螺旋怪談
20日L(はつかのえる)
第1話
螺旋怪談
いいか、これから話すのは怪談話だ。
まずは、恐ろしい暴力から始めよう。
まずは、お母さんから。そしてぼくから。
まずは、誕生というありふれた暴力から。
ネグレクト、家庭内暴力、母子家庭。
ありふれたハッピーセット。
あるいは不幸のテンプレート。
書き出しで結末がわかってしまうほど有りふれている。いいかげんにしてくれってくらい、お腹がいっぱいだ。
いつからかは分からない。お母さんもそういうテンプレートの中で育った。
恐らくおばあちゃんも。
おばあちゃんのお母さんも。
おばあちゃんのお母さんのお母さんも。
かつて、おばあちゃんがこの家はろくでもない家なんだ、といっていたんだから、そうなんだろう。
少なくともその言葉を信じられるくらいには、最悪な家庭環境だから、ぼくはその言葉を信じることが出来る。
だからぼくはそのうち人を殺すだろうな。と思った。
それもこの家に生まれた宿命だった。
お母さんも人を殺している。
おばあちゃんも。
おばあちゃんのお母さんも。
おばあちゃんのお母さんのお母さんも。
話の流れがリズムであるように、歌い出すようにぼくが話せるのは、それらが穏やかな日常だからにすぎない。
誰も人殺しを咎められていないし、誰も刑務所にぶち込まれていないからにすぎない。
完全犯罪であるからにすぎない。
お母さんは自分の母親を殺した。
おばあちゃんも。
そのまたおばあちゃんも。
母親を殺してきた。
肉と骨はゴミと一緒に出して処分したらしい。
案外わからないものだと生きていた頃おばあちゃんがいってたっけ。
話を戻そう。
育児っていうのは、大変だと思う。
母親っていうのは良くも悪くも子供の興味と感情と憎しみの墓場だ。
悪い意味でうけとらないでほしい。
それくらい母親っていうのは子供の全てなんだ。
寺山修司もそうだった。
彼の本を読んでごらんよ。
父親より母親への記述が圧倒的に多い。
それが寂しさと憎しみの発露だとしても、そこにはどうにもできない愛情があるのだとわかる。
何かしら親子の問題となると、あれだ、母性なんてタイトルの本もあるくらい母親なんだ。
名作だけれど、そろそろあきた。
名作にあきたわけじゃない。
構造の話だ。
例えばそこに転がっている君だ。
コンクリートの上っていうのは寒いだろうけれど、我慢して聞いてくれ。
怪談話っていうのは冷たさがあったほうがいい。
身に染みるからね。
頑張って最後まで聞いてくれ。
「俺はおまえの母親じゃない」
そこでコンクリートに落ちている男のかすれた声が、玄関に響いた。
ぼくの汚れた運動靴の隣に胎児のように丸まって動けなくなっているハゲ頭で体が角張っているかのように節くれだった細身の男。
そりゃあ、まる三日間ぼくに殴られたり蹴られたりしたらこうなるだろう。
ぼくは行儀わるく六枚入りの食パンのなかから一枚取り出してなんの味もつけないまま齧る。
齧り終わるとまた口を開く。
「しってるよ」
また食パンを齧る。
咀嚼。
ごっくん。
また口を開く。
「だから、もうお腹いっぱいなんだって。こんな話は。どうしていつも母親なんだ?母親ひとりで孕むわけじゃないだろ。しってるか?父親が憎まれないのは、母親の不在は傷になるけれど、父親の不在はただの前提でしかないからだ。父親に愛情を期待していないからだよ。子供の世界にいねーの、おまえらは」
玄関に落ちている。
男が体を震わせた。
「俺はおまえの父親でもない」
「そうだな。知らない大人だ。多分お前は童貞なんじゃないかな。でもさ、大人だろ。子供を守んなきゃだろ。そろそろ憎む方もアップデートしなくちゃな価値観を」
それに
「それに、これは怪談話なんだ。怪談話ってのはさ不条理な暴力じゃなきゃいけないんだよ。わかるか」
わかるかどうか答えを聞く前にぼくは男の頭をハンマーで潰してしまったので答えを聞くことができなかった。
幽霊らしくない物理的な音がしたけれど、人が死ぬときなんてこんなもんだ。
ぼくが死んだ時もそうだった。
暴力。
暴力。
暴力。
この暴力は、この怪談は、暫く続くだろう。
ぼくは食パン一枚を食べ終えて、とりあえずの怪談話を終えることにした。
「お聞きいただきありがとうございました。螺旋怪談。お話は被虐児幽霊代表である、ぼくがつとめさせていただきました」
聞き手である被虐児たちの拍手が聞こえたきがした。
[完]
螺旋怪談 20日L(はつかのえる) @hatsukaHoshi
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