第四十四

 ――ガッ。


 高い金属音が響いた。

 火花が散る。

 

 神速の攻防に、互いの足許に影すら落ちるいとまはない。

 鋼と鋼の煌めきが交錯し。離れ。またぶつかり――度に剣風が奔り、周囲を斬り裂いた。

 切断された草や花の無残な姿が徒に舞い、両者が踏み込む足許の土は抉れて砂石が飛んだ。


 ――易王と、直接刃を交わすのは、一体いつぶりであっただろう。

 旣魄の目に焦燥はない。かといって余裕もなかったが。

 体力勝負になれば、当然、回復力の高い旣魄が有利だ。それでも、完全に日が昇りきってしまえば視力的な問題で、戦うこと自体が困難になる。

 できるだけ早く決着を付けたい。

 

 だが……。


 一方の易王は、咆哮のような笑いを上げ、さらに圧を強める。

 それは、まさしく戦を楽しむ獣の笑み。


「――どうした、ハク!」

 

 荒ぶる斬撃が雨のように降り注ぐ。対する旣魄も危なげなくそれを受ける。


「俺を撃つ気があるなら、そのお上品な剣は捨てることだ。誰に教わった? ――俺が授けたのはもっと血を呼ぶ剣だろう!」


 吼える易王の剣が、彼の白皙の頬を容赦無く裂いた。が、瞬く間に塞がり、血のみが風に瞬く間に攫われた。


 その斬撃の余波か、背後で樹木が重たげな音を立てて倒れた。

 

 「――相も変わらず、愉快な身体よ」

 

 その血も、戦場いくさばの神に捧げる供物とばかりに、飢えた目がせせら笑った。


 「また、昔のように――回復する遑も与えぬ位切り裂いてやらねば、分からぬのか?」


 まるで手の掛かる子どもをあやすような声音で零す。

 

――かつて、この男に何度、いっそ死んだ方がマシと思うような目に遭わされたか。


 男の子息が皆尽く夭折したというのも当然だ。

 止めようとした母親までも一緒に殺したこともあるという。

 

 それを思う度、感じざるを得ない。こんな男に師事した旣魄の芯にも――どこか冷えた部分があるのではと。

 旣魄の目が僅かに揺れる。

 

 琵琶の音が、ふと脳裏を掠めた。


 どんなに毒に倒れたとて、旣魄は苦しみはしても、それで死に至ったことはない。

 それが魄の血。というよりも、月寵子としての力なのだろう。

 

 ――それなのに、何故母后が周一族の仕込んだ毒に死したか。


 魄の記憶と共に、流れ込んできた、真実。


 振りかぶった易王の刃の鋒が、旣魄の月虹の瞳に映る。

 その瞬間――その動きが琵琶の音と共鳴するように、ゆったりと流れるように感じられた。


  

 ――女の月寵子は、一族でも稀少だ。

 彼女達が産んだ子は、確実に月寵子となる。

 そして、母体が持つ月寵子の力は全て、産まれた子に引き継がれる。

 その、並外れた回復力も。

  

 つまるところ、母后は、旣魄を産んだからこそ亡くなったのだ。

 

 幾つもの苦渋を呑み込み、漸く周一族への復讐を果たした後に知った事実。

 

 不思議に思わなかった訳ではない。

 が、魄一族についての知識に乏しい旣魄は、自分が不死に近い回復力を持つからと言って、母后も同じとは限らないのかもしれないと考えていた。


 だが、事実は違った。

 

 それを知ってなお、己は何故、生きているのか。 

 実際のところ――旣魄は、「生きて」いた事など無いのかもしれない。

 ただ、生かされているに過ぎない。


 あの時、颱帝は、そんな旣魄の目に浮かぶ、葛藤を読み取ったのだ。


“そなたが今生きていること、……そこにこそ、答えはあるのでは?”

 



 一瞬のうちに駆け抜けていったそれらの思いを、呑み込む。

 今は易王を止める事が先決である。


 振り下ろされた斬撃を躱し、旣魄も刃を揮う。

 易王の脇腹に鋭い一太刀が入る。

 

「――ふん。少しはやる気を出したか」

  

 にやりと。易王は笑った。

 この男が狂気じみているのは、旣魄のような回復力を持つでも無いくせに、傷付くのを少しも恐れないことだった。


 寧ろ、己が血を流した瞬間にこそ、生きているという顔をする。


 「――だが、まだだ」


 無造作に旣魄の刃を掴んだ易王が、返しと刃を振るう。その速力は、これまでよりも数段、迅い。


 躱そうとした瞬間。――鋭い光が目を灼いて、反応が遅れた。


 その、ほんの一瞬。

 しかし、その一瞬こそ、この男の前には致命的な一瞬だった。

 

「――――――!!」


 身を焼く重い衝撃が、肩を裂いた。

 肉が裂け、骨の砕ける音が、耳の奥で嫌に響いた。


 声は、出なかった。

 咄嗟に反対の腕を動かして剣を弾いた。

 その為か、あるいは易王の力に耐えかねたか、易王の剣は真っ二つに砕けた。

 

 柳眉を寄せて、衝撃が駆けて行くのを堪える。


 口に血の味が広がり、手に力が入らなくなる。

 もう一撃をという意思に反し、己の血で濡れた指先から剣が滑り落ちた。

 

 なおも膝を屈せず、旣魄は易王を見据えた。

 易王は、奇妙に無表情に旣魄を見てから、舌打ちをして視線を横にやった。


「……貴様、邪魔を」

「易王殿下。困ります。我らは浩と事を構えたい訳ではございませぬ」

 

 応ずる、低く落ち着いた女人の声があった。


「――どうせ奴をいくら斬ったところで死なん」

「……」


 黒い外套で身を隠しているため、どのような風貌かは窺えない。が、鼻に掛かるような独特の発声と、語尾の微細な発音から、彔人であろうことは知れた。


「――旣魄!! クソっ」

 

 浧湑の声がした方を見やれば、足許の影が伸びて檻のような形となり、浧湑を捕らえているのが見えた。浧湑は檻を壊そうとするも、影に阻まれ、勢いが削がれてしまっていた。

 協力者の存在を警戒していた旣魄は、浧湑にそちらを任せていたのだ。だが、術で浧湑を捕らえるなど。彔人だとしても――何者だ。


 易王の言葉から考えるに、先程旣魄の目を灼いた光も、この女人が放った術か何かのようである。

  

「お時間にございます。参りましょう」


 女人は温度のない声で言うと符を取り出し、宙へ放る。

 その足許から陣のようなものが浮かび上がった。

 

「――ふん。仕方ない」


 ちらっと易王は旣魄を見た。

 その腹には、旣魄が斬った血が滲んでいた。

 

「お前ではまだ足りぬ。血の沸騰するような狂気が。――次に会うときまで、もっと刃を研いでおけ」


 光に呑み込まれるようにして、易王と女人の姿が消える。


「――あの男さえいれば……」


 そんな易王の声が残響のように響いて、場は静まり返る。

 未だしとどに血を流しながら、旣魄は眉を寄せた。


 女が消えると同時に術も解けたのか、浧湑が文字通り、飛んできた。

 

「旣魄!! ああもうなんでこんな……」 

 

 龍の姿でふよふよと旣魄の辺りを旋回し、あちこちの傷の様子を窺いながら狼狽えた声を上げる。


 旣魄は刺さったままの刃を手で掴み、引きずり出し、無造作に放った。

 また血が溢れ出した。


 が、旣魄は茫然としたまま、先程の光景を反芻していた。


 一瞬見えた、あの女人の歩法。

 確証はないが。

 

「あれは、まさか……」

 


 

――――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます!!


易王には追いついたのですが……。

旣魄も、師匠(易王)相手には無事では済まなかったようです。



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