五秒で読める掌編集
【欲しいから手を上げる】
「こちら温めますか?」
「あ、いらないです」
「袋はご利用ですか?」
「いりません」
……どうして聞いてくるのだろう。
必要なら、こっちからお願いするのに……。
どうしていらない側が、ひと手間、付き合わないといけないのか――
欲しい人が手を上げ、お願いするべきではないのか?
――甘え過ぎだ。
が、原因は店員にもある。
……あなた達が親切過ぎるから、それが当たり前になってしまった――
親切にされることが、『当然』であるはずがないのに……。
【元カノ】
「そこに立たれると邪魔なんだけど……分かるでしょ」
「じゃあ言ってくれよ……他人同士なんだから察してくれは無理。お前は元カノか!」
【記者会見】
「おい、この記者会見の映像、編集が雑じゃないか? たった数秒の間を飛ばしたりしてるよな……? そのせいで繋がっているようで繋がっていない、首の動きが急に早くなっているように見えて気になるんだが……、なんでこんな編集をした?」
「だってこの人、会見の最中に、絶妙なタイミングで放送禁止用語を入れてくるんですもん……さすがにそのまま放送するわけにもいきませんから、そこをカットするしかなくて……。音を入れて誤魔化してもいいですけど、それこそ気になりませんか? それだったら、こうして該当部分だけをカットした方が――それでもおかしくなりますけど、まだマシな方ですよ」
【役作り】
――謝罪を要求する。
そう言われたので、男は素直に謝ることにした。
「……分かりました……では――――いきます」
ふう、と一呼吸。
息を整え、男は天からなにかを求めるように、両手で招く。
「ちょっと待ってくださいね……今、憑依しますので……」
「……憑依……?」
「はい。俳優さんと似たようなものですね……今、役を憑依させているんです……。気持ちを入れ込むことで、発した言葉が軽くならないように――」
【リンゴに似たバナナ】
「お前はほんとにさあ……クズみたいな奴だな……」
「……みたいな?」
ということは、少なくとも、クズではないということになる。
リンゴみたいなバナナだな、と言われたら……リンゴではないから――、
でも、リンゴにすごく似ている、ということは伝わった。
でも、それそのものではない。
これは落ち込むのが正解か? それとも、名詞が出てきたのだから、出てきたそれでは絶対にない、という証拠に喜ぶべきなのか?
リンゴではない、と言われたら、メロンかもしれないしブドウかもしれないけれど、リンゴでは絶対にない――と解釈もできる。
自分はバナナなのだ。
でも、他のフルーツである可能性も、なくはない……だって言われていないから。
自分はバナナであるという前提に、真実であるという証拠はまだない。
だけどリンゴ『みたい』、なら、めちゃくちゃ似ているけど別のものである、と証拠を出されてしまった……。
そこで、「いいえ私はリンゴです」とは、ここまではっきりと言われたら、言えない。
否定もできない。
だから私は――リンゴでは、絶対にない。
…おわり
昼過ぎの眠気は投げ込まれた睡眠玉のせい? 渡貫とゐち @josho
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