α-アミノ酸のリシンかい?それがどうかしたかい?やっぱり事故死ではないのかな?」


警「貴様、揶揄っているな?そうではない。猛毒のリシンの方だ。」


小「ほう、それはまた変な話。未開封の飲料に自然由来の猛毒リシン。それはヒマ、トウゴマのほうが一般的な言い方だな?それらの種子から抽出される糖鎖(とうさ)を持つ糖タンパク質の一種であったな。

しかし、それで亡くなったか?ずいぶんと中毒症状が出るのが早いな?その嗜好性飲料に致死量が含まれていたとして、まず粗製リシンであるならば、匂い、風味に違和感が生まれるのではないかな?ひまし油と似たような匂いであるならばの話だがな。」




警「粗製リシンならひまし油のような匂いがする。しかし、純度が高ければ、リシンは無味無臭になる。今回抽出されたものはかなりの純度らしい。しかも液体として混在していたわけではなく、結晶状態での混入。生物兵器でも使えるほどだったらしい。」


小「ほう?なかなかに強烈な情報だ。そこまで用意ができる人物は限られるぞ、君たち警察でも難しいのでは?公安となれば別だろうが…そんな品物を使ってまで、ごくごく普通の大学生を殺す理由が知りたいものだ。しかし、販売されている嗜好性飲料に未開封のまま毒を混入させる。ふむ、まるでパラコート毒殺事件だな。」


警「40年も前の話だ。それは民衆の危機管理の低さが引き起こした惨劇だ。この令和の時代において起きることがまず不可能だ。それに関しては注射器等で缶に穴をあけて毒を注入、ハンダで穴を塞いだりしたものだろ?今じゃそれこそ、2019年に起きた奴みたいにそんなものバレてしまいだ。」


小「ではなぜ、リシンが未開封の嗜好性飲料に混入していた?製造元で混入させるのはまず不可能だと断定ができる。なぜなら製造過程において人が立ち入る瞬間がまずないに等しい。ではどこで混入させる?どうしたら未開封の毒入り嗜好性飲料というのができる?リシンの生成自体もかなりの専門性が求められる。だがリシンの生成については図書館にでも行けばその手の論書がすぐ見つけられるだろう。ふむ、ではやはり、この“未開封の嗜好性飲料”というのが今回の肝ではないかな?若き警察官殿。」


警「…未開封の嗜好性飲料の缶を作れる人物が容疑者に上がってくるのか。」


小「ふむ、そうとも言えるだろうな。しかし、一番に疑われるのはその嗜好性飲料を現場に用意した人物であろう。そこで質問がいくつかある。まずはその嗜好性飲料が飲まれた現場について、それらを用意してきた人物、その嗜好性飲料が買われたであろう、商業施設についてだ。そして、その商業施設と現場との位置関係等々だな」


警「了解した。まずは現在の容疑者は3人。これは現場からの関係性の深さから起因して、取り上げている。」


小「ほう、4人ではないのか?」


警「4人?いや三人だ。被害者が所属しているサークルの担当講師、それから、部長、副部長の三人が容疑者として、挙がっている。」


小「そんなにすらすらと捜査情報を言ってもいいのかね?」


警「貴様は、渋っても無理やり聞き出すだろう。それに最早、今更だ。事が解決するならば、多少の違法を犯すのが警察さ。それにバレなきゃどうでもいい。次に現場だが、嗜好性飲料を被害者が飲まれた場所は、サークルの部室、大学の敷地内となっている。その上でこの三人が容疑者なのは、代々そのサークルでは顧問と部長、副部長がサークルの部室にある冷蔵庫に飲料を補充する習慣になっているらしい。次に商業施設だが、これについては各々ばらばらのところで購入している。顧問は自宅近くのスーパー、部長、副部長は各々の最寄り駅構内にある売店らしい。ただ校舎内にある売店でも数本程度ならそこでも購入するらしい。」


小「なるほどな…ちなみにその大学の分野はなにになるのかな?」


警「工業大学だ。それがどうした?」


小「ほうほう?それでは食品容器の製造分野もありそうだ。」


警「だから、それがどうしたというのだ。」


小「おや?わからないのかね。君のその優れた洞察能力ならば解りそうだが、どうやら情報というピースを組み立てていき真実というパズルを解く力は低いようだ。仕方があるまい。今しがた、私の知恵の泉から湧き出た事柄を君のような堅物にもわかるように言語化してやろう。」


小「まず毒入りの嗜好性飲料、今回は大学敷地内にて作られた。リシンの生成についても大学の研究施設を利用すればかなりの精度での精製が可能だろう。次に嗜好性飲料だが、缶ボトルのシーリングマシンに缶ボトル用の印刷機器、簡易的なものが必ず置いてあるだろう。中身については本物を使えばいいからね、そこまで問題じゃない。缶ボトルの偽装は大学の施設であるならば容易であるのさ。しかしその機械を完璧に使いこなすには練度が必要だろう。だとすると、容疑者は」



警「顧問か。」


小「ふむ、確かに教授となれば、機械を巧みに使いこなせるだろうな。だが練度が必要なだけだ。して、私は容疑者に当たるのは4人ではないかと、言わなかったかな?まぁ状況次第では何人にもなるのだがな。三人は君が挙げた通りの人物だ。」


警「もう一人は商業施設の店員とでも言いたいのか?それこそキリがないぞ」


小「確かに。君の話から出てきた購入場所は4か所。だが3人が共通して購入する場所があるじゃないか。」


警「大学内の売店か」


小「その通りだ。やはり君は理解が早い。さぁ、もっと絞り込もうか。だが今のままではデータが足りないな、一つ調べてほしいことがある。良いかな?若き警察官どの。」



警「と言われ、私はこの大学に就学して尚且つ、卒業後も関係者として大学の敷地内に入り、施設の利用ができた人物を調べているが、そんなもの、大量にいる。困り果ててはいたが、売店に出入りしている人物が5人ほどいた。」


警「もちろん小説家にその事を伝えた。するとその5人に兄弟…年下の身内がいて、なおかつその身内が大学に入ったものがいるか、とメールが届いた。それでも2人もいる。それを伝えると、その二人のどちらかの身内は女性かと問われた。そうだ。片方に妹がいる。」


警「そこで、私は気づいた。その妹の名前、確か以前、性的暴行で被害届を出している。だが、被害者の供述があいまいで、捜査があまり進捗を見せず、署内では有耶無耶になった案件だ。私が所属する係ではないからあまり詳しくはないが、現状、その性犯罪犯を野放ししている状況である。何とも苦々しい事実だ。だが兎にも角にも、このことを小説家に伝えた。」


小「ふむ、であろうな。実行犯はその者に違わない(たがわない)。4年も通い、機械の使い方も学べている。練度も高いだろう。毒入り嗜好性飲料を作ることも可能だ。だがリシンの生成はどうだ?たかだか、4年で身につくものだろか?否である。きっと協力者がいたのだろう。するとなると、この協力者はほかにもこのリシンをバラまいているだろうな。だが、今回は無差別ではないみたいだな?」


警「なぜそう言える。」


小「2年間も売店にいれば、狙った人物に毒入りの飲料くらい買わせることが出来る。しかも毎回決まったものしか買わないとわかっているならば尚更だ。ちなみにその妹と今回容疑者として、挙がった者の年齢差は?」


警「2学年だ。彼女が1年の時には3年生だ」


小「その彼女が性的被害を受けたのは?」


警「確か1学年の終わりだ。」


小「被害届が出され、捜査が有耶無耶になったのは?」


警「被害を受けた半年後に被害届が出され、またその半年後くらいだ。」


小「ふむならば、その時から犯行を考えていたのだろう。だがどうしても犯行する術がない。なにかしらのきっかけで、今回の犯行を思いついたのだろう。」


警「だが、一つ、変だ。その容疑者は被害が出る前の1週間前に辞めている。別の仕事が決まったかなんかでだ。だとしたら、犯行するのは不可能じゃないか?しかも無差別ではないというならなおさらだ。犯行するにも時間が合わない。」


小「ふむ、では狙いが個人ではなくそのサークル全体ならばどうだ?あたかも無差別に見えてくる。だが実際はサークルという狙いがあった。それはなぜか、あくまでもこれに関しては推測の域を出ないのだが、その容疑者の妹が受けたという性的暴行の加害者、いや加害者たちはこのサークルの関係者なのだろう。故にそのサークルの誰かなら、誰でもよかったのだよ。死ぬのは。欲を言うならば、何人か亡くなればなお良しとして、こうメッセージを送れば、パニックが起きるだろうな。『罪深きものに苦しみを』とでも言えばな。」


小「だが、幸いか不幸か、君が来てしまった。私という知恵の泉を持つ君が。さぁ、これ以上の助言は不要であろう。さぁ、今回は犯人まで特定したやったのだ。多少の恩赦は期待してもよいのだろうな?」


警「無償での捜査のご協力感謝する。稀代の文豪どの?それでは私はこれで失礼する。貴様が月末で金欠なのはいつものことだ。さっさと、そのなぜ売れているかわからない恋愛小説の続きでも書くことだな。それに恩赦なぞ渡せるわけがないだろうが、私の首が飛ぶ。これは違法行為して得られた認めたくない成果だ。まぁ知人として酒くらいは奢ってやる」



小「ふむならば、焼き肉の食べ放題がいいな。最近牛肉不足でね。楽しみにしておこう。そう言って私は警察官を見送った。後日、報道で私が述べた容疑者が取り調べで自白し、そのまま書類送検されたと発表があった。ふむ今回も私の知恵の泉は真実を導いたようだ。」



小「そうして、自慢げになりながら、私はいつものように出版社に私宛で送られた所謂、ファンレターに目を通す。人気ならでは業務だな。そこに不思議な手紙が一通。ご丁寧にシーリングスタンプで封とは、中々に洒落ているではないか。送り手の名前は封筒にはない。だがちゃんと私宛だ。手紙にはこう書かれている。」



小『現代のアーサー・コナン・ドイルへ。

  現代のコナンドイル、いやこの手紙ではホームズとでも呼ばせていただくよ。

  今回の事件、君にはどうやら簡単すぎたようだ。4年もかけて準備させた犯罪の被害者がまさか一人で収まってしまうとは、想定外だよ。だが次の謎はそうもいかないと、君を苦しめることを誓おう。


  モリアーティことアダム・ワースより』



小「くはっ…面白いではないか。良いだろう。モリアーティよ。貴様の挑戦状、受けて立とうではないか。私は貴様を捕まえない。だが、いずれ貴様は捕まるのだろう。そう、私の知恵の泉が告げているのだから。さぁ、何処まで貴様は抗える?罪を起こせる?魅せてみろ。私はホームズほど優しくないぞ?」



小「思い描いていなかった一通の熱烈なファンレターに心弾ませ、不謹慎ではあるが、警察官が、いやここでいうとしたら、レストレード君が私のもとに再び来ることを持ちどおしく感じてしまった。さぁ、次の謎はなんだ?私は存分に楽しませてみろ!モリアーティ!」

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『声劇台本』小説家と警察官シリーズ 橘志貴 @tachibanashiki1412

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