その日だけの遊び相手

来栖 ヒメノ

その日だけの遊び相手

 風鈴の音が響く、蝉の声が遠くに引いて、部屋の空気がわずかに冷えた気がした。

 湿った風がカーテンを揺らす。夏の夕方によくあることだ


─また、この季節か。


 大人になってからというもの、毎年この時期になると、決まって思い出す。

 もう、かなり昔の話だ。


 子どもの頃、毎年夏のある一日だけ、私の家では母の知人の子どもを預かっていた。

 その日以外に会ったことはない、必ずその一日だけ。

 預かるのは2人、弟と同い年の男の子と、その少し年上の女の子。


「また今年もよろしくね」


 母はそう言って、彼らを迎え入れてた。

 理由なんて聞いたことがない。でも、毎年同じ日だった。

 

 今思えば、不自然だ。


─なぜ、あの日だけだったんだろう。


 特別な理由があったのか。それとも、それ以外の日では来られないのか…


 私は縁側に座って、弟と男の子が庭で走り回るのをぼんやりと眺めていた。

 ふと、視界の端に影が揺れた。

 気がつくと、彼女—女の子が、私のすぐ隣に座っていた。


「今年も来られてよかった」


 彼女はそう言って、笑った。


 風鈴が揺れ、音がひとつ鳴る。

 チリン——と澄んだ音が空に溶けていく。

 あの日の風鈴の音と一緒に、あの言葉だけが今も残っている。


—私の中に。


--


 つい最近のことだ。

 帰省して弟と夕飯の準備をしていたとき、ふとあの頃の話を口にした。何気ない会話の中で、私が言った。


「そういえばさ、毎年夏に来てた、あの兄妹……覚えてる?」


 弟は手を止めた。


「……兄妹?」


「うん。お母さんの知人の子ども。男の子と、女の子。毎年同じ日に来てたじゃん」


 沈黙。


「姉ちゃん……毎年来てたの、確か男の子1人だけだったはずだけど…」


「 何言ってるの、毎年同じ日に来てたじゃん。2人で」


「……ずっと1人だったよ。男の子だけ」


胸の奥が、ゆっくりと冷たくなっていく。


「女の子……いなかった?」


「知らない。いなかったはずだよ」

 

 私は思い返してみる。確かに隣に座っていたし会話もした。笑っていた。

 でも顔が、浮かばない。

 髪型も、背丈も、声も、うっすらとある。

 けれど、目の形、口元、頬の印象が何も出てこない。

 昔の出来事なのか記憶があやふやだ。

 気味が悪くなって、私は母に聞いてみた。


「お母さん。昔、毎年来てた子たちって……2人だったよね?」


 母は一瞬、手を止めた。

そして、まるで言葉を選ぶように、ゆっくりと顔を上げた。


「……何の話?」


「お母さんの知人の子ども、男の子と女の子、2人で来てたじゃん、私たち4人で遊んでたはずなんだけど」


「そんな子、いないわよ」


ピシャリと断ち切るような声だった。


「え、でも——」


「気のせいよ。」


 その声は低く、静かだった。

 母の言葉から “それ以上言わせてはいけない”という気配があった。

 空気が重たくなり、次の言葉がどうしても出てこなかった。

 その場の沈黙がすべてを封じ、それ以上もう何も聞けなかった。


──怖くて。


--


 女の子は、たしかに私の隣にいたはず。昔の出来事だったのかどんどん記憶が薄れている。覚えてるのは、ただひとつ。


「今年も来られてよかった」


 今思えば、それだけを残すために現れていたような、決まり文句。

 私が本当に誰かと話していたのか、それすらもう怪しい気がしてくる。


あの風鈴の音は、今も耳の奥に残っている。


 あれが何だったのかを考えるには、あまりにも遅すぎた。

 あるいは……最初から、考えてはいけなかったのかもしれない。

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その日だけの遊び相手 来栖 ヒメノ @kabutogani777

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