一章 紅が奔る/葬儀屋《スカルファクト》

「…これが事の顛末です。オレが人を知っていきたいって思ったのは決して本人に届くことのない、幼稚な罪滅ぼしのためだったんですよ。」


詠はずっと俯いたまま話していた。異能研究部の皆の目を見ることが出来なかった。怖かった。


築城十年落城一日。

積み上げた大きさに関係なく崩れるときは一瞬。ふとそんな言葉が頭をよぎったからだ。



ひのりが一連の話を聞いて泣いているのか、すすり泣く声は聞こえている。が、それだけしか分からない。


そんな下を向く詠が何かに包まれた。



それは二降の腕だった。



「ごめんなさい…少しだけこうさせて。妹の雨音の時とは違うかもしれないけれど。」



詠は驚きながらも二降に身を委ねた。詠の手には微かな震えが残っている。


「話してくれてありがとう。他人がおもんばかれないほど辛い思いを、後悔をしたのね…自分を許してあげてなんて無責任な事は言えない。でも私たちは異能研究部よ。天札君の心が悲鳴を上げたときは」



「私たちは全力でそれに応えるわ。仲間だもの。」


人は誰しも過ちを犯す。ただそれは、ずっと下を向いて生きるしかないという理由にはならない。過去は過去だ。背負うのも囚われるのも前を向くのも自由。


詠は本当に出会う人に恵まれたと改めて思った。


生きる理由だなんて哲学的なことを言うのなら、ゆるぎないものがひとつ目の前にある。


異能研究部なかまがいる。それだけで充分だろう。



「あーあ、ミオさんに役割取られちゃいましたね。でも、詠くんが幸せならOKです。」


空乃はぼやいてこそいるが、その口ぶりは優しく慈悲深いものだった。

芥丸もひのりも後部座席から、揃って詠を抱きしめようとするが、詠から3人は暑いよと言われたため断念した。



「(こんないい奴ら他に居ないぜ。よかったな天札。)」



それをフロントミラー越しに見ていた医雀は誰にも気づかれないように微笑んだ。


白いミニバンは夜の街を切り裂くように駆けていった。




その2日後の朝、再び異能研究部は市立巾離高校の地下一階の部室に集まることになった。



が、集まってからなぜか空乃の姿がないことに気づく。


すると、空乃からグループチャットにメッセージが届き、全員のスマホが鳴った。


空乃から、全員に届いたメッセージを簡略化するとこうなる。




鋏屋シザー阿世町古毬あぜまちこまり音乞おとごいレイ両名が襲撃され


現在、意識不明の重体。





― 昨日の深夜 ―


とあるローカル線の廃線跡。無造作に放り出されたようなボロボロの電車には、切れかけの灯りが点滅している。


中には3人。


そして砂利を踏む音が外から聞こえ、一人の切れ長の目のネオウルフカットの女が入ってきた。


「アンサー。一応周囲を散策したけど、元鋏屋シザーの連中は追ってきたりはしないみたい。」


「あぁ、了解だストロー。」


アンサーと呼ばれた〇と✖が大きく描かれたフルフェイスヘルメットを被った黒のロングコートの男が、ストローと呼ばれた女を見ずに応える。



「所詮十代ティーン交じりの部隊だったって事ね。なんか二人しかいなかったけど。でもあそこまでやる必要はなかったんじゃない?」


「お前に問うぞストロー。俺の作戦は何か間違っていたか?」


フルフェイスのヘルメットが月光に照らされてストローの顔が映る。



「埋葬傷奈の情報を聞きだすにしても、慎重に行っても良かったんじゃないって話。だって20だよ⁉それこそ仲間と囲んで」


「ストロー、お前に問う。確かに今回の仕事は報酬としては破格だが、徒党を組めば報酬はそれだけ山分けになる。そして相手は埋葬傷奈だ。馬鹿正直に探していては見つけられない。たとえ見つけても半端な戦力では返り討ちに遭うのは明白。だから人海戦術はこの場合リスクでしかない。」



アンサーの意見は尤もだった。現在、逃走した埋葬傷奈の足取りは全くつかめていない。

ストローにはこれ以上意見はなかった。


すると白塗りで両目から一筋の血を流しているような奇抜なメイクのおかっぱ頭の男が電車の奥から歩いてきた。


「キル…切ル。」


「あぁ、食事の時間か。食えジェノ。」


「斬ルゥ。」


アンサーはジェノに、真空パックにした生の豚肉を放る。


ストローには何を言っているのか全く分からないが、アンサーだけには分かるらしい。生の豚肉をそのまま食べている姿と、不気味なくらいギョロギョロと目玉が動くくせに視点の合わない目は恐ろしく、ストローはジェノが苦手だった。


「ところでアンサー。この拠点はいつまで使うの?あっちの川沿いから虫が出て嫌なんだけど…」


「2日は使うかもしれないな。」


「えぇ…」



つい、そんな心からのため息が出てしまう。

するとアンサーが電車の座席に足を組んで座っているストローに体を向けた。




「なぁストロー。今日六度目の意見の相違だ。ジェノ、そこでお前に問う。もしもすり合わせても意見が合わない人間が同じ部隊にいたらどうする?」





ル♪」



ジェノがそう呟くと


ザシュッッ!!!



赤色の座席の背もたれから槍が飛び出し、ストローを背中から串刺しにした。



「が‥っ!?な…んで…っ」


意識があったのはそこまで。



ずるりと槍の穂先が抜けて、前に勢いよく倒れた。

さっきまでストローという女が床に力なく転がる。


黒いフェイスヘルメットで隠れているが、アンサーのため息はよく響いた。



「泣いて馬謖ばしょくを斬る、か。ヒツギコ、お前も行くぞ。」


「思ってもないことを言うんだね⋯もう少し待って…ヒツギコ…を堪能するから。」


「⋯手短にな。」



埋葬傷奈がところどころに巻いている包帯をリスペクトし、修道服の下から目以外の全身に包帯を巻いた青い髪の女が、壊れた電車の中で深呼吸をする。



「ふーっ…っていうかうちのチーム…もう三人一組スリーマンセルでいいと思う…四人目が死んじゃうの…これで四度目。」


異常な行動をしている割にその目は澄んでいて、不思議なことに説得力も秘めている。



「それもそうか。」


彼らは蠍會内の人間に対してでも構わず牙を剥く危険集団。何度も仲間を殺し、懲罰されても繰り返す。鋏屋シザーよりも深い裏の仕事を請け負う部隊。


「俺たち葬儀屋スカルファクトは今日から三人一組スリーマンセルだ。本来埋葬傷奈は五体満足で生け捕りが理想だが」



「ちょっとくらい殺しても死なねぇよな…?」



電車内の電灯はそのタイミングでプツンと切れてしまった。






ー 現在 ―


一方、空乃は元鋏屋シザーの二人が運び込まれたという場所までやって来た。


二人とも意識不明の重体なのにも関わらず誰から空乃に連絡がきたのか。


それはから連絡を貰ったからだ。



裏路地を抜け、昼間でも人通りのない道を歩いて、そこからさらに深い道を歩く。


看板なども何も出ていないが、錆びたトタン屋根の小屋のような場所。そこに立ち、軽くノックを2回すると中から声が聞こえた。


「合言葉は?」


「あいことば。」


「よし、入るのじゃ。」



中に入ると外装とはまるでかけ離れた清潔で白い内装。そして何十種類もの薬品の香りが鼻腔をくすぐった。そして古びた丸椅子に座っていたのは深い皺が刻まれた歴戦の好々爺こうこうや



‥ではなく、露出のないメイド服にぶかぶかの白衣を羽織った肩まである紫色の髪の幼い女の子だった。



「久しいのぅ。空乃ちゃん。」


「ご無沙汰しています。つごもり先生。二人を治療してもらって本当にありがとうございました。」



つごもり真幻まほろ。幼女に見えるが実年齢は不明。鋏屋シザーがまだ健在だったころから、ずっと世話になっているいわゆる闇医者。蠍會がまださそり園だったころからの最古参メンバーだったが脱退し、今に至る。


「…二人の様子はどうですか?」


「レイちゃんも古毬ちゃんもお互いを守り合ったんじゃろうな…二人とも同じところを怪我していたよ。裂傷にばい菌が入らないように処置した。命に別状はないようじゃ。」



つごもり先生はさそり園の頃から指折りの名医で知られていた。その診断結果に空乃は胸をなでおろす。


「薄れた意識で二人とも空乃は襲われてないかって言っていたよ。」

「そうですか⋯」


自分の命が危ういと分かっていてなお、空乃の身を案じた。案じてくれたのだ。


自分たちは親の顔も知らない後ろ暗い人生だったかもしれない。だが鋏屋シザーでよかった。そのメンバーが彼女たちでよかった。空乃は改めて幸せを嚙みしめた。もうこの世にいないモグコにも心の中で手を合わせる。



「晦さん、重ねてありがとうございました。では、私は戻りますね。」


「もう行くのかい?また拠点は移さないといけないけど、もう少しくらいここにいても…」


心配するつごもりに空乃は微笑んで振り向いた。




「守りたい場所がもう一つ出来たんです。守りたい大切な人も、ね。」



「そうかい‥立派になったのぉ、空乃ちゃん。」



つごもりは聖母のように微笑み返した。






空乃がお見舞いに行くというので部活動は一旦お開きになり、その日の午後、詠は一人で家路についていた。

鋏屋シザーの2人にはボマーゲームの騒動の時に世話になったので、お見舞いに参加しようと思ったが狭い病室に大勢で押しかけるのも悪いということで、空乃が一人で行くことになっている。


彼女達は詠よりも相当場数を踏んでいる。そんな彼女達を意識不明まで追い込んだのだ。一体何者なのか。蠍會絡みなのはほぼ確定だが、何か裏で大きな影が蠢いているのは想像に難くない。


警戒するようにとグループチャットにメッセージを送ろうとしたとき、遠くで電信柱に寄りかかりながらふらふらとよろける姿を見つけた。


そしてその人物はついにずるりと糸の切れた人形のようにその場にぺたんと倒れてしまう。



「大丈夫ですか!?」



目撃した詠は坂道を走って駆け寄る。近づくにつれてそれが女性。それもブラウスを着ていて自分と同じくらいの学生であることが分かる。


そしてすぐ近くまで寄り、彼女が意識を失って眠っていることを確認すると抱き寄せて顔を見た。



「え‥‥?」



それはまるで全ての時間が止まったかのようだった。




ずっと謝りたかった相手。


ずっと会いたかった相手。



運命、因果律。幸か不幸か。あるいは神か悪魔の悪戯か。



あの日止まった秒針が今、確かに動き出す。




「噓…だろ⋯?」



天札詠は



尸良咲しらさき絆奈きずなと再び出会った。

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