サキュバスが枕元に立ってた

石見つづり

これはサキュバスですか?


 サキュバス、それは男の夢。


 サキュバスとはどスケベな美人美少女の悪魔っ娘である。薄い本などではジャンルとして確立しており、その人気がうかがえる。


 なぜ急にこんな話をしだしたかと言うと、『あるもの』を手に入れてしまったからである。



 ——そう、『サキュバスの召喚陣』を!!



「いや、まあたぶん偽物なんだろうが……」


 これを手に入れた時を思い出す。


 夕暮れ時の寂れた商店街。

 その路地裏で、隠れるようにひっそりと露店を開いていた怪しいおじいさん。

 おじいさんが急に声をかけてきた。


『おぬし、心の奥底に欲望を溜め込んでるな? なんと真っ直ぐで深い欲望……気に入った。その欲望、ワシが解放してやろう……』

『あ、いや。そういうのはちょっと……すみません……』

『怪しい勧誘ではない!! なに、おぬしに必要なものをくれてやる』

『あの、お金とかないんで……それじゃ』

『待たんか! まったく、近頃の若者は親切もまともに受けられんのか。ほれ、これを持っていけ』

『え、いらな』

『説明書が入っとるから、それを見て用法を守って使え』

『あの、かえし』

『じゃあの!』

『え、あの! おじいさん!? おじいさーん!!?』


 おじいさんは袋を押し付けると、嵐のように走り去っていった。

 最初こそ何か変な勧誘だったり、違法なあれこれかと思っていた。

 しかし、袋の中から出てきたのはA4サイズの魔法陣と説明書。そこには『サキュバスの召喚陣』と書かれてあった。


「サキュバスの召喚陣? バカバカしい……こんなのに騙される人なんているわけないだろ」


 そうぼやきながら、説明書を開く。

 捨てるにあたってなにか注意があるかもしれない。決してやましい事はない。


「ええと、使用方法は……枕の下に召喚陣を敷いて寝る、以上……」


 ものすごく簡単。生贄とか血で魔法陣を描くとか、そういう面倒事が一切ない。

 説明書を隅まで読み込むが、特にこれといった危険性などは見当たらない。


 しかし、これは確かめる必要があるのではないだろうか?


 このイタズラにより人を信じれなくなり心を閉ざしてしまう若人が出てくるかもしれない。

 そんな若者を1人でも救うためには、これが詐欺だと証明する他ない。

 これが悪質な詐欺だと証明するには試すのが一番手っ取り早い。

 これは正義のための行い。決してもし本当だったら超ラッキーだなんて思っての行動ではない。


「さて、寝るか」


 枕の下に魔法陣を設置する。

 香水を吹きかけ、新品の下着を履き、ティッシュの位置を調整し、淡い間接照明を付ける。

 いつも寝る前に行っているルーティンを迅速に、それでいて丁寧にこなし、横になる。


 今日はやけに鼓動の音がうるさい。寝苦しいが不快ではない、この懐かしい感覚はいつ以来だろう……

 そんなことを考えているうちに、意識は遠のいて———




■■■




「あの、起きてくださ」

「起きましたァ!!!」

「うわぁ!!?」


 聞きなれない声が聞こえた瞬間、一気に覚醒した。それと同時に、失敗を悟った。


 覚醒の速度が早すぎた。

 イメトレではもっと優雅に、そしてセクシーに起床するはずだったのに……!

 いや、今からでも遅くない。建て直して雰囲気を変える……っ!!


「すまない、驚かせてしまったね……はじめま…し……」


 呼吸を整え、彼女の方を向いたその瞬間、俺の時が止まった。


「あ、あの、はじめましてご主人様! 私はサキュバスのサキュ子です! なにとぞよろしくお願いします!!」


 ピシッと90度にまげられたお辞儀と、なんとも初々しい姿に思わずほっこり——しなかった。


 思考が定まらない。

 目に映る景色が現実とは思えない。

 空いた口が塞がらない。


「あ、あの……そんなに見つめられると照れちゃいますよぉ……」



 なんか白いもこもこがいる。



「いやいや……」

「その、規約で召喚されたご主人様のサインの方をいただきたくて……」



 あとその変なダミ声はなんだ。



「いやいやいや……」


 そう言葉をこぼし、横になる。

 これは悪夢。悪い夢。

 なんか白いもこもこの、ダミ声の、サキュバスとは真反対の存在の……本当になんだあれ。


「さて、寝るか」

「ああ、布団に入らないでください!」


 目が覚めればいつもの日常だろう。


「ご主人様、困ります! ご主人様!?」


 いつもの、日常……


「ご主人様! ご主人様ァー!!」


 にち、にちじょ……


「ご・しゅ・じ・ん・さ・まァァーー!!!!」

「うるせぇええええ!!!!」

「うわあああああ!!?」




■■■




 布団を引きちぎる勢いで揺り起こしてきた白いもこもこを弾き飛ばし、完全に目が覚めた。

 そしてこれが現実だと理解した。

 もうむしろ悪夢であって欲しかった……


「粗茶です」

「あ、ありがとうございます……」


 湯呑みがもこもこに包まれ、熱いお茶がもこもこの中に……いや、どうなっているんだあれ。

 気になることは多いが、まずは……


「ええと、それで……お前だれ?」

「あちち……え? あ、はい! 私はサキュバスのサキュ子です!」

「サキュバス?」

「はい!」

「お前が?」

「はい!!」


 元気よくそう断言するもこもこ……いや、サキュ子。

 頭? のてっぺんからつま先? まで見てみるが、白いもこもこしかない。綿菓子の妖怪と言われた方が納得できる。


「いや嘘だろ」

「嘘じゃないです」

「嘘だっ!!」

「嘘じゃないです!!」

「いーや! サキュバスってもっとこう……えっちぃ感じだろ!?」


 想像していたサキュバスは、その格好で外出たら即補導されるレベルの格好をしたグラビアアイドルも顔負けのどスケベお姉さんだ。

 決して謎の白いもこもこではない。



「ああ、なるほど。私の姿が見えてないんですね」



 通りでそのリアクションなんですねー、と1人納得して呑気にお茶を飲み始める。


「……どう言うことだ?」

「サキュバスの真の姿を見るには条件があって、それが満たされていない場合セーフティが働くんですよ」

「それで白いもこもこに見えてるのか」

「ですねー」


 ですねー、ではないが。


「セーフティ? はよくわからないが、姿を見るには条件をクリアする必要があるのか?」

「はい。もし条件をクリアせずに姿を見てしまったら大変なことになるので……」


 サキュバスの姿を見ると大変なこと……?

 そんな伝承とか設定とか、聞いたことがない。

 そういう設定は外宇宙的な存在とか邪神的な存在にのみ適応されるものでは……まさか。


「お前、もしかして邪s……」

「サキュバスの姿がえっち過ぎてアソコが爆発してしまうのです」


 邪神より酷い存在かもしれない。


「この悲劇を繰り返さないために、我々サキュバスはDT値が高い方に姿が見れないよう偽装の魔法を使っています」

「DT値?」

「童貞さを表す数値ですね」

「不名誉が過ぎる」

「童貞ではないんですか? 器具の不具合かも知れませんね……すみません、今姿をお見せしますね!」

「………童貞です。そのままでお願いします」


 アソコ爆発の恐怖の前に男は無力だ……


「あ、安心してください! DT値を下げてYT値を上げるとちゃんと私の姿が見られますから!」

「新しい単語が出てきたな……なに、YT値?」

「ヤリt」

「ああ、うん。もう分かった」


 頭が悪過ぎるネーミングセンス……いや、サキュバスならば普通なのか? 軽くカルチャーショックだな……


「それで、DT値を下げてYT値を上げる……なんか具体的な指標みたいなのないのか?」

「そうですね……素人童貞ならつま先からふくらはぎ、脱童貞ならさらに肘から手首、四十八手を解禁すると声が……」

「そういう方式!?」


 どんどん真の姿に寄るように変身してくれるとか、デフォルメが効いたマスコット的な存在から変化するとか、そういうの段階的なのを想像していた。

 まさかパーツごとに解禁されていくとは思わなかった。


「ちなみに、全身が見られる方は伝説のAV俳優や、変態界の帝王とか……そう言う方ですね」

「全人口の上位1%切ってるだろそれ」


 もうそれ見せる気ないだろ。

 いや、アソコ爆発の危険性を考えると妥当な基準なのか……?


「あの、それでよろしければ契約書にサインを」

「一応聞いておきたいんだが、お前とそういうことって……」

「え? ああ、全身が見えてない方とはそういう事できないんですよ」

「やっぱり爆発するのか」

「しますねー」


 まあ見るだけで爆発するのだから、触れればそうなるのは自明の理。

 ……よし、決めた。


「クーリングオフで」

「はい! ありがとうござ……え?」

「選考の結果、当方では契約が難しいという判断と相成りました。サキュ子様の益々のご活躍をお祈りしております」

「ええ!?」


 身を乗り出すほどに驚くサキュ子。

 だがしかし考えて欲しい。サキュバスと契約するメリットがあまりにもない。


「俺にはサキュバスは早かったらしい。またの機会を」

「お手伝いしますから! 私、役に立ちますから!!」

「えぇ……」


 足に縋り付いてきたが、俺の心は依然としてクーリングオフに傾いている。


「恋愛相談とか乗ります! サキュバス式悩殺術とかも教えられます!! 私の姿が見られる様に協力しますから!!」


 必死過ぎて逆に嫌だ……


「契約取らないと単位不足でサキュバス学校卒業できないんです! 私を救うと思って!!」

「ぶっちゃけたなあ……」

「どうか! どうかー!!」


 土下座? をしているサキュ子が哀れになってきた……

 といっても、契約するメリットがなあ……契約費用が衣食住の提供だけと言っても地味に負担だし……


「あ、そうだ。家事とかできる?」

「……はい?」

「料理とか掃除とか、そういうの。できる?」

「できまぁす!!」

「じゃあ契約で」

「あざまぁす!!!」


 こうして、格安のお手伝いさんとして雇うことに成功した。

 想像していたサキュバスとはかけ離れた白いもこもこの不審な存在ではあるが、悪い奴ではなさそうだし……まあ、そう悪い様にはならないだろう。




「……これ、なに?」

「はい! サキュバス伝承料理、精豪強靭DX飯です!!」

「……これ、食べたらどうなるの?」

「爆発するほどに元気になります!!」

「爆発好きだなあサキュバス……」

「えへへ……」

「クビね」

「まままま待ってくださいご主人様ぁー!!」


 こうして、モフモフサキュバスモドキとの不思議な共同生活が始まった。

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サキュバスが枕元に立ってた 石見つづり @isimi_tuzuri

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