第10話
「……なにしとるん?」
「ぇぁ、えっ、ぇと……っ」
やばい、怒られる。
背後から、部長の声が聞こえた。しかも、いつもよりも数段声が低い。
怖い。
さっきまでの優しい雰囲気が嘘みたいに、後ろからは寒気が伝わってくる。
「俺、入っちゃダメって言わんかったっけ。なんで入っとるん?」
「その……っ、き、気になっちゃって……」
「あのなぁ」
部長の声が、もっと近づいてくる。
ほぼ反射的に、後ろを振り向いて後ずさった。
ゆっくりと歩いてくる部長。後ろへと下がる私。
でも……背中が、壁に触れた。
「ぁ、………っ」
ダメだ、もう逃げられない。
部長の黄色い瞳が、光を放ってる気がして。
怖い、やだ、来ないで。
そう思った。
「ご、ごめんなさぃ……っ!」
「…………はぁ……」
部長は、大きなため息をついただけ。
その顔が近づいてきて、逆光で顔が見えなくなる。
何されるんだろう。
恐怖のあまり震えていると、肩に何かが触れた気がした。
「ぇと……部長??」
部長が、私の肩に頭を乗っけていたのだ。
というか怒っていると言うより、むしろなんかしゅんとした雰囲気が出ているような……?
「ぁ、あの………」
……なんて?
聞こえるか聞こえないくらいかの微妙な声量でつぶやいた言葉は、決して怒りからくる言葉じゃなくて。
安心して、力が抜けるような心地がした。
「……はは、キモイやろ。こんなことしとって」
暗がりで見えないはずの部長の顔が、綺麗に歪んだような気がした。
息を呑む音がする。
「キモい……?なんでですか?」
「どうせまた、お前やって“想像と違う”だのなんだの言うんやろ。もうこっちはそーゆーのこりごりやねん」
「……想像と違う?」
部長の言うことがやけに心に引っかかった。
想像と違ったっていいのに、部長は想像通りでいなきゃいけない、というような言い方をする。
「……私は、キモいとは思いませんけどね」
「……?」
「かっこいいと思います。想像と違うっていうのは、それだけいいところがたくさんあるって意味じゃないですか」
また息を呑む音が、耳元で聞こえた。
だんだん、肩が湿っていく感触。
「……もしかして、泣いてますか?」
「……泣いてへんし」
「じゃあ離れますよ?いいんですね??」
いつもの大人っぽい部長が、やっぱり人間なんだって、完璧じゃないんだって。なんだか、身近に感じるような気がして。
ちょっとからかってみたらどうなるんだろう、と言ういたずら心が湧き上がってきた。
「ほら、泣いてないならいいんですよね。離れちゃいますよ?」
「………無理」
「いや、無理とかないです」
「無理なもんは無理やし」
「泣いてないんならいいでしょう?」
「ええやん別に………」
部長の手が、背中側に回ってきて抱きしめられるような体制になる。
部長の体温が伝わってくる。
「もうちょいだけ、このままでもええやんか……」
そう言った部長のことを、不覚にも可愛いと思った。
推しの彼女(仮)になりました!? Mana @Lino0710
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