scene 15 動き出すもの
目が覚めると……私は仰向けに寝ており、そこには真っ白な世界が広がっていた。
ここは一体どこなのだろう。そんなことを頭の中で考えていると、突如として全身に痛みが襲いかかってくる。
……そして私は、唐突に思い出した。
鍛錬授業中にやって来た、得体の知れない化け物と3人で戦い、なす術なく敗北したことを。
「そ、そうだっ! 他の2人はっ!?」
「ちゃんといるわよ〜」
勢いよく上体だけを起こしてみると、隣で同じ体制でいる、
よく見てみると、彼女の顔には、幾つもの湿布が貼られており、右手は骨折しているのか、三角巾でガッチリと固定されていた。
「良かったぁ……無事だったんだぁ……」
「何とかね」
「……そ、そうだっ! か、
「ああ。彼女なら後ろにいるわよ」
天宮が指を差したところを振り返ると、両手一杯の果物を口に運ぶ、神庇護の姿があった。
彼女は天宮より酷くはないものの、所々で擦り傷が目立っており、頭は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「んお!?
「神庇護さんも……無事で良かったわ」
2人の顔を見られたということに、私はそっと胸を撫で下ろす。
「でも、どうやって私たちはここに……?」
「それが、さっぱり分からないのよねぇ……」
「そうなの?」
「私もだ。気づいた時には、適切な処置が施された状態で、この病院にいたのだ」
2人も記憶が抜け落ちたのか、必死に思い出そうとしているが、全くもって意味不明らしい。
「何にせよ、今は学園がどうなったの方が気になるわ」
「それもそうだな」
「ラジオがあるから、それを付けてみましょう」
答えの出ない問いなど後回しに、天宮は病室にあるラジオの電源を入れる。
電波が届きにくいのか。しばらく砂嵐のような音が聞こえた後、1人の男性の声が流れてきた。
「そ、速報ですっ! 先ほど起きてしまった、天宮学園襲撃事件にて、死者は0との情報が入ってきました!」
「死者がいない……?」
嬉しい報道であるはずなのに、喜びよりも疑問が溢れてしまう天宮。
私も、声には出さないでいれたが、気持ちは天宮と同じであった。
「どうしたのだ? 素直に喜んでいいことじゃないか?」
「考えてもみなさい。私たちが戦ったあの化け物が……何もせずに逃げたと思うかしら?」
「そ、それは……」
天宮の言葉に神庇護は苦い顔を浮かべる。
正面から戦った私たちなら分かる……あの化け物が、何もせずに逃げたとは考えられない。
「そもそもの話よ。どうして私たちは負けてしまったのに、こうして今も生きていられるの?」
次に疑問として浮かび上がるのは、どうして私たちが生き残れたという話である。
「推測でしかないけど……この事件はまだ、本当の意味で終わっていないと思う」
「終わっていない? どうしてそう思うの?」
「それは———」
「ま、またも速報ですっ! 行方不明となっていた
「な、何ですって!?」
新たに入ってきた速報に、天宮は驚きを発する。
「唯我 要って……」
「そうよ。この地区の統治者……唯我 晴明様の1人娘よ」
「何と! まさか私と同じ学園だったとは」
「今年から入学してきたの……それより、これはマズイ状況になったわね」
険しい表情で考え込む天宮は、どうも落ち着きが足りない様子だ。
「……2人ともごめん。さっきの話の続きだけど、無しにして貰ってもいいかしら?」
「……事情が変わったのか?」
「ええ。もしかすると、あの話の続きを実際に見てもらうことができそうだから」
「実際に?」
「今回の事件……肝となるのは3つよ」
天宮は声のボリュームを落とし、外にいる誰にも聞こえないように話をする。
「まず1つ……私たちが戦った化け物だけど、何者かに殺された可能性が高いわ」
「殺されただと? あの化け物がか?」
「逃げた可能性も否定できないけれど、死者が0と言うのが本当なら、そっちの方があり得るわ」
確かに……私たちがこうして生き残っているのも、天宮が言う何者かに、助けられたからなのだろう。
誰もあの化け物を倒せるとは思っていないが、それ以外の考えを持っていないのも事実である。
「2つ目は……主犯格は別にいたことよ」
「それについては私も同じだ。始めに流れた放送室からの声……あれが今回の主犯格だろうな」
「あの化け物も、その人の声の後に現れたものね」
「そして……混乱に乗じで唯我 要様を誘拐し、学園にいる私たちまでも殺そうとした」
考えるだけでゾッとしてしまうが、天宮の話には、まだ3つ目が残っている。
「最後に3つ……今後どうなるか分からないけれど、狙われるとしたら、要様だということ」
「今回は、無事に晴明さんの元に返されたみたいだけど……」
「多分、私たちを助けた後に、主犯格を見つけて追い詰めたのでしょうね」
「なるほど……そう考えると、助けた奴は正義のヒーローみたいだな」
羨望の眼差しを浮かべる神庇護であるが、その言葉に頷かない天宮。
「何か気がかりでも?」
「状況だけみれば、神庇護さんのように感じるかもだけど、私はまた違うものを感じたわ」
「違うもの?」
一瞬にして、病室の空気が変貌を遂げると、それを切り裂くかのように、天宮の口が動いた。
「
「なにっ?」
「引っ掛かるのよ。私たちを助けただけならまだしも、要様を救ったのなら、どうして名乗りを上げなかったのかをね」
天宮に言われて私も気づく。思い返してみれば、誰が唯我 要を助けたのか報道されてない。
「単に面倒くさかったからじゃないのか?」
「なら、神庇護さんが功労者だったらどうするのかしら?」
「それはもちろん、名乗りを上げるに決まっているだろう」
「どうしてかしら?」
「どうしてって……晴明さんの1人娘を助けたとなったら……!!」
「そう言うことなのよ」
天宮に質問を叩き込まれたところで、神庇護は何者かに引っ掛かるものに気づく。
「そう……功労者だと名乗りを上げれば、多大な褒賞だって貰えるはずなのよ。身分なんて関係なしにね」
「なるほど……天宮さんは、私たちを含めて助け出したのは、平民だって考えているのね?」
「辻褄が合うもの。どうして要様が狙われたのか……どうしてわざわざ、名乗りを上げなかったのか」
少ない情報でそこまで広げられる天宮に、私と神庇護は驚きを隠せない。
「ここで話を戻すわよ。私の考えだと、これから要様が狙われ続ければ、2人にも実際に見てもらうことができるの」
「だとしても、どうやって私たちは見ることができるのだ?」
「晴明様も必ず、これは自分たちに対する警鐘だと分かる……だからこそ動き出すのよ」
そう言って天宮は、近くの机に手を伸ばすと、何かの徽章を私たちに見せつけた。
それは……目で見るにはあまりにも眩しすぎる、金色に輝く太陽の徽章……すなわち、"王貴防衛軍"の証であった。
「事件の裏側を知るために、私と"王貴防衛軍"で活動しないかしら?」
天宮の言葉に頷いてしまえば、私はもう引き返せないのだろう。
そんなことは神庇護だって分かっているはず……けれども私たちは……
……自分の意志をしっかりと持って、力強く頷いて見せたのだ。
△▼△▼△
「晴明様っ!」
「何か用か?」
「要様の容態ですが、傷は多いものの、命に別状は無いとのことですっ!」
「そ、そうかっ!」
特区唯我の中心部にある屋敷。その中の一室にて、唯我 晴明は深く息を吐いた。
「このままいけば、明日にでも目が覚めるかと」
「ああ。引き続き頼んだぞっ!」
「承知しましたっ!」
医療班がお辞儀をして部屋をでると、晴明は目の前の椅子へ、強引に体を預けた。
「一先ず、何も無くて良かったが……」
「あれはまさに、
「そんなこと分かっている」
どこからともなく姿を見せた男性に、晴明は苛立ちを隠そうとはしなかった。
「止めろ晴明。俺だって苛ついているんだ、ここは穏便に済ませようぜ」
「……悪いな
「気にするな。今しがた入ってきたが、特に問題はないみたいだからな」
「そうか……」
互いの娘の安否を確認したところで、話は今回の襲撃事件に切り替わる。
「現場調査の方はどうだ?」
「いい収穫があった……と言いたいが、目ぼしいものは無かったな」
「と言うことは、主犯格は分からないってところか?」
「そう言うことになる」
事件の核心については分からず終いだが、今後の方針については固まっている。
「問題は要様のことだ……いよいよ、あのメイドだけでは守れなくなってきたぞ」
「ああ。だからこそ、お前に頼みたいことがある」
頼みがあると耳にした瞬間、豪は晴明の前で膝をついた。
「明日から娘の監視と銘打って、"王貴防衛軍"を配置……怪しいものを企んでいる輩が入れば、貴族平民問わずに排除しろ」
「それが、晴明様のお望みであれば」
今回の襲撃事件を受けて、晴明は動き出す。
娘を守るため……そして、世界を変えようと企んでいる、何者かを見つけるために。
最低最悪の鬼執事! 吉川 @foggy8877
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