三章 新緑の告白/傷奈と絆奈
時間を遡ること少し前。
異能研究部のグループチャットに
「この一連の出来事、蠍會が噛んでんのは間違いねぇ。天札と
医雀を先頭に異能研究部は進む。
♢
「あそこだな。」
夕方になり、詠がグループチャットで指定した合流場所のコンビニが見えてきた。
「まずは再会できたことをおめでとうと言ってあげたいわね。どんな子なのかしら。」
「きっと可愛いくていい子っすよ二降先輩!」
「芥丸くん、手を出したらダメだからね。」
ひのりが芥丸に釘を刺す。まるで「待て」を犬に覚えさせるが如く。
「出さねーよ!見境なさすぎるだろ俺!?」
「どうだかなぁ。芥丸くん、可愛い子にはすぐ鼻の下伸ばすから。あと医雀先生もそうですよ。」
「おぉ、俺にも流れ弾来たよ。十代に手なんか出さねぇって。言ったろ?俺はドロドロに甘やかしてくれるおねーちゃんしか愛せんって。」
「…最低。」
二降の影のある表情からの一蹴が医雀を抉る。
医雀は芥丸の方を振り向いて言った。
「…お前が呼んだ波紋だぞ芥丸。責任取れ。」
「よく
そのとき、芥丸の視界の端に僅かに映っていた何の変哲もないポスト。
そこから斧が回転しながらひのりへと射出された。
「危ねぇひのり!」
「きゃあっ!」
それはひのりを抱きしめて回転した芥丸の機転で、間一髪逸れて近くの民家に当たり、窓ガラスをバラバラにした。
「あ、ありがと。芥丸君。」
「無事でよかったぜ。でもあいつらは俺達を逃がすつもりはねぇみたいだな。」
芥丸が指を指した40メートルほど向こうに黒いスポーツセダンが停まった。
そして、男二人と女一人が降りてきた。
◯と✕が描かれた黒いフルフェイスヘルメットと黒いロングコートの男。
白塗りで両目から一筋の血を流しているような奇抜なメイクのおかっぱ頭の男。
修道服の下から、目以外の全身に包帯を巻いた青い髪の女。
その中のフルフェイスヘルメットのアンサーが、外から見えない口を開いた。
「よぉ。こんばんは。早速だがお前らに問う。デッドラインを討ったっていう
「随分常識のない挨拶ね。だったら何なの?目的は何?元・
二降が前に出て臨戦態勢に入った。恐らく以前のボマーゲームの件で、蠍會の一部には自分たち異能研究部の顔が割れていると踏んだ。ここは無用な会話は避けて先に会話の主導権を握る。
「おいおい矢継ぎ早だな。質問してんのは俺だぜ?まぁいい、答えてやるよ。」
「お察しの通り、元・
「
「ははっ、耳が痛ぇ。じゃあアンタに問うぞ。踏み潰した蟻ンコの数なんかいちいち数えてるか?まぁ、おイタをするのはほぼジェノだがな。」
「切ル、斬ル、KILL♪」
おおよそ人としての生き方を逸脱している。だがそんなアンサーの言葉をそれを聞いて二降は少し安心した。
「やはり倒すなら貴方達のようなどうしようもない悪党に限るわね。貴方達からは何も揺さぶられるものがない。何も同情に値しない。目的だけ聞いたら始末するわ。」
「その冷たい目…本当にいい女だなお前。じゃあ問わずに教えてやるよ。」
「俺達は蠍會を脱走した埋葬傷奈を探してる。知ってるか?」
二降達が各々驚く表情を見て、アンサーはこれは演技ではないと見抜いた。彼らは今のが初耳だと確信する。
「知らないか。じゃあ埋葬傷奈を探しつつ、憂さ晴らしに変更。ジェノ、ヒツギコ。お前らは本番で真価を発揮するタイプの人間だ。」
ジェノとヒツギコの手首に巻いたテープの文字が赤く光る。
「物事の
「⋯もう何も遠慮することはないわ。行くわよみん」
その二降の号令を止めるように、二降の両足も同時に動かなくなっていた。
「なっ!?足が動かな…」
そこにジェノが突進し、持っていた斧を二降目掛けて振り下ろす。
「KIィィィィLLッ!」
「
芥丸が放った空気の銃弾が二発命中する。
「斬ルッ!?」
態勢を崩したジェノの顔面に、さらに医雀が薙いだ変形式の錫杖がヒットした。
坂を転がり落ちるが斧を突き刺して踏みとどまる。
そして血を舌で舐めてケタケタと笑っていた。
「二降!豊花!このイカレ野郎は俺と芥丸が抑える。そっちは頼んだぞ!」
「任せてくださいっ!
ひのりは二降が動けなくなっていた原因となっていた二本の《半透明の腕》》を包んで消した。
「ふぅ…助かったわ。豊花さん。」
「全然!それより多分、この能力を使ってるのって…」
二降とひのりは目の前の修道服を着た少女を見る。
「…ヒツギコの
「心配するな。
ヒツギコを警戒し、二降とひのりは後方へ走り出す。
「豊花さん、あそこから登って山中に入りましょう!」
「分かりました!周りの人への被害は最小限に、ですよねっ。」
こうしてそれぞれの戦場で
◇
「来ないな…」
集合場所に来ないメンバーを心配して、詠がグループチャットに何かあったのかとメッセージを送ったが返事がない。何かに巻き込まれたのか、最初からずっと感じている視線の正体と何か関係があるのか。悪い予感が先行する。
すると心配する詠を見かねた絆奈から話を切り出された。
「本当はみんな集まってからが良かったけど、ヨミくんには話しておかなきゃね。」
「さっきの話か…分かった、聞くよ。」
絆奈は風で靡く長い茶髪を押さえながら、申し訳なさそうに俯く。ただならぬことなのだと少し詠は身構えて聞くことにした。
「私ね、本当は」
その時、絆奈の視界が大きく歪んだ。
「…っ。痛っっ!?」
「絆奈!」
倒れそうになって詠が支えるが、絆奈は頭を押さえて苦しんでいる。ぎりぎりと万力で締め付けられるような強烈な痛みが走り続け、意識が飛びかける。
「絆奈!くっ⋯どこか安静にできる場所は⋯っ」
♢
詠はそんな絆奈を背負い、人気のない近くの森林までやってきた。大きな木の根元に絆奈を寝かせる。
「あり…がとう。ヨミくん。少し楽になったよ。」
さっきよりは顔色がいいが、汗で張り付いた前髪を見るにやはりまだ辛いのだろう。
「でも、夜にこんなところに連れてくるなんてさ。へんなこと考えてないよね~?」
「え? ばっ、馬鹿!絆奈にそんなことする訳ないだろ!」
「はははっ。かわいいなぁ。やっぱりウブなヨミくんをからかうのは楽しいっ。」
「いや自分もだろ…ネットカフェにいた時、口塞いだだけで赤くなってた奴がよく言うよ。」
「ヨミくんの羞恥心ってちょっとズレてない⁉」
心配をかけないようにわざとおどけた絆奈のやさしさに、詠は心が楽になった。
そして、数奇な運命も同時に感じていた。
「…あのね詠くん」
「私、本当は」
「…知ってたよ。」
「え?」
絆奈を苦しめたくない。
だから、言わせない。
「絆奈がさ、埋葬傷奈だったんだろ?」
自分の口から問いかける。
「絆奈が今持ってる刀の形状を見て気づかないわけがない。埋葬傷奈とは2回も命のやり取りをしてるからな。病気で動けないはずの絆奈がこうして目の前にいるのにも合点がいく。そして最初から俺達を見ている視線の正体も分かった。」
「…視線?」
「視線の正体は、その刀だよ。人じゃない。ずっと最初から俺達を見ていたんだ。誰に報告するでもなくただ俺達を眺めていた。」
詠が視線の正体を言い当てたその時、
刀がロゼ色に怪しく揺らめいて光り、再び傷奈が頭痛に襲われた。
「!? ぁ…あぁ…っ!!」
― 蠍會 ―
自室の大きな背もたれの付いた椅子に座る蠍會のトップ、スコーピオンは赤と紫が混じった蠍の尾のような毛先を撫でながら、一人呟く。
「…本当に面白いね。妖刀・
「
「その名も⋯」
◇
「嫌だ…もう何も、誰も傷つけたく、ないのにっ!ああぁぁぁぁぁぁっ!」
「
絆奈から発生したロゼ色の衝撃波に立っていられず、詠は吹き飛ばされた。
「ぐっっ!」
そして現れたのは
首に巻いた灰色のマフラー。着崩したブラウスとチェックのスカート以外はところどころ包帯が巻かれ、長い銀髪に少し緩めのサイドテールを、右目には黒い眼帯をしたロゼ色の瞳の少女。
埋葬傷奈。
「…会うのは3度目だな。」
「うん。君も元気そうだね。絆奈ちゃんに嫉妬したから出てきちゃったよ。私の好きな人だったのになぁ。」
蠱惑的な瞳が詠を見つめる。
「⋯ここまで本当に君との命のやり取りは楽しかった。でもさよならだ。これで終わりにしよう。」
片や詠の心を救った少女、片や詠の命を奪った少女。
信頼、勇気、恋、後悔、そして死さえもその少女から与えられたもの。
「あぁ。これで最後だ埋葬傷奈。お前を喰らって」
「絆奈を救ってみせる。」
この世界に【縁】というものがあるのならあまりにも出来すぎている。
運命という名の因縁。
ここまで彼らを導いた奇縁。
その数奇なる全てが今、一つに交わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます