第11話 誘いの返事



「ふぇ……??」



 大崎はいまいち理解できていないらしく、腑抜けた声を出してからしばらく固まったままだった。

 それもそうか。あれほど噛みながら話したのだから伝わっていなくて当然か。



「えっと、つまりはご飯食べに行かないかという……」

「そ、そ、それはいわゆるで、で、で、で……」

「だ、大丈夫か??」



 大崎は壊れたラジオのように同じ言葉しか発しなくなった。というかなんだよ「で」って。

 カフェのロケの時はあれほど凛々しい姿を見せていたのに、今はあの時の面影は一切ない。

 目の前にいるのは、ある意味年相応な可愛らしく慌てている女の子だ。


 俺も緊張していたが、大崎ほどの慌てぶりを見せられると逆に落ち着いてきている自分がいた。不思議なものだ。



「俺、知り合いが少ないから友達の誘い方とかあんまりわかってないんだよ。誤解がないように言うと、友達として友好を深めてお互いを知っていくためにもいろいろ話してみようってことだ」

「そ、そういう……」



 彼女を落ち着かせようとゆっくり目を見ながら話すと、大崎は明らかに元気をなくしてシュンと残念そうに言葉をこぼした。

 俺、何も変なこと言っていないはずだが、また気づかないうちにやらかしたか……??



「でも、どうして急に……??」

「ああ、ついさっき先輩から新しくできた駅ビルのレストランのディナー招待券をもらってな。急だとは思ったんだが、期限が週末まででな」

「それで……??」

「大崎が頑張ってるから忙しいことはわかってる。声かけるのも迷ってたぐらいだったんだが……」

「……??」



 確かに友人として色々話してみたいというのはあった。

 ただ、それだけではない。


 俺と大崎をつなげてくれたあの時を思い起こしながら、俺は続ける。



「俺は一度大崎のお礼を断ったし、そのお詫びも兼ねて……とは思っている」

「……」



 俺がそう言うと、大崎はまた頬を染めてなぜかクルッと俺とは反対向きになる。



「ほんと、あなたって人は……」

「なんか言ったか??

「いえ、何も??少し顔が熱かったので冷ましただけです」

「……??」



 小さくぼそっと何か言ったようだが、さすがに駅の喧噪の中では聞き取ることはできない。


 大崎が再び反転すると、さっきのシュンとしたのはどこかに消えて、いつもの太陽のような明るい笑みを浮かべていた。

 その顔を見て安心していると、隙ありと言わんばかりに俺の顔をのぞき込もうと近づいてくる。



「そんな素敵なお誘い、断るわけにはいきませんね」

「そ、そう言ってくれるとありがたいが、予定は大丈夫なのか??」

「日曜は午前中しか仕事がないので大丈夫です。心配しなくても仕事が延長になったとしても上野さんのとこに行きますんで」

「そこは仕事を優先してくれ。俺は撮影現場のスタッフと監督から恨まれたくない」

「ふふっ。それぐらい上野さんとの時間が楽しみということですよ」



 あれ、と彼女の纏っている雰囲気が変わったと思えば、大崎はいつの間にか女優モードになっていた。

 さっきまでの年相応の姿は彼女の中にしまい込んで、余裕のある笑みを浮かべながら、特徴的な藍色の瞳が俺を捉えて離さない。


 そして気が付けば、視界が大崎に独占されていた。彼女の細くて長い睫毛や首筋にある小さなほくろが見えてしまうぐらいに。

 大崎の微かな甘い香りでも俺の脳は段々と痺れていって、誘った側のはずがいつの間に誘われているような感覚に陥る。



「また詳しいことは一緒に決めましょう??変更がないか、マネージャーさんにも聞いておきますね」

「ああ、よろしく頼む……」

「それじゃあ、私はそろそろ行きますね??友達もそろそろ来るはずなんで」

「そ、そうか。気を付けて」

「ええ、行ってきます」



 そう言うと、大崎は女優モードからお忍びモードに切り替えてニコリと可愛らしい笑みを残して、俺から離れて改札へと向かっていく。

 あの切り替えの速さはまさに職人芸で、いまだにそのギャップには慣れない。


 このままだといつまでも大崎に振り回されるなと思いながら、大崎の姿が見えなくなるまで見守っておく。

 パタパタとホームへと続く階段手前に着いても大崎は降りようとはしない。

 待ち合わせ場所でも間違えたか??


 様子をうかがっていると、大崎はくるりと振り向いて小さくなっているだろう俺の姿を捉えて小さく手を振ってウインクしてきた。



「……っ!!」



 俺の反応を見て満足したのか、大崎はそのまま階段をパタパタと下っていった。


 きっと俺の赤くなった顔を見れて、一本取ったとでも思っているのだろう。

 また会うときにからかわれそうだ。



「ほんと、勘弁してくれ……」



 その温度差が悪さをして、俺の心臓がうるさくなっているんだから。




――




「どうしたの葵??そんな嬉しそうにして、何かいいことでもあった??」

「そう、聞いてよ!!今度ご飯食べに行くことになったんだよ!!」



 比較的空いている電車の中。


 切り替えたはずなのに、艶やかな長い黒髪を揺らして聞いてくる横の女の子は、漏れてしまっていた何かに気づいたみたい。

 珍しいものを見たかのように視線を向けてくるけど、そんなに私って幸低いように見える??



「おっ、やるじゃん。葵が誘ったの??」

「向こうが誘ってくれて……」

「へえー??葵が惚れるってことは相当なイケてる男ってこと??」

「そ、そんなんじゃないから!!お友達としてご飯行くだけだから!!」



 面白いものを期待しているかもしれないけど、上野さんとは友達だ。

 あくまで友達。うん、そこは間違いない。



「じゃあ、ウチが気になるから会わせてって言ったら??」

「……??」

「笑顔で殺気があふれてるの怖いからやめてよ葵……」



 上野さんはよくお友達が少ないって言ってるから、確かに紹介するのは理にかなってる。

 けど、私とは系統の違うこの子に会わせてしまって、もしそっちに気が向いてしまったら私は冷静さを保つことはできない気がする。


 私は少しだけムッとした感情を殺すことなく余計なことを言う子を見る



「新橋杏奈さん、あなたが変なこと言うからです」

「まったく、うちの大女優さんをお熱にさせる悪い奴はどこのどいつだ……」

「杏奈、上野さんに変なことしないでね??」

「しないから、葵怖いし」



 そう、これでいいんだ。


 これあくまで、お友達に悪さをしようと企む人をけん制しているだけなんだから。


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