第4話 悪魔退治とゆるやかな日常

「……あ、あ? 悪魔退治?」

俺は思わず変な声が出た。


「そう! 悪魔退治。この世界はね、今、八人の魔王に支配されてるの。で、彼らを倒すために、私に力を貸してほしいんだ」


ジャックは浮かびながら、いつものテンションでさらっととんでもないことを言ってくる。


「ちょっと待て、魔王ってなんだよ? RPGの話か?」


「この世界ではね、昔――二度の“天界戦争”っていうのが起きたんだよ。天使と悪魔の全面戦争。そして神様側が……敗北したんだ」


「神が……負けた?」


「うん。その結果、魔界が地上を侵略して、人間界は今、魔王たちの支配下にある。いわば“植民地”ってわけ」


植民地? 魔王に? もう意味がわからない。

さっきから聞いてると、現実味なんてひとつもない。けど――


俺は一度死んだ。そして、この仮面の天使とやらに蘇らされた。

今さら、何が現実で何が非現実かなんて、区別のしようがなかった。


「そこで、お願いなんだけど――君の体を貸してほしいんだ」


「……体を?」


「そう。地上じゃ私は“肉体”を持ってない。器が必要なんだよ。君の体を“共有”させてもらえたら、ヴィランだろうと悪魔だろうと、全部倒してみせる!」


「……共有ね。つまり、俺は仮面になるってことか?」


「わかってきたじゃない!」


「いやわかってねえよ! てか、お前みたいな仮面になるのかよ、俺?」


「うん。まあそんな感じ。君の意識は残るけど、基本的には私が操作する感じ。前にヴィラン倒した時みたいにさ」


あの時の奇妙な感覚――俺の体が透けて、金髪のイケメンが中から出てきた、あれか。

たしかに、あれであのヴィランを倒せた。だが――


「……それで? 見返りは?」


「ふふーん。ちゃんとあるよ! 君の願い事を、あと二つまで叶えてあげる」


「あと二つ?」


「うん。一つは、もう使ったでしょ? “蘇生”ってやつ。だから残りは二つ!」


「……なんでも叶うのか?」


「“天使の願いの帳簿”に記録できる範囲ならね!」


よくわからんが、いろんな意味で“異常な現実”に巻き込まれてるのは間違いなさそうだ。


「……はあ……」

俺は思わず、今日何回目かわからないため息をついた。


「しょうがないなあ」

ジャックはそう言って、すでに布団に潜り込んでいた。


「え? お前、寝るのかよ?」


「続きは明日話そ! おやすみ、天月くん!」


「いや、お前も一緒に寝るのかよ!」


###


朝が来た。


「……まだいるなあ」

俺は寝ぼけた頭で天井を見上げたまま、つぶやいた。仮面野郎――ジャックは、いつもの調子で元気いっぱいに宙をふわふわと舞っていた。


「おはっよー! 天月くん!」

やたらご機嫌だ。よく寝れたらしい。


「……なんか食べたいんだけどさ。朝ごはんある?」


「卵ならあるけど」

冷蔵庫を開けると、奇跡的にひとつだけ残っていた卵を取り出して見せた。


「投げて!」とジャック。


「は?」


「ワープホール開けるから! そこに投げて! それが私の胃袋!」


言うが早いか、奴は宙にぽっかりと黒い穴を開けた。漆黒の球体――宙に浮かぶその穴が、ゆっくりとぐるぐる回っている。


「胃ろうかよ……」

思わずボソッとつぶやきながら、卵をポイッと投げ入れた。


スポン、と気持ちいい音を立てて、卵は吸い込まれていく。


「うーん! うまいっ!」

仮面だけのくせに、身を震わせて味わうリアクションを取っている。


「……仮面が震えてるの、地味に怖いんだけどな」


俺は無視して、自分の朝飯――卵かけごはんの準備を始めた。


「いいなー! ご飯も欲しいー!」


「うるせえな、これでも食えよ」

炊飯器を開けて、しゃもじでひとすくい。ジャックのワープホールめがけて、飯をそのまま投げた。


「ほっかほっか! 最高!」

ジャックは気持ち悪いくらいクルクルと宙を舞っていた。


「なんだろうな……介護施設で見た、管だらけの爺さん思い出すわ」

昔、監視していた老人犯罪者をふと思い出した。

胃ろう、チューブ、管、介護、そして火の不始末。


「そんな弱っちくないもん!」

ジャックは不満げに反論しながら、ワープホールをさらに広げた。


「はいはい……勝手に食ってろ」


俺は黙々と卵かけごはんをかきこんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んだらハピネスの天使とかいうやつに蘇らせられた上、悪魔王と戦うことになった件 三日月 @junk777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ