実体のない心

ポンコツ二世

実体のない心

 きっと、家から帰ってきた父は、俺の姿を見てがっかりしているに違いない。それは図星だったらしく、父はため息をついてさっさとどっかに行ってしまった。

 俺はそんな父を横目にひたすらパソコンの前で、物語を「書き続ける。」今日はずっとこうしている。だって、仕事がないんだから。いや、これが俺の今の仕事なんだが…。俺は23歳になってもまだ親に養われている。

 今じゃ、パソコンのキーボードを打っている音だけが俺にとっては一種の快楽のようなものだった。この音が鳴るということはまだ物語は進行しているということでまだ俺は仕事は失っていないということだ。

 親は何の期待も指定なし、もう当たり前のように俺を保護しているが、怒るということはない。怒っても俺が定職につくことはないし、時間を巻き戻す、つまりクレジットカード会社を辞める前に戻ることはできないんだから。親はどこまでも現実主義者だった。

 だけど、さすがに俺が親に退職を告げたときは現実を見失ってた。母は泣き崩れ、父とは口論となった。口論といっても、父がいっっぽう的に言葉のナイフを振り回していただけだ。俺は実体のない心を持っていたのだから。


  話を「今」に戻そう。俺はパソコンのキーボードをひたすら打ち続ける。ちょうど、物語が乗ってきたところだ。

 頭の中でどんどんと場面が再生されていく。

 

 話しの主人公はロレフスという戦争孤児だ。あるヨーロッパの内戦により、両親は空爆で死んだ。彼が十歳の時だ。空爆を行った相手が政府軍か反政府軍かはどっちでもいい。とにかく彼は人間を憎むようになった。

 ロレフスは廃墟と化した街をさ迷い歩いた。泣きもせずに表情には沈黙を刻んだ。同い年が戦車の残骸で遊んでいても、彼にとっては存在してるだけだ。

 ロレフスはある教会にたどり着く。正確に言えば教会だったものだ。奇跡的に十字架はまだ屋根の上についていた。ロレフスはそこで食べ物を恵んでもらおうとした。もうスリだけではやっていけない。確実なる支援が必要だった。

 教会の中に入ると、一人のアジア系の男がひざまずいていた。

 ロレフスは話しかける。「食べ物が欲しいんですが…。」

 教会の男はこちらを向かずにこう言う。「ここにはない。食べ物というのは本来神が我々に与えてくださるもの。だけど、この国には神が去ってしまわれた。だかこうやって祈って神に戻られるように告げなければならない」

 その背中にはどこか神聖なものが感じられた。何か巨大な壁を前にしているような。

 ロレフスは「壁」の前で膝間づいた。そして、祈った。人生で一度もこんなことはしたことがなかったからやり方なんてわからなかったが自然に彼は祈り始めた。

 祈りの言葉を一言いうたびに彼はなぜか力が感じられた。子供の純粋さでも大人の知識でも説明できない力が彼を包み込んだ。


 俺はパソコンのキービードを打ち続ける。ふと、一瞬自分は何を書いているのだろうとわからなくなる。だけどすぐに指を動かす。何かに操られているかのように。不思議だ。まるで人生が何かに操られているよう。これは予定されていたものなのだろうか…。俺は打ち続けた。 


         祈りの言葉を口ずさみながら。


 


 

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