第12話 人気女優とのディナータイム①
苦学生の一日なんてあっという間に終わる。
掛け持ちしているバイトに行き、合間を縫って大学で講義を聴いて、残りの時間を家事や睡眠に充てる。
だから、数日後の約束の日なんて意識せずとも迎えているわけで。
今日も自分が誘っているものの、現実味が薄いように感じるのは仕方がないように思う。
「さすが、新しいだけあって綺麗だな……」
時刻は二十時前。
都心の夜景が見渡せる、まではいかないものの、地上十数階からでも明るい人工の光が届く駅ビルのレストランフロア。
週末とはいえディナーには少し遅い時間だからかフロア自体は混みあっている印象はない。
家族連れはエレベーターホールで料理の感想を話しているし、休日出勤のサラリーマンたちは赤い顔で笑いながら上司の愚痴を言い合っている。
休日のありふれた一コマがここにあった。
「……」
俺にあったかもしれない思い出、これからあるかもしれない未来図を同時に見ているようだった。
これまでの行いは果たしてよかったのか、これからの行動の先に確かな未来はあるのか。そんな正解のない問いについて考えてしまう。
言葉では言い表せない感情が出ないように、俺は目の前にある現実から目を背けるように意識的にスマホに目を移した。
「まだ大崎から連絡はないか……」
LINEを確認しても、大崎からのメッセージは届いていない。
最後の連絡は彼女からの『スケジュールが押して少し遅れそうです』というもの。
大崎の仕事が長引くかもと遅めに予約しておいたのが正解だったようで、彼女から連絡があった時はある意味安心できた。
ちゃんと仕事をバックレずにえらい、と褒めてあげないといけない。
「まあ、そのうち来るだろ」
こっちから連絡して余計に大崎を焦らせるわけにもいかない。
予約した時間と集合場所は伝えてあるので、もう少し待ってみるかと壁にもたれ掛かって意味もなくスマホでネットニュースを見る。
日々色んな事が起こる中でもとりわけ目を惹くのはやはり大崎に関係した記事だ。
『主演大崎葵が演じる月9ドラマ』や『大崎葵がアンバサダーを務める新商品の売れ行き好調』など、エンタメだけでなく経済ニュースにも顔を出しているのを見ると、改めてすごい人なんだと気づかされる。
人気女優と平凡な学生の俺がどうして……
一人になると、ふとそんな考えが浮かぶ。
友達としてギブ&テイクばかり求めるわけではないが、俺が大崎にしてあげられることなんて、彼女の周囲にいる人間から考えればたかが知れているだろう。
仕事の手伝いができるわけでもないし、大学も違う。つながっているのは彼女から手渡されたLINEでのメッセージのやり取りと押し屋のバイトで会うだけだ。
ああ、ダメだ。また俺の悪いところが――
「上野さん、お待たせしましたっ!!」
「……!?」
どうも今日は思考が深いところまで行ってしまいがちになっていた。
とんとんと肩を叩かれて慌てて顔をあげてみると、お忍びモードの大崎が立っていた。
「す、すまん。気が付かなかった」
「いいんです。私も急いでたんで上野さんに連絡できなかったんで」
「そんなに慌ててくることなかったのに」
「そんなわけにはいきませんよっ!!せっかくの機会を一秒たりとも無駄にするわけにはいきませんっ!!」
「そう言ってくれるとありがたいな。じゃあ、ぼちぼち行くか」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
ぼーっとしていた頭を振りさっきまでのネガティブな考えを振り落として、予約したレストランに足を向けると、大崎は俺のシャツの袖をチョンとつまんで引き留める。
振り向いてみると、大崎はマスク越しでもわかる桜色の頬をのぞかせて、目線を俺から外して言う。
「ど、どうですか……??」
「え、えっと……??」
「き、今日はせっかくのお誘いじゃないですか。なんでいろいろと、か、考えたというか……なんというか……」
尻すぼみになっていく言葉と最後になるほど赤くなっていく大崎の小さな顔。
大崎の様子を見てハッとする。
そういえば恭也にも女の子と出かけたときは相手の服装の感想を言えと念押しされていたのをすっかり忘れていた。
経験のなさがこういうところに出てきてしまう。こればっかりは多めに見てほしいところではあるが、大崎に言わせてしまうところは男として情けないことこの上ない。
「そ、そうだな……」
俺は女の子の服装に関する知識なんてまるで持ち合わせていない。
それでも大崎が今日のために準備してきてくれたのは一目でわかる。
黒のスリーブデザインのワンピースは都会の夜でもひときわ輝かせて、スタイルの良さを引き立たせるだけでなく、年下の彼女を見違えるほど大人に見せている。
髪型を普段は見ないハーフアップにして大人らしさと可愛らしさを両立させて、触れば崩れてしまいそうに繊細だ。
シルバーのピアスがワンポイントになって、時々除くうなじと一緒に見えてドキッとしてしまう。
正直、普段の可愛らしい同年代らしさがあるファッションでも心臓がうるさくなることがあるのに、今の大崎の格好は間違いなく俺を悩殺しに来ている。
そう思えるほどに――
「す……」
「す??」
「す、すごく似合ってる……正直、いつもと違うのを見てびっくりしてる」
「びっくりしただけなんですか……??」
どうにかひねり出したボキャ貧の褒め言葉では大崎は満足しないらしい。
顔が熱くなって顔を逸らしたのに、大崎は面白がって俺の顔をのぞき込んでくる。
「か、かわいい……と思う」
「そ、そうでしょうっ!!今日のためにスタイリストさんとも相談して……」
「そこまでしてたの……??」
「……っ!!な、なんでもないです!!それより早くお店に入っちゃいましょう!!個室予約してくれたんですよね!?」
「あ、ああ。大崎と話すのに周りがいると落ち着いて話せないと思ってな」
「じゃ、じゃあなおさら急いでいかないとですね!!美味しいごはん冷めちゃいますよ!!」
「いや、コースだから大丈――」
「いいから行きますよ、上野さん!!」
慌てて俺のことを引っ張る彼女は、シャツの袖ではなくいつしか俺の手を取っていた。
小さくて柔らかい、握ってしまえばつぶれてしまいそうな彼女の手に連れられて、目的のレストランへとバタバタと向かっていった。
「す、すいません!!予約した上野です!!」
「それ俺のセリフなんだけど……」
「い、いいじゃないですか!!ちょっと言ってみたかったんです!!」
「そんなもんか??」
「そういうもんなんですっ!!」
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