二章 黄色信号/ランデヴー・ランナウェイ

アンサー率いる葬儀屋スカルファクトは車で移動し、主に路地裏や人が潜伏できそうな箇所を探した。だが虱潰しというわけでもない。


最近、埋葬傷奈の体調が芳しくないことは既に分かっている。


だから遠くまで逃げたとしてもたかが知れている距離。元鋏屋シザーの連中は行方について何も知らなかったが、恐らく車で移動できる範囲に埋葬傷奈は潜伏している。


そうアンサーは仮説を立てた。


そして今も、彼らの乗る黒のスポーツセダンが街中を走っているが、その道先でどうやら事故が起きたらしくかなりの渋滞になっていた。


アンサーが車の先を見ると、警官が対応に当たっていて前の車から順に事故の状況を説明していくのが確認できた。



「こっちに…来るね。ヒツギコ…出ようか?」

ル?」


「やめろ。お前らが出ると血生臭くなる。一帯を血の海にする気か。黙って座っていろ。」


ベテラン警官と若い警官の男性二人がこちらに来たので、アンサーが一人で外に出た。

〇と×が大きく描かれたフルフェイスヘルメットを被った黒のロングコート。その不気味な出で立ちに警官二人の表情が険しくなるが



その二人にアンサーはセロテープを手首に素早く巻き付けた。



「なんだこれは?君、いたずらは」



「お前らは俺の頼みを断れないタイプの人間だ。」



そうアンサーは指を指して、唱えるとアンサーが言った言葉が手首のテープに刻まれていく。


「他の車を退けさせろ。俺の車を最優先で通させてくれ。」



「…はっ。了解しました。」



数分後、警官二人による誘導が始まり、二車線の道路の真ん中が綺麗に空いた。



独断と偏見ラベリング。相手にシールやテープなどを貼り、「お前は○○な人間」という評価を伝えることで、その評価に則った状態が付与される。なおアンサー本人の声が聞こえていなければ効果がない。

また、直接文章を書いてそれを貼り、相手がそれを認識することでも発動する。

どちらの場合も剥がしたり、アンサーとの距離が離れすぎると効果は解除される。



「よし、道が空いたな。行くぞ。」







― 蠍會 ―


「いけませんアンセムさん!」


「どいてよリミ兄!アンはキズ姉を探しに行くんだから!」


大幹部劇毒アドベノム・゛活防毒゛のリミッターは同じ劇毒アドベノム・゛妄執毒゛のアンセムに外に行かせないようにその黒と紫の軍服が似合う高い身長を活かして、目の前で立ち塞がる。


昨日、埋葬傷奈が行方不明になったことで、蠍會のトップ、スコーピオンは以下の声明を出した。


【埋葬傷奈を生きて連れてきた者には20億の報奨金を与える。】

【※ただし大幹部である劇毒アドベノムの参加は認めない。】



「小生も埋葬傷奈さんの事は心配ですが、劇毒アドベノムの小生と貴方には参加資格がないのです。今は會員の皆さんに任せるしかありません。」


「資格って何!?大切な人を見つけたいのにそんなの枷でしかない!だったら私劇毒アドベノムなんて辞めるから!」


「冷静になって下さい!この混乱に乗じて噂の異能ミステル持ち集団にここを特定でもされれば、我々は後手に回ります!組織が腐る原因は大抵が上層部の信用失墜によるものなのです。貴方はまだ14歳で自覚を持つのは難しいかもしれないですが、デッドラインさん亡き今、劇毒アドベノムはもう我々3人だけなのですよ!」



その3人の中に埋葬傷奈は含まれていない。リミッターの口ぶりはもう埋葬傷奈が戻ってこないかのような言い方だった。拳を握りしめて壁を叩こうとするアンセムの腕をリミッターがすんでのところで止める。


「ギリュウさんも今、について動いています。我々はただ待ちましょう。彼女が寝返るという最悪の事態さえ起きなければ、御の字です。」






二度と出会うことのないと思った人が目の前に、居る。


尸良咲しらさきさん!」


そして、一度も呼ぶことのなかった名前を呼んだ。


すると名前を呼ばれた少女の目がゆっくりと開く。その瞳が移すのは白髪紫眼の少年。見た目は大分変わっているが、すぐに分かった。


天札詠が、そこに居た。




「‥!ヨミ君…っ!?」


抱きしめたのは詠からだった。それと同時に伝えたかった思いが溢れ出る。


「ごめん…っ!尸良咲しらさきさんの病気のこと知らなくて、君の貴重な人生の一部を奪った。オレは君の名前も呼べないくらい君を知ろうとしなかったのに‥ずっと後悔してたんだ。でもまた会えてよかった…君がオレを変えてくれたんだよ。本当に…っありがとう。」



詠の言葉に、夜通しで走って疲れ切っていた絆奈の眼にも光が灯る。


「ふふっ‥ごめんなのか、ありがとうなのかどっちなのさ。全然私は気にしてないし、謝らないといけないのはむしろこっちの方だよ。」


「え?」


「病気の事言えなくてごめんね。知っちゃったら日常そのものが変わっちゃう気がしてさ。君は多分思い出作りに奔走しちゃいそうだったし。でももう大丈夫だよ。だけどそれが原因で、私のせいでヨミ君を苦しめていたんだよね‥本当にごめんなさい。」



絆奈もあの時言えなかった言葉を伝えられた。心からの謝罪だった。


「そんなことないって!オレの方こそ」


「ストーップ!」


絆奈は両手の人差し指を×の形にして詠の口元に持っていく。



「この感じだと永遠にごめん合戦になっちゃうよ。お互いありがとうでいいんじゃない?これからは未来を見据えた話をしようよ。お互い苦しんだ分さ。」


絆奈は明るく微笑む。罪を憎んで人を憎まず、性格こそさっぱりとしているがこれこそが尸良咲しらさき絆奈の考え方だった。そんな彼女のやさしさに、当時の詠は惹かれていたことを思い出す。



「‥あぁ、ありがとう。それで、なんで尸良咲しらさきさんはここに?」


「それは…」



絆奈が伏し目がちに言いかけたところで、詠の背中に寒気が走った。


確証はないがどこかから視線を感じる。子を見守る母、という視線ではなく、悪意とか恨みといった粘ついたマイナスな感情からくる視線だ。


近くにいる。


尸良咲しらさきさん!とりあえず離れよう!」


「えっ、ヨミ君っ!?」


詠は絆奈の腕を引っ張り、走り出した。






「気配はまだあるな‥」


人目に付かないところでは閉所で囲まれて狙われる可能性も高い。かといって開けた道では見つかるリスクが高い。難しいところだがあえて人に紛れるようにして人通りの多い道を詠は選ぶことにした。夏休み中ということもあり人の数は申し分ない。


異能研究部のグループチャットに尸良咲しらさきさんと出会ったこと、(驚かれるだろうが…)現在狙われている立場であることを伝えた後、15分ほど歩いていると前方で事故が起きたらしく渋滞が起きていた。


その先には何となく行かない方がいい気がして詠が道を変えようとした時、隣の絆奈から声をかけられた。



「ごめんヨミ君。あのー…シャワー浴びたいんだけど…」


「シャワー?」


「あと汗びっしょりだし、着替えたいんだけどいいかな…?」


夢中でそこから離れようとしていたせいで気づかなかったが、見てみれば絆奈のブラウスとスカートは夜通し走っていたかのようにびしょ濡れだった。ブラウスの奥が見えそうになったので急いで目を逸らし、短く「わかった」とだけ言って足早に歩きだした。





国道を抜けて住宅街近くを通っていた、黒のスポーツセダンが急に停止し、乗っていたアンサーが後部座席を見る。


「ヒツギコ、お前に問う。なぜ車を止めた。」


「…アンサー。ヒツギコに独断と偏見ラベリングをかけて。」


「…なるほど、分かった。確かめてくれヒツギコ。」


包帯まみれの上に修道服を着たヒツギコが、アンサーから貰ったセロテープを腕に貼った。


「お前は嗅覚と直感に優れた人間だ。埋葬傷奈を敬愛しているお前ならその痕跡を見つけられる。」


セロテープに文字が赤く浮かび上がり、ヒツギコが電信柱とそこに乾きつつある汗の跡に近づいた。


「ここを離れてからそこまで時間は経ってない…埋葬傷奈さんからはいつもがする…間違いない。」



「了解した。この近辺を中心に洗い直すぞ。ジェノ、戦闘準備だ。」


ル♪」





絆奈は着替えの服を購入し、近くのネットカフェでシャワーを浴びていた。

しばらくここに身を隠すことに決め、同室で過ごすことにした。詠は絆奈を待っている間に漫画を読んでいたが、震えた指でページをめくるだけで内容が全く入ってこない。


「(何を緊張しているんだオレは…別に同室なだけだろ、気にすることないって。空乃先輩の方が距離感近かっただろ。…もうすぐ戻ってくるかな。)」


足音が近づき、



ドアが開かれる。



「ふぅ。さっぱりした~。ん?ヨミ君どうしたの?そんな隅っこにいて。」


絆奈は女の子ということもあり、鍵付きの個室にしたのだが、その個室でもかなり隅っこに正座して詠は地蔵のように佇んでいた。


「別に、気にするなよ。」


「目も合わせてくれないじゃん。ここに水も滴るいい女がいますよ〜?なーんて。」



本当にそうだからやめてほしい。高校生になって思ったことだが、あれは思い返せば初恋だ。そんな人物が突然目の前に現れて、即同室の部屋なんて動揺するに決まっている。

一見口数の少なそうな少年の見た目をしてはいるが、詠も年頃の男子高校生。オレンジのTシャツに白のハーフパンツというラフな服装に着替えた絆奈は目に毒だった。


だが、それでもと思い、ふと絆奈を見るとなにか刀?を腰に差していることに気づく。


「えーと尸良咲しらさきさん。その刀って」


「全然、絆奈でいいよ。ヨミ君もいい加減呼びづらいでしょ。」



確かに、と思った詠は思い切って下の名前で呼ぶことにした。視線を左斜め下に逸らして言う。

「き、絆奈…」


「名前一つでそんなに赤くならなくても!こっちの方が照れちゃうよ。」


とはいいつつ絆奈も嬉しさで赤面していた。






「近くの潜伏場所としてはカラオケボックス、ファミレス、ネットカフェあたりが匂うな。」

アンサーは運転しながらその3か所に目星を付けていた。


「最有力候補から行く。お前も付いてこいヒツギコ。」







誰かが自動ドアを抜けてネットカフェに入った音が聞こえた。


その音を聞いた時、詠はとっさに絆奈に覆いかぶさった。





「いらっしゃいませ。当店の」



「お前はこの店で何が起こっても誰にも何も言えない小心者だ。」


近くに車を止めたアンサーとヒツギコが来店し、素早く店員に独断と偏見ラベリングを発動させた。


手始めに隠れられそうなところを探ることにしたアンサーは、ヒツギコの強化された嗅覚を使い手前の個室から順に埋葬傷奈を探していく。






「ど、どうしたのヨミくんっ?~~~~むぐっ!」


「静かに。誰かがこっちに来る。誰かは分からないけど。」



詠に手で口を塞がれて顔を真っ赤にする絆奈に対して、詠はドアの方を凝視していた。

一つ、また一つ足音は近づいてくる。蠍會の誰かか。恐らく数は2,3人。詠一人なら何とか切り抜けられるかもしれないが絆奈は普通の女の子。無事タダでは済まない。


そして足音がついに自分たちの部屋でピタリと止まる。


コンコン、と二回ノック。



「(やるしかない)」

詠が手から氷の刀を出そうとすると




絆奈は刀を置き、



ドアの前に突然飛び出した。






「ここだな、ヒツギコ。ノックで反応がなければ扉を破壊しろ。」


「うん…ヒツギコ上手くやる。」


コンコン、と二回ノック。




すると透き通った茶髪の少女が部屋から少し顔を出した。


「…何ですか?」









「…いや、どうやら部屋を間違えたようだ。すまなかったな。」


「埋葬傷奈さんじゃない。ヒツギコ間違ってた…ごめんなさい。」





誰かは絆奈の背中で見えなかったが、どうやら店の外へ出ていったらしい。


本当に肝が冷えた。絆奈の咄嗟の機転でやり過ごすことが出来たが、では彼らは誰を探していたのか。それだけが分からなかった。


「ごめん、心配かけたねヨミくん。でもまだ近くにいるかもしれないからもう少しここに居ようよ。あと」


唾を飲み込み、絆奈は詠の瞳に映る自分を見た。



「ここを出たらもう一つ話があるんだ。聞いてくれる?」




「…分かった。」


詠は静かに頷いた。


そして不審なことはもう一つある。


絆奈と出会ったときに感じた不穏な視線は









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