王子様といっしょなら!

一途彩士

こばりの恋は

 塾帰りの電車内で、こばりは大きなため息をついた。


 (あーあ。今日も王子様には出会わずじまい、か)


 学校と塾と家のルーティンができつつある今、こばりも現実はわかっている。今年受験生の自分に、大人になりつつある自分に、王子様との結婚を夢見る時間はないと。 


 でも、こばりの心は諦められない。王子様と出会うのは小さな頃から夢だったからだ。変わり映えがない生活の中でも、決して王子様の予兆を逃すまいと思っていた。


 しかし体は正直だ。疲労には抗えず、席が満席で立っている人がままいる車内にも関わらずあくびが止められない。


 (あー……王子様、こんな私は見ないでね……)


 次は――。――です。お降りのお客様は――


 流れた次の停車駅のアナウンスに車内を見渡す。主要駅ではないからあまり降りる人は居ないし、席もすぐ埋まるだろうが、どこか座れないだろうか。


(あれ、空いてる)


 思った通り降りる人は少ないが、車両真ん中、扉近くの二人掛けの席に一つだけ空きがある。

 しかも、こばりは空き席の隣に座る存在に目を疑った。


 (王子様……?!)


 艶のある黒髪、目を閉じていてもわかるバランスのいい顔の清廉さ、なによりこばりの描いていた王子様像通り王冠を頭につけていたのだ。

 子ども用のヘアピンについたおもちゃのような王冠だが、こばりにとって王冠と王子様は切っても切り離せないものだった。絵本の中でも、映画の中でも、どこかの国の王子様もかぶっているから。


 そんなこばりの理想の王子様が、空席の隣で肘をついて眠っている。隣は空席のまま。 


(……誰も座らないならいいよね?)


 こばりは周囲に迷惑がかからないよう、しかし素早く人の間を縫って空席に向かった。


 こばりが目当ての席に近づいても、王子様はいまだ目を閉じて夢の中。こばりは意を決して席に座った。


 王子様が寝ているのをいいことに、より近くで王子様を観察する。遠くから見ていたよりも、王子様の美貌はこばりの脳を貫いて、ときめきが加速した。まつげが長い、肌が白い横から見るしゅっとした鼻筋。かすかに聞こえる寝息も愛らしい。


(幸せ……)


 こばりはうっとりと王子様を眺めた。


 車内に到着のアナウンスが流れた。

 ぱちり、と王子様の目が開く。


 こばりは慌てて、なんでもない無害な乗客を装うために前の座席のシートに視線をやった。

 


 電車は次の駅に止まった。それなりに混み合った車内も空いてくるだろう。


 ふと、こばりは不思議に思った。


 どうしてだれもこの席に座ろうとしなかったのだろうか。王子様のオーラに気後れしたのか。満席だという思い込みで空きを見逃したか。


「僕が頼んだんだ」


 疑問に傾いていた思考が引き戻される。知らない声はこばりのすぐ側から届いた。

 声のした方を向いて、王子様の輝く瞳とこばりの視線がかち合う。


 それとちょうどに電車の扉が開く。乗客がぞろぞろ降りていく。


 眠りから覚めた王子様は、これまたこばりの理想通りのバリトンボイスで、楽しげに言葉を続ける。


「みんなに、ここには座らないでってお願いしてたんだ。君が、僕の隣に来てくれるか。ちょっとした賭けだったけど、君はやっぱり来てくれたね」


 こばりは王子様から目が離せなかったが、アナウンスが聞こえて慌てて周囲を見渡すと、ちょうど扉が閉まるところで。

 気がつけば車内の乗客は、こばりと王子様だけになった。


 乗客が全員降車するのも、新しい乗客が誰もいないのも、こばりの使う路線ではまずありえないことだった。しかし、こばりの心はその異様さよりも、王子様への関心のほうが勝った。


 王子様は自身の頭についた王冠を外し、こばりに見せつける。


「僕のお姫様。君がこれをつけてくれた日から、僕は君の王子様になれた。それからずうっと、今日が来るのを待ってたんだ」


 王子様はそう言って微笑んだ。こばりは王子様のその笑みに、自分の心が溶けていくのを感じた。


 こばりにとって、王冠は王子様ときっても切り離せないものだった。絵本の中でも、現実でも、王子様は王冠を被っている。そう、今みたいに。


(あ、そうか)


 こばりは思い出した。幼い自分がかつて、こばりにしか見ることができない友だちと過ごしていたことを。


 その男の子が、今目の前にいる王子様と似た特徴を持っていたこと。


 幼い自分が彼に「私の王子様になって!」とせがんで、おもちゃの王冠を渡したこと。


 その次の日から、その友達もおもちゃの王冠も、こばりから去ってしまったことを。


「ようやく迎えに来れたよ、お姫様」


 王子様が腕を伸ばして、こばりを抱き寄せた。こばりは王子様の体温に誘われるまま王子様に体を寄せる。


『次、つ、ぎはザザッ……』


 車内のアナウンスが乱れて、雑音が混じる。


『ザ、ザザ……失礼いたしました。次は──、──、終着駅です。この先電車は次の駅まで止まりません。もう、止まりません──』


 音質はすぐに戻ったが、アナウンスの告げる終着駅は、こばりの知らない名前だった。


 こばりは、車内に響く音声が目の前の王子様の声に似ているように感じながら、王子様の腕の中で目をつぶった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王子様といっしょなら! 一途彩士 @beniaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ