遥けき交換
そうざ
Exchange between Distant Locations
恒星が高度を下げ、暮れつ方の赤みを帯びた可視光線が辺り一面を包んでいる。ここを訪れるのは何度目か、或いはよく似た別の場所と混同しているのかも知れぬ。
描写するのであれば、寂々とした寒村である。災害や疫病が立て続き、土地は痩せ、耕作地は本来の荒れ野へ戻ろうとしている。
要は、人類史に於いて凡庸な光景である。そして、私はこんな場所こそを求めている。
川沿いの
「娘さん、
「……川へ」
娘は、ぎょっと私を
水の流れは
「川ならば、直ぐそこに
「村からもっと離れた、川下まで参ります……」
娘は、今にも後退りそうに私を見据え、薄紅を帯びた唇を微かに震わせている。
「ところで、背なのお荷物は?」
朱鷺色の鳥類が
「……送ります」
「ほう」
「川は海に通じます。沖の果てには補陀落があると聞きます。せめて望みを
ふだらく――
娘はそのへの字口に隠し切れない罪悪を宿し、それでいて自らも被害の側に在ると言外で訴えようとする。因襲の
「物は相談なのだが、
無音が深まる。
「無償でとは申さぬ」
懐から
娘は、手にした謝礼に深く息を呑むと、思い出したように問いを吐いた。
「│それ《・・》を、どうなさいますので?」
「滅します」
「貴方は、もしや御仏の……?」
当代の人々は、七つ前は神の内と称し、返す、戻すと迂遠に表してはそれを遣ってのけたと言う。
家人が娘に始末を押し付けたのか、或いは娘自らがその身に宿していたものか、何れにせよ個別の事情に興味はない。
思い掛けず身軽になった娘が所在なく立ち
また一つの〈個体〉が当世から滅し、現世へと連れられる。
夕陽が
奴が来るのは百も承知である。が、やけに早い。
「私はたった今、譲り受けたばかりだぞ」
「早いに越した事はない」
「〈個体〉が同一時空間に重複すると――」
「固い事を言うな。時空はそう簡単に
奴は分かち難き腐れ縁、またの名を別行動の相棒。馴れ合い、擦れ合い、持ちつ持たれつと言い表しても構わぬが、
奴の背後にはまた別の人影、奴の連れて来た〈個体〉が禽獣のように付き従っている。ここが何処なのか、自分は何故ここに居るのか、右も左も分からぬ恍惚の面貌には、経年の皺が深く刻まれている。
「しかし、面白くないねぇ」
それぞれに歩を進めた矢先、腐れ縁が言葉を継ぎ足した。
「まだ話し足りないか?」
「お前の行為は、当世の人々に来迎の類と釈されている」
「らいごう? あぁ、
当世人の希求する
「それに引き替え、俺の行為はどうだ。神隠しのように怖れられている」
「仕方あるまい、扱う〈個体〉に老幼の違いがあるのだから」
「しかし、俺もお前も
「その通り。だから共に正当性がある」
「やれやれ、因果な役回りだ」
自嘲に飽いた相棒は、
また一つの〈個体〉が現世から滅し、当世へと連れられる。
永らえ過ぎた生は、
これまでどれだけの遠隔交換が遂行されたかについて、
私は、入手した〈個体〉に決まり文句を言い聞かせる。
「行こう、汝の招来を待ち望む遥けき時代へ」
遥けき交換 そうざ @so-za
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