コバルトブルーの空は輝く。

天照うた @詩だった人

本編

 ――コンコンコン


 窓ガラスを三回ノック。これが私と彼の約束事。

 いつも通りに君が窓から顔を出す。


「なんなんだよ、こんな遅くに」

「いいじゃん別にっ。高校生にとってはそんな遅い時間じゃないよ」


 でも、もう時間は23:58。遅くない、というのは少しだけ違うかもしれない。

 君――幼馴染みのあおは眠そうな目をこすって私をにらんできているもの。


「あのね、蒼! 私、彼氏できたの!」


 そうやって言うと、蒼は水でも被ったように、目を見開いた。


「え? は!? ちょっと待て、誰だよ!」


 いつもは何を言ったって生返事しかしない蒼が珍しく慌てている。これはあれだろう、なんでこいつの方が先に彼氏できるんだよ、的な気持ち。

 ふふん、と胸を張って私は笑う。


「あのね、優しいし、勉強できるし……しかもかっこいい人なの! 蒼とはぜんぜん違うんだから!」


 そうやって言うと、蒼は顔をむっとさせて、「俺も知ってるヤツ?」と聞く。

 ――ここまで来たらもう誤魔化せないか。もうちょっと反応を楽しみたかったんだけどなぁ。


「残念っ。今日はエイプリルフールでした~。まんまと騙されたね」


 蒼は、「……なんだよ」と小さく呟いて、脱力したように布団に倒れ込んだ。

 もしかして、そんなにショックだったのかなぁ。自分に彼女がいないこと。

 一回倒れ込んだことでボサボサになった頭を手櫛でサッと整える。その動作がやけに色っぽくて、少しだけ胸がどきっとした。


「……ほんとに、彼氏はいないんだな?」

「当たり前じゃん。蒼も長年の付き合いだから知ってるでしょ? 私みたいな女っ気のないやつは一生誰とも付き合えないよ」


 いつもみたいに笑い飛ばしてくれたら楽だったのに、蒼はやけに真剣な顔をして私を見る。


「そんなこと、ないと思う」

「え?」


 自分の耳を疑ってしまう。だって、いつもは嫌味しか言ってこない蒼がこんなこと……。


「元気で活発なお前は見てて楽しいし、お前の笑顔はみんなを元気にさせてくれる。少しでも女子っぽくなりたいからって言って伸ばした髪も……その、似合ってると思う」

「……あっそ」


 ――ここで、笑って「ありがとう」って言えるのが『可愛いオンナノコ』なのかな。できない、な。

 言えたら良かったのに。そしたら、こんな私でも誰かが愛してくれるのかもしれない。

 でも、きっとそれは『私』じゃない。私は、この私のまま誰かに愛して欲しい。……まぁ、そんな相手現れるはずもないだろうけど。


「それもエイプリルフールでしょ? 私は蒼みたいに鈍くないから分かるよ」

「……ちげぇし」


 歯切れの悪い返事に首を傾げると、蒼は小声で「時間見ろ」と言ってきた。

 手元のスマホの画面をタップしたそこには――


00:01


「……え?」


 蒼の方を見ると、真っ暗な夜でも分かるほどにその顔は桃色に染まっていた。


「ねぇ、じゃあさっきのは本当ってこと?」

「当たり前じゃねぇか」


 心臓がドキドキと音を立てる。ねぇ、この感情をなんというの? この胸の高まりは何?


「俺は、ずっと昔からお前のことが好きだ」


 ……嘘だ。蒼が、私のことを?

 ずっとずっと半端な関係だった。

 『友達』以上の気持ちはあった。けれど、そこから先に進もうとする気持ちもなかった。


 びっくりして動けない私に、蒼が一つの袋を投げて寄越す。


「誕生日おめでと。……みどり


 そっか。4月2日って、私の誕生日だ。

 でも、毎年こんなことなんてしなかったよね? なんで――?


 聞き返す前に、蒼は窓をピシャッと閉めて、家へ帰ってしまった。

 話す相手がいないのに窓を開けておくのも寒いので、私も仕方なく窓を閉める。


 何もしないでいると、さっきの唐突な告白のことが頭によぎってしまいそうだったので、とりあえずもらったプレゼントを開けてみた。


「――これ、『コバルトブルー』ってやつ?」


 青緑色の三日月がモチーフになったブレスレットだ。蒼にしてはなかなか良いセンスの物だと思う。

 早速腕にはめてみて、夜空に照らしてみる。


「……綺麗」


 そんな言葉が自然に漏れ出てしまうほど、そのブレスレットは素敵だった。

 左手首につけたそれを、右の指で静かに辿る。そのことだって、なぜか愛おしくて堪らない。


 ――このままの私を愛してくれる人って、こんなにも近くにいたんだな。


 ねぇ、蒼。『友達以上恋人未満』じゃなくなってもいいですか? 『恋人以上』を望んでもいいですか?


 私の初恋が、今から始まる。



 ――この、コバルトブルーの空の下で。

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