第3話 突然の訪問

「……うう」

重たいまぶたをゆっくり開けた。目の前にあったのは、まん丸の満月だった。


「……戻ってきた?」

体の下は土の感触。ゴツゴツとした地面の硬さが現実味を与える。起き上がって辺りを見回すと、どうやらここは公園らしい。見覚えのある街灯、ベンチ、遊具……そして、すぐそばに――


「……!」

あの芋虫のヴィランが倒れている。


「うわっ!」

とっさに距離をとった。が、次の瞬間、そいつの身体が急に黒く変色し、煙のように消えていった。


「……なんだよ……今の……」

息を整えながら立ち上がり、頭を抱えた。記憶が、急激に押し寄せてくる。


ヴィランに襲われたこと。

あの世の赤い空。

ばあちゃんの声。

そして、ジャックって名乗る妙な天使。


「……生き返ったってことか? マジで……」

信じがたいが、こうして生きてるのが事実なら、そういうことなんだろう。


その時――


「大丈夫ですかー?」


パッとライトの光が俺に向いた。制服姿の警官がパトロールしていたらしい。


「あー……お疲れ様です」

反射的に敬礼する。体が自然と動くのが怖い。


「ここで何してたんですか? 誰もいませんけど……もしかして、酔ってる?」


「いえ。ヴィランに襲われて……倒れてたんです。今、目が覚めて」


「ヴィラン? でも……異常は報告されてないですよ」


「本当にいたんですよ」

俺は懐から警察手帳を取り出して差し出した。


「公安の天月です」


「……なるほど。じゃあ、とりあえず交番まで来てもらえますか? 確認もあるので」


「わかりました。お願いします」


ああ、マジで生きてんだな、俺。


でも――

これからどうなるんだ?


そう思いながら、俺はふらつく足でパトカーに乗り込んだ。


###

……全く、あの警官ときたら舐めやがって」

部屋に戻るなり、俺はカップ酒をバリッと開けてソファに倒れ込んだ。


「アルコール度数を計らせろ、だ? 誰が酔っ払いだよ……」


正直な話、警官の反応は予想どおりだった。八課の身分証を見せた途端、あからさまに態度が冷めた。こっちは命がけだったってのに、まるで道端のゴミを見るような目。


──まあ、今に始まったことじゃないけどな。


八課の連中は、警察内じゃ「吹き溜まり」とか「塩漬け」とか散々な呼ばれ方してる。けど、今の俺にはそこが唯一の居場所だ。


「はー……」

ハイボールのアルコールが喉を通り、体にじんわり熱が広がってくる。強い酒だ。酔いがまわる。買ってきた水も口にするが、視界がクラクラする。


そんなときだった。


「こんばんは! 元気ー?」


ぬっと目の前に現れたのは――あの仮面。


ぱっちりした目、少年みたいな高い声。間違いない、あのときの天使ジャックだ。


「……あ?」

思考が追いつかないまま、俺は反射的にテーブルのリモコンやら空き缶やら、手当たり次第に投げつけた。


「化け物が!」


ジャックはヒュンヒュンと宙を舞って、俺の攻撃を軽々と避ける。


「ちょっとちょっと、物騒だなあ。私はジャック。天月くんを蘇らせたハピネスの天使だよー」


「……あの時の、って……」

酔いが一気に冷めた。記憶が鮮明に蘇る。あの赤い空、あの門、そして――この仮面野郎。


「さっそくだけど、天月くんにお願いがあって来たんだ」

ジャックは俺の目の前でピタリと浮かんだ。


「俺に、お願い?」

眉をひそめながら問い返す。


「うん! 私と一緒に、悪魔退治をしてほしいんだ!」


──悪魔退治?


酒の酔いが完全に吹き飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る