こぼれ話Vol.2 蓮見と出雲

『終わりの夜に、名前を渡す』


(選挙後・蓮見の仮設執務室)


深夜の仮設執務室。

当選が決まった報道が流れたのは、つい数時間前だった。


花束と歓声とフラッシュの海を抜けて、ようやく辿り着いた静寂の空間で、出雲はコーヒーを淹れていた。


「苦くていいなら、どうぞ」

「ありがとう。……君は変わらないな」


蓮見はソファに腰を下ろし、カップを受け取る。


「昔と同じ味だ。眠れなくなる、これは」

「眠らなくていい夜でしょう」

「……いや、眠ってはいけない夜かもしれないな」


蓮見の目の下には、うっすらと疲労の影が滲んでいた。

出雲は一枚の書類を差し出した。


「灰翼──正式に“市民ネットワーク支援組織”として、登録の許可が下りました。

 今のところ、南市内に限られた範囲ですが。

 ……“レジスタンス”ではなく、“未来を支える手”として」


「名前は、残ったんだな」


蓮見が書類を見つめながら、ぽつりと呟く。


「残ったというより、受け取ったんです。命ごと」


その言葉に、蓮見はわずかに目を伏せた。


「……重いな」


「はい。でも、黒でも白でもない灰の中から生まれる自由の翼。

 それだけは、記録しておきたかった」


蓮見は何も言わず、カップを傾ける。

苦味だけが、口の中に残った。


「……そうだな。終わったんじゃない。

 ようやく“始めていい”って、誰かに許された気がする」


出雲は頷いた。


「“あの子たち”も、見ていると思います。きっと、今も。

 名前のない子どもたちが、これから生まれる“普通”の中で──

 もう一度、名前を持てるように」


しばらく、沈黙が続いた。

やがて蓮見が、壁の方を見つめながら呟く。


「……それでも、君はまだ“監視”してるのか?」

「はい。

 でも今は、“敵”としてではなく、“味方”として──信じて観測します。

 アメリカに行くまでは」


その言葉に、蓮見は思わずふっと笑った。


「……それも、厄介なことだな」

「ええ、よく言われます」


出雲は静かに立ち上がる。


「では、次の“記録”へ向かいます」

「……ああ。頼む。君の目が、これからも必要だ」


出雲は扉の前で一度だけ振り返った。


「──灰翼の最後の通信ログ、見ますか?」


「見ないでおこう。

 それは“過去”の名残じゃなく、“未来”を飛ぶ羽根なんだろう?」


その言葉に、出雲は微かに目を細め、扉を開けて消えた。

静けさだけが、部屋に残った。

だがその静けさは、戦前とは確かに違っていた。

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灰の翼は自由を知らない 悠・A・ロッサ @GN契約作家 @hikaru_meds

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