第四十五

 時は少し戻遡る。

 旣魄が易王の様子を窺いに廉王府へ向かっていた頃――。


 未だ遺都の客舎で、皓月は悩んでいた。

 既に夜は深い。白虎姿の月靈にもたれかかった皓月はその毛並みを撫でながら思考を巡らす。

 

 皦玲らしき人物との遭遇、そして失踪。

 心臓の無い遺体事件。跋扈する影。

 九尾狐、墨紫の仕業かと思っていたが、どうやら遺都には、漣漪の情報によると「二匹の狐」が潜んでいるらしい。

 遺都で何か企んでいるらしき范堯風と院鳳舞。

 そして、そこに何か加担しているらしき彔人。

 颱巫達が扱うのとは異なる不思議な術式。


 同時に起こっているこれらの謎と不審な動き。

 

 そして、自身の力と――皇太子として、皓月として、いかに向き合うべきか。

 それは己の責務や生き方といかに向き合うかという問いでもあると同時に、旣魄といかに向き合うべきかという問いにも繋がっていた。


 一つひとつ解決していくしかない、とは思う。

 皓月自身の揺らぎはともかく、今優先すべきは国の安定と民の安全に違いない。

 

 ならばやはり、狐の正体を探ること、その目的を探るのが先決。

 堯風や鳳舞などの遺都の勢力の動きは慎達に探らせるのがいいだろう。


『何か気になることが?』


 黙ったままの皓月に、月靈が尋ねる。


「……敬義のことだ」


 考えを整理するように口にする。


「紫霞院で皦玲らしき人物と遭遇した時、侵入してきた者たちがいただろう?」

『ああ』


 手を合わせた時の身のこなし。

 

「あれは、敬義の所の者達だった。なぜ敬義が皦玲らしき者を狙う?」

 

 彼らは、皦玲らしき人物に向けて、明確な害意があった。

 だが、何故?

 敬義は皦玲と通じて皓月を陥れた。

 皦玲を選んだのではなかったのか。

 それなのに何故、今になって皦玲らしい人物を狙うのか。


「だが、敬義にしてはやり方が杜撰だ」


 敬義が相手を殺すつもりがあったのならば、確実な方法を選ぶだろう。

 

「あんなに人の目があるところで狙ってくるなんて。何か意図が?」

 

 件の人物が消えたあと、妓楼の者は皦玲らしき人物のことを覚えていないようだった。

 「そういった名前の妓女は、当院にはおりませんよ」と言っていた鴇母おかみの表情は、嘘を言っているようなものではなかった――。


『皓月』


 月靈の声に、はっと皓月は我に返った。

 いつの間にか、指先に少し力が入っていたらしい。


『皦玲皇子に似た者は、あくまでも“似た”者だ』

「何か分かったことが?」

『強い香の匂いに混じって、微かに死の匂いがした。それと、獣の匂い』


 あの時、皓月は旣魄や尚王と出くわした同様と、皦玲に似た姿の妓女の姿に驚いて、そこまで気が回らなかった。


『恐らく、あれだけ似ている以上、あの身体は皦玲皇子のものなのだろう。だが、中に入ってるモノは恐らく違う』

 

 確かに、そんな予感はしていた。

 

『目にそう見えているからといって、内実までもがそうとは限らない。それを、今の皓月は学んだ筈』

「……」

 

 大人しいと思っていた皦玲が見せた敬義への思いの激しさ。

 引きこもりだと言われていた旣魄が、裏では意外と活動的に動いていたこと。

 いつでも飄々とした師・幽寂が負う過去――。

 皓月を皇太子に指名した母帝が、かつて皓月の力に危険性を覚え、苦渋と共に殺そうとしたこと。

 強く華やかな笑みの下に隠した、葛藤。

 挙げればきりがない。

 

 そして、何より、皦玲として浩の皇太子妃として過ごした、皓月自身も――。

 

 『それは、敬義鄧の若造についてもそうだ。結局のところ、あの事件のあと、皓月はあの者とまともに話もしていないだろう』

「!」


 確かに、あの場で皓月は状況を見て敬義の裏切りを判断した。

 ただ、敬義はあの時、ほぼ何も発言していないに等しかった。

 皦玲が皓月に向かって謝った。そして、敬義への思いを吐露した。

 そして、母が場を収めた。

 

 けれども、――敬義は?


 敬義自身が何を思い、考え、そして行動に移したのか。

 それについては何一つ弁明の機会はなかった。

 

 与えなかったのは、皓月だった。

 

「月靈の言う通りだ……」 

 

 皓月などより遥かに弁の立つ敬義に、この上丸め込まれてなるかと。


 まんまと出し抜かれ、皇太子の座を失った自身の未熟さ。

 味わった挫折に、目を逸らしたのは……他ならぬ皓月自身だった。

 

 皓月の中では、未だに皦玲と向き合うことが出来なかった後悔が渦を巻いている。

 同じ後悔は、したくない。

 となれば、いずれ敬義とも、皓月は何らかの決着を付けなければならないだろう。

 その先に、決裂が待っているとしても。

 今のように皇太子宮に敬義を置いたまま、中途半端に扱っているよりは良いはずだ。

   

 そして――もし、皦玲の中身が、別物ならば。

 他ならぬ皦玲を動かしているのは、何れかの妖魅の類なのかもしれない。

 それこそが、漣漪の告げた、二匹の狐のうちの一匹なのかもしれない。

 

「……月靈、少し出よう」

『……構わぬが……』


 立ち上がった皓月に、のそりと月靈が続いた。


『出るなら、柏に伝えた方が良い。……心配するだろう』


 何か、含むところありげな様子で月靈が皓月を見上げる。

 

「柏殿に? もう寝てるんじゃ――まあ、そう言うなら」

 

 それなら二匹の狐の話もしておいたほうがいいだろう。

 秋霜が宿泊している房に向かい、外から声を掛けようとした所、それより先に扉が開いた。

 皓月の訪れを見越した顔だった。

 剣まで携えているところ、皓月が何を考えて出てきたのかも分かっているらしかった。

 

「――現状、遺都には二匹の狐が潜んでいるようです」


 それならば、とすぐに本題を話す。秋霜は何か考えるような仕草をしつつ、皓月の後に続いた。


「片方は九尾狐。もう片方………ちがう」


 ぽつりと秋霜が零した。

 言葉を繋げると、二匹のうち、片方が九尾狐だが、もう片方は九尾狐よりは霊格の低い狐のようだ。弱い分、却って隠匿に優れるのは小賢しい人間と同じらしい。

 妖狐が人間を食うのは、力を付けるのには必要なことのようだ。そして、心臓を喰らうのが最も効率的、ということなのかもしれない。


 玄冥山で、かつて昊代の皇帝が人の心臓を喰らって命をながらえていたということを夢の中で知った時――。

 それを教えたのは、当時妃嬪の一人に化けていた九尾狐・墨紫だった。

 

「問題は、この二匹が協力関係なのか、獲物を取り合う関係なのか、全く関わりがないか――というところですが」


 少なくとも、協力関係ということは無いような気がした。

 秋霜は、最近西市のとある薬肆で狐が評判だという話をしてきた。

 以前、秋霜と髪の染料に使う薬を買うために訪れたことのある肆だ。

 

 あの時、その肆先に空の籠が置かれていたことを思い出す。

 猫でも飼っているのかと思ったが、狐だったらしい。


「もう一度、あの薬肆に行ってみましょう」



――――――――――――――――――――

久しぶりの皓月ターンでした。

少し、点と線が結びついてきました。


次話は水曜公開の予定です。



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