お水の通貨

ちびまるフォイ

水の吸血鬼

「お支払いどうされます?」


「あ現金でお願いします」


「現金? お金なんていりません」


「は? それじゃ何で支払いができるんです」


「支払いは現水げんすいのみです。

 お会計、1リットルになります」


「なんで!?」


いつからか、蛇口をひねっても水は出なくなった。

いまやこの世界じゃお金に価値はない。

価値があるのは水。


「くそっ……今月も水赤字だ……」


月初に水を使いすぎたせいで、

1ヶ月配給用のウォーターサーバーがすっからかん。

残りの数日は唾液すら惜しまれるほどに節水しなくては。


「ああ、雨でも降ってくれないかなぁ……」


今この世界において雨は本当に恵み。

ヘリからお金をまくのとほぼ同じ。


てるてる坊主を逆さまに吊るしまくって雨乞いをし続ける。


翌日のことだった。

窓にうちつける水滴を見るなり、バケツを持って外に出る。


「うおおお!! あ、雨だぁぁぁぁ!!!」


念願の雨が降っていた。

家中のありとあらゆる道具を引っ張り出して雨水を受け止めさせる。


まさに神のお恵み。

干からびそうになった自分の水不足を解消してくれる。


「そうだ。部屋にビニールプールがあったはず。

 あれで水を貯めればもっとたくさん水が手に入るぞ」


夏場に1回しか使っていないビニールプールを引っ張り出す。

ふたたび外に出たときだった。


雨水を溜めていたバケツやペットボトル。

それらが置いてあった場所にない。


「あれ!? どこへ……あっ!!!」


すでにときすでに遅し。

真っ黒い車が自分の置いていたバケツやペットボトルを車に積んで発進。


あっという間に追いつけないほど遠くに行ってしまった。


「み、水ドロボー!! 鬼! アクマーー!!」


遠ざかるナンバープレートに悪口を言いまくった。

それでも水は戻ることはない。


誰もが水通貨に悩まされるようになってから、

水強盗や水置き引きが本当に多くなった。


「これからは水をもっと大切に保管しないと……」


人を信じられなくなった。

ビニールプールに貯めた水を家に置いておくのも心配。

水空き巣の可能性がある。


そこで容器に移し替えると、ウォーターバンクへと持っていった。


「お水の預かりですね。お任せください」


「ちなみに……盗まれたりしませんか?

 安全ですか? 俺の水は無事に守られますよね?」


「ご安心を。ウォーターバンクでは堅牢な水庫があります。

 セキュリティもバッチリ。24時間監視カメラも動いてます」


「ああ、それならよかった……」


いつでも手元に置いておけば水が使える。

そっちのほうが便利だからウォーターバンクを利用する意味がわからなかった。


ただ、水を盗まれるようになってから利用者の気持ちがわかる。

誰にも俺の水は渡さない。


「水が必要になったときは、いつでもお越しください」


「はい!!」


手持ちの水は全部バンクに預けることにした。

もう水泥棒による絶望を味わいたくない。


それから1ヶ月後のこと。


「やばい……今月も水不足だ……。

 やっぱり月初の長風呂をしたのがよくなかった……」


今月もいつも通り水不足に陥る。

預けていた水を引き出そうとウォーターバンクへと向かった。


「こんにちは。水を引き出したいのですが」


「できません。あなたの貯水額は現在ゼロです」


「なんでそんなことに!? 確かに水を預けたはず!!」


「ニュースをご覧になってないのですか?」


「見てないですよそんなもん」


「先週、太陽フレアの大爆発が起きまして。

 抜き身の太陽光が地球に降り注ぎました。この水バンクにもです。

 結果、水は変異をしてしまって、もう使えなくなりました」


「はあ!? そんなこと知りませんよ!

 水を着服したいだけでしょう! 水を返してください!」


「返してもいいですが……放射能入りまくりですよ」


「……それ、使ったり飲んだりしたらどうなるんです?」


「あなたの体が内側から破壊されてしまいます。

 最終的には体が緑に発光します」


「やっぱり水返さなくていいです……」


こんな悲劇があってたまるか。

水バンクに預けた全財水はすべてダメになっていた。

天気予報じゃむこう半年は雨が降らないと聞く。


「み……水……水がほしい……」


どこかに水が無いか。

追い詰められた先に考えついたのは湖だった。


近くには国家自然保護区とされている美しい湖がある。

あの水を使うことができれば……。


自然保護区の水を使うことは重罪。

でもただひとりの命をつなぎとめる水だけを使う。

それが悪いわけあるか。


「なによりも大事なのは人の命だってわかってくれるはず……」


ボロボロになりながら、歩いて湖の場所にたどり着く。

しかしそこに湖はなかった。

あるのはひび割れたクレーターだけだった。


「ない! ない!! なんで湖がないんだ!!」


湖はすでに水乞食による搾取で枯れていた。

自分のような貧しい水スカベンジャーが来たのだろう。


「ああ……もう終わりだ……誰か……」


もうここで干からびるしか無い。

そう思ったとき、目の前に水が入った紙コップが渡される。


「大丈夫ですか?」


「あ、あなたは!?」


「私は水ブローカーです。お水でお困りですか?」


「お困りまくりです!!!」


水をひといきに飲み尽くす。


「私は未来の水を売っています。

 見たところあなたは水で困っているようですね」


「はい……。バンクに預けていた水を失ってしまって……」


「でしたら、我々が未来で水を提供しましょう」


「その未来ってのがわからないんですが。

 タイムスリップでもするんですか」


「いえいえ。そんなことはできません。

 現在水を渡してくれれば、未来でお水を返すだけです」


「今は我慢しろってことです?」


「そのかわり、将来はその水を何倍にもして戻ってくるんですよ」


「何倍にも!?」

「お約束します」


手元に持っていた配給用の水ペットボトルを見つめる。

今この水を飲んで乾きを鎮めるべきか。

それとも水を渡して、未来の水に変えてもらうか。


「……決めました。未来の水にします」


「賢い選択です。目先の利益ばかり考えるのは獣と一緒ですから」


男に水を渡すと嬉しそうに水を飲んでいた。


「本当に水をくれるんですよね?」

「もちろんです」


連絡先を受け取ってその場を後にした。

待っていたのはこれまで味わったことのない乾き。


「みず……水が……ほしい……」


体は水分という水分が抜けて細くなっていた。

ワタを口に突っ込んで唾液を含ませ、それを吸い取って潤す。

砂漠のサバイバルのほうがまだマシだ。


それでも頑張れたのは約束の日があるから。


「ついに明日……未来の水が……手に入る……」


もうろうとする意識の中でも約束の日を忘れることがなかった。

あの日渡した自分の水がどれだけ戻ってくるか。


翌日、男がふたたびやってきた。


「お待たせしました。水をたくさんご用意しましたよ」


「こ、こんなに!?」


ペットボトル1本の水が、トラックの荷台いっぱいの水に変わった。

それにちょっと青く見える。高い水なのか。


「水という性質上、返水はできません。いいですね?」


「何十倍……いや何百倍にもなって返ってきたんですよ!?

 こんなの返水するわけないでしょう!」


「じゃここにサインを」

「喜んで!!」


誓約書と受領書にサインをして水を受け取る。


「ではさっそく、駆けつけ一杯!!」


溺れるほどある水を手に取り喉へとすべらせる。

乾いていた体にしみわた……らなかった。


すぐに体が拒絶して吐き戻してしまう。


「ぺっ! ぺっ!! な、なんですかこれ!!」


「なにって水でしょう?」


「水は水でも……海水じゃないですか!!」


「でも水ではあります。真水とは言ってませんがね」


「そんな……!」


やっと水にありつけると思ったのに。

大量の海水を渡されても、その価値はコップ一杯の水にすら劣る。


自分が騙されたことに今気づいた。


「みず……みずが……ほしい……」


「ははは。んなもんねぇよ。海水でも飲んでな。

 もっとも、塩分過多で逆にノド乾くだろうがな」


「いや……真水がある……そこに……」


「ははは。ついに幻覚でも見たのか?

 水なんかどこにもありゃしない。なにを言ってやがる?」


大笑いする水詐欺師。

自分の目にはもう人には映っていなかった。


「水……」


迷いはなかった。

行動にうつした数時間後に警察がやってきた。

周囲のおそろしい状況に言葉を無くす。


「現行犯で逮捕する。なんてひどいことを……」


犯行動機をパトカーで聞かれたので答えた。


「どうしても、水が欲しかったんです……」


口は真っ赤な血で汚れていた。

しゃべる水袋みずぶくろから水を飲んだだけなのに。

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