Day3.5
朝日から突然話題を振られて凛の頭はパニックを起こしていた
「わっ、私は」
たどたどしく言葉を綴っていくがその声は余りにも弱々しく、目の前の2人の圧に消されそうになっていた
「私は、まだ菜乃花さんとは会って3日だけど凄く楽しい時間を過ごせてるからこれからも一緒に居たいと考えてる」
「あ?」
「ふーん、ふふふ」
「だけどっ、朝日さんとも私は一緒に居たい...です」
先程までの空気はガラッと変わり2人の圧全てが凛へと向けられる
「二股ですか?」
「やんなぁ...」
怒りと失望の混じった声はとても冷たく鋭かった
「あっ、ち、違います!私はお2人の気持ちには応えられません!」
「えっ、なんで?」
「なんでや?」
「何でと言われましても急すぎて頭が追いつかなくて......」
「それに、朝日さんはともかく菜乃花さんとはまだ3日のお付き合いですし...」
もじもじと手遊びをして言葉を詰まらせる凛に菜乃花は痺れを切らして1つの提案をする
「だったらセフレからでも良いですよ?体の関係から始まる恋も少なくないですらしいですし」
「は!?」
「てめっ!?」
「私は本気ですよ、凛さん」
菜乃花は真剣な眼でそれを伝えて凛の返答を待っていた、この時点で凛と朝日の2人は菜乃花は本気であると確信をした
「疑問なんですけど菜乃花さんは私の事が好きなんですか?」
「はい」
「私達まだ会って3日ですよね?」
「...違います」
「え?」
「半年ほど前、街で私達は会ったことがありますよ」
『半年前に会っている』——この言葉は、凛の思考を一瞬で静止させた。
「……え?」
その場の空気が固まる。朝日も眉をひそめ、菜乃花を睨むように見ていた。
「どういうことや、それ。凛が覚えてないってことは、ただのすれ違い程度の話じゃないんか?」
「いいえ、私は忘れていません。半年前、凛さんが街で落としたノートを拾って渡した事があります」
「……ノート?」
凛は首を傾げ、記憶の糸をたどる。
「あっ……」
かすかに思い出す
ちょうど始まったばかりの春先、帰り道に落としたルーズリーフ。慌てて振り返った時、黒髪の誰かが拾ってくれて...
「……あれ、菜乃花さんだったんですか?」
「はい。凛さんは『ありがとうございます』って、優しい笑顔で私に言いました。その顔が、ずっと頭から離れなかったんです」
菜乃花の声は静かだったが、どこか熱を帯びていた。凛は思わず息を呑んだ
「だから私は、貴女とまた会いたくて、偶然を装って近づきました」
「……それって」
「ストーカーみたい、って思いましたか?」
「所詮はただの一目惚れで、凛さんと会う3日前まで記憶の中の貴女を思って過ごした成人女です」
凛は否定しようとしたが、言葉が喉で詰まった
「……でも、嬉しかったです。覚えててくれたことも、本気で想ってくれてたことも」
「凛さん」
「だけど、それでも……私は、誰とも今すぐ付き合えない」
「理由を聞いても?」
朝日の声が割って入る。静かながら、その奥には怒りとも苛立ちともつかない感情が渦巻いていた
「私、恋愛に自信がないんです。人の気持ちをちゃんと受け止める覚悟もないし……それに、誰かを選んでしまったら、選ばなかった人を傷つける。それが怖くて……」
言葉を紡ぐ凛の目には、薄く涙がにじんでいた
「私は臆病者です。こんな私のこと、本気で好きだなんて……信じられないんです」
しん、と音が止まったような沈黙が訪れた
「……ずるいですね、凛さんは」
菜乃花がぽつりと呟く。その顔に浮かんだのは、怒りでも悲しみでもない、微笑だった
「私のことを信じないで、でも傷つけることはしたくない。綺麗で、優しくて、ずるい」
「ごめんなさい……」
「でも、そんな貴女をやっぱり嫌いになれません」
菜乃花はそう言って、静かに立ち上がる
「私は、いつでも待っています。凛さんが私をちゃんと見てくれる日まで」
そう言い残し、菜乃花は部屋を出て行った
後に残されたのは凛と、そして未だに立ち尽くしていた朝日
「……あの人、強いな」
凛がぽつりと呟くと、朝日は大きく息を吐いた
「強すぎて、こっちは息苦しくなる」
そう言って、朝日も凛を見つめる
「うちはさ、もっと普通に……ただ隣で笑ってくれるだけで良いんだけどな」
「朝日さん……」
「でも、今の凛じゃうちのこと見れない。それだけは分かった」
苦笑しながら、朝日も立ち上がる
「変な三角関係になっちゃったけど、私も待つよ、凛がちゃんと自分の気持ちに向き合えるようになるまで」
そして、朝日は仕事道具を片付けて『じゃ、今日もいいところだしそろそろ帰るな』と言い部屋を後にしていった
静まり返った空間に、凛だけがぽつんと取り残された
心の中に渦巻く、菜乃花の真剣な眼差しと、朝日の優しい諦念。どちらも本気で、自分に向けられたものだということが、痛いほどに分かってしまっていた。
「私、どうすればいいんだろう……」
呟きは誰にも届かず、ただ静かに夜へと溶けていった。
──胡蝶蘭は止まらない。その香りも、その執着も、まだ誰の手にも摘み取られていない。
胡蝶蘭は止まらない。"The Unstoppable orchid" むたさん @MutasannDESU
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