二章 ノット・ボーイ・ミーツ・ガール



翌日の朝、市立巾離高校に続々と生徒が登校してきた。校門近くでは挨拶が飛び交っている。それを潜り抜けた2年4組の教室でもそれは同じだった。


空乃そらの~おはよ!」

「おはようございます。」


「相変わらずクールだねぇ。もっと青春って感じを出していこうよ!」

「無茶言わないでくださいよ。これが私なんですから。」

「せっかく守ってあげたいって感じで可愛いのに勿体ないな~背は低めなのに、出るところは出てるしさ?」

「…最低の青春ですね。」


空乃と呼ばれた少女が少し低めの声を出すと、調子に乗りすぎた〜と舌を出しながら謝る。

「ではすみません。少し朝のうちに済ませておきたいことがありますので。」

「あーそっか。生徒会所属になると大変だねぇ。いってら~」

席を立ちそのまま廊下に出て、階段へ。


7~8分ほど歩いていると、前から長い水色の髪をした女子生徒が歩いてきた。かなり人の目を引くルックスと美しい髪だ。


「おはようございます。」

「えぇ。おはよう。」


一瞬こちらを見たが、視線はすぐに逸らされ、こちらを見ているようで見ていないといった様子。水色髪の少女はすぐに通り過ぎてしまった。


さらに歩いて、今度はほぼ人の来ない空き教室までやってきた。無論今日も誰もいない。

人がいないことを確認して中に入ると同時に、持っていたスマートフォンが振動バイブした。


「はい。」


「やぁ。進捗はどうかな?この電話に出ているということは、もしかしてもう終わったのかい?」

「そうですね。先ほど済ませました。私の異能ミステルは既に発動しています。」


「流石だねクノ。じゃあ決行は予定通り今夜でいいかい?モグコとレンズにもこれで連絡するよ。」

「了解です。特にレンズさんには、多めにおはぎの手配をお忘れなく。」

「OK。肝に銘じておくよ。戦闘中にガス欠になるのは洒落にならないからね。」

「あとキャップさん。」

「何だい?」


「…深夜手当って何時からでしたっけ。」

「君、金絡みになると途端にがめつくなるの何なの…」






その日の放課後、地下室兼部室に二降は来なかった。

「どうしたんだろう…二降先輩。昨日の事謝りたかったのに。」

「そうだよな。俺も二年生の教室に行ってみたけど居なかったんだよ。昨日電話番号でも交換しとくんだった…」


ひのりと芥丸は昨日、自分達が口にした事を謝ろうとしていたが本人がいない事にはどうしようもない。


医雀に聞いたところ、何度か電話したが電話に出ないらしい。今まで連絡もなしに部室に来なかったことは一度もないらしく、今回のことはかなり異常だった。

そうしてしばらくして4人で探しに行こうという話になり、一度部室から出て、まだ二降が校内にいるのかどうかを確かめるため、玄関に向かうことになった。




「困ったわね…」

二降は異能研究部の部室に到着したが、そこには誰もいない。医雀に電話をかけてみるもやはり繋がらない。ここに来るまでに2回電話したが、無機質なコール音が鳴るだけだった。


「昨日急に帰ったことを謝らないといけないのに、もう帰ってしまったのかしら。」


一度彼らが帰ったことを確かめるため、二降は玄関に向かった。


玄関に行くと靴は全員分あることが確認できた。入れ違いになってしまったのかと部室へと踵を返そうとした。

その時だった。


ズダァン!!!!!!


二降の足元の近くで何かが弾けた。あと数歩ずれていたなら直撃していただろう。それが銃弾だと気づくのにそう時間はかからなかった。


「(狙撃…!?一体どこから?考えるまでもなく私を狙ったものね。まだ校内には生徒も残っている時間帯だから二次被害は避けたい。少々リスキーだけれど行くしかないわね⋯)」






「あれ?外に出るんだ。」

レンズのライフルが威嚇射撃を行ったが、それにも動じず、二降は銃弾の合った方向へ目星を付けて走っていく。

少しずつ自分に近づこうとしていることがレンズには分かった。



「あえて遮蔽物に隠れながら進むんじゃなくて、跳弾とかの二次被害を避けて、自分に的を絞らせるムーブか。すごいね。場慣れしてる。私の異能ミステルへの対応としてはなかなかだね。さてさてこっちに来てくれるかな?」

指についたきな粉を舐めながら、そのスコープは二降を捉えていた。





―巾離高校・玄関―


「(おかしい…)」

医雀の指示もあり、詠は玄関、ひのりは2階の階段、芥丸は地下室近くの階段、医雀は部室とそれぞれ分散して探すことになった。


が、一向に見つからない。だが先ほどまでと違う変化で言えば、二降本人の靴がなくなっていること。

「(ただのすれ違いならいい。でも二降先輩の突然のブッキング、もうすぐ日が暮れるこのタイミングで玄関に靴がないこと。そしてこの床にある大きなキズ。この条件で胸騒ぎが起きない方が不自然だよな…!オレも外に出て二降先輩を探そう!)」



まだ何が起きたのかを理解はしていないがとにかく異能研究部のグループチャットにメッセージを入れ、詠は二降を追いかけることにした。


そしてその前に、詠は一枚の写真を後付けでグループチャットに送信した。






二降はしばらく走り、コンテナが並ぶ施設に辿り着いた。すでに日は暮れている。

「(ここまで来れば、狙撃手の位置を割り出しつつ、回避に専念できるわね…)」


「こんばんは。二降澪奈さん。」

「!」


コンテナの陰から現れたのは黒髪ボブに赤縁の眼鏡、そしてマフラーを巻いた少女。

「…まさか学校内に蠍會がいるとは思わなかったわ。世間は狭いものね。」

「それはこちらも同じことですよ。元蠍會のヒエルさん。」


二降は一瞬少し怯えたような顔をした後、すぐに目の前の少女を睨む。




「…私をその名で呼ばないで。」



「失礼しました。あなた個人の事はこの際触れないでおきましょう。人の過去を土足で踏み荒らさない分別はあるつもりです。」

「私への狙撃手と貴方は繋がっているのでしょう?だったら」


続きを言いかけようとして二降はすぐさま手をかざし、氷の壁を作り出す。

その直後にそこに銃弾が刺さった。


「こんなことをしても貴方達二人に後れを取る私ではないわ。私と仲間との接触を断っているのは貴方の方の異能ミステルよね。さしずめ精神操作系といったところかしら。」



「レンズさんに狙撃され、ここまで走りながらそんな推理までできてしまうんとは素晴らしいです。現れぬ待ち人ラビリンスラヴァー。私とその対象がお互いを知っていれば、対象1名の縁の深い人物との接触を断つ。それが私の異能ミステルです。」


クノはいつもの無表情を崩さず、眼鏡をあげた。


「私の異能ミステル系統まで見破ったのは脱帽ですが、あなたは一つだけ間違っています。」

「何ですって?」




「袋の鼠同然なんですよ。私たちは二人組コンビではなく四人部隊フォーマンセルです。」



そう言い終えると二降の背後から、首から下を犬のきぐるみに包んだくせ毛の少女が押しているコンテナが轟音を上げながら滑ってくる。


「モグコ、すとら~いくっ!」

それは二降が生み出した氷の壁を突破し、二降自身に衝突する。


勢いよく砂利の上を転がり、反対側のコンテナまで吹っ飛ばされた。

「っっっ…ぐ…っ」


その場に倒れた二降がやっとの思いで起きあがる。異能ミステルで冷却してはいるが負ったダメージは大きい。


そして紫のキャスケットの女もコンテナの影から現れて言った。


「どうだい?人が一人でできることなんてたかが知れてる。戦場では大抵、孤立無援になった駒から順に盤上から弾かれるのさ。」


「別にいいわ…蠍會の片棒を一度でも担いだ時点で、私は人に手を伸ばせられるような人間ではないもの。」


「殊勝…とは少し違うか。そこまで慙愧の念に駆られているなんて一体何があったのやら。モグコ、君の絆絆絆ジョイナス!でそろそろ終わらせて。」


「(これでいい。私はあの日から、たとえ一人になっても戦うって決めたもの。それがたまたま今日だっただけ。)


二降は床に伏したまま、目を閉じて自らの人生を振り返る。


「(だから、ここで…)」




その時。



凄まじい砂利の礫が二降以外の3人を吹き飛ばした。

「ぐっっ!いったい何がっ!?」


キャップがキャスケットを押さえながら叫ぶが一体何が起こったのか分からない。


二降にもだ。

そもそもクノの能力が発動しているうちは二降に助けは来ない。



そのはずだったのに。



「すみません。遅くなりました。二降先輩。今度は負けないので安心してください。」



砂煙の中にいたのは白髪に少し紫がかった眼。そして黒いミリタリージャケットを着た少年。その拳を握り、二降の前に立った。



「二降先輩が襲撃を受けてるって分かったとき、二降先輩が玄関に書いてくれた氷で書いたメッセージでここまで来られましたよ。それをグループチャットに送って全員で共有したんです。」


「ごめんなさい。また助られてしまったわね。」



「気にしないでください。だって部員で、仲間じゃないですか。」



「っ…本当に貴方って人は。」

「え?」

「い、いや何でもないわ。ありがとう…助けに来てくれて。」


「(何なの…心の底から満たされるこの気持ち…今まで感じたことのない充足感でいっぱいになって…)」



そして詠はより一層。その拳を強く握る。



「さて、今夜はコースメニューだ。纏めてオレが平らげる!」


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