第三章


「あ、葵くんじゃーん。やっほー」

「こっち来るな…ヤリチンのくせに…」

「ちょっと言い方酷くない~?俺別に誰とも寝るわけじゃないよ?この間の子は俺と寝たらお金くれるって言うから仕方なくだし」

「お、お金巻き上げてるのか…?都会怖い…」

「違う違う、ちょっと特殊なだけだよ」



 ――早乙女 詩

 スラリとした高身長に小さな顔。その顔の中に黄金比とも捉えられる整えられたパーツが並べられており、オマケに唇の横には色っぽいホクロまでもが付属している。スタイル抜群だけならまだしも人当たりがよく、誰に対しても笑顔で明るく接するので入学から一ヶ月も経っていないというのに早乙女の周りには人が常に集まっていた。

 そんな男が自分の隣人で尚且つ、同じ大学だなんて漫画でもない設定だ。これこそ神様は不公平だと言えよう。



「ねえ、詩!今日このあともう講義ないの?」

「うん、もう今日はフリーだよ。どうしたの?シオリちゃん」

「じゃあ私とデートしようよ~、美味しいランチ知ってるんだよね」

「いいね、行きたい。行こうか」


 今だって学内で注目を集めるほどの美貌を持った女子学生が話しかけると二つ返事で了承するような軽さ。あんなにもモテたらさぞ人生は楽しいだろうな。でも早乙女のことだ、きっと学内の女子を食い散らしているんだろう。

 僕はそんなのには絶対なりたくないし、きっと…残念ながら死ぬまで童貞な気がする。


「葵!このあとサークル行くんだけど来る?」

「あ、うん…行くよ。行っても相変わらず喋って終わりな気がするけど」

「だな~、でもあそこ皆いい人だから俺好きなんだよね」

「うん、その気持はわかる…皆気さくだよね」


 早乙女を見て顔をしかめていると、柊斗は毎度のごとくどこからか湧いてくる。肩を組まれた葵は半ば引きずられる形で学食に連行される羽目になった。

 大学生活に慣れてきたと同時に、今度サークルという新しいコミュニティに慣れないといけないのは人見知りの葵にはまだまだハードルが高い。なんとなくで旅行サークルに入ったものの部員の数も少ないので、結局いつも集まって喋ってたまに飲みに行くくらいの緩いサークルだ。だがしかし、先輩は皆優しいので分からない問題や過去問までなんでも教えてくれる。

 お陰様で東京の路線図はある程度覚えることができた。ちなみに僕の大学は準急列車までしか止まらないことも教えてもらった。


「大学生になったらさ~、もっと皆大人びると思ったらそんなこともないんだな」

「だね…なんか皆高校の延長線上にいるみたい」

「あ、それわかるかも。髪の毛とか服装が自由になっただけでやってることはあんま変わんないよな」

「うん…でも自由な時間は増えたけどね。それに都会だからなんでもある」

「あ、そっか。葵の実家ってクソ田舎だっけ?」

「クソ田舎…うん、まあそうだね。なーんにもないただの麦畑が広がってる田舎」

「へえ、でもなんか映画とかにありそうでカッコいいじゃん!」


 最近はSNSサイトの効果もあってか、田舎や自然に興味を持つ若者が多いらしい。自分から見たらそんなのはただの一瞬の魔法で、一週間もすれば都会の便利さが恋しくなるに違いない。コンビニなんてものは無いし、カラオケなんて街に出ないと無いし、ゲームセンターだって昔からの機種しかないから流行りのものは置いていない。

 自分は高校まで一時間かけて通学していたが、地方の町ですら迷う自分が東京に馴染めるわけがないのだ。よく考えたらよく一度も事故に遭わずに生きているなと感心する。


「旅行だったらさ、俺海外に行きたい!」

「海外?柊斗って英語喋れたの?」

「喋れないけど!なんかカッコいいじゃん!お洒落だし!」

「ふうん…僕は国内でいいかな…道に迷ったら怖いし、なんか臓器とか売られそう…」

「ちょ、葵ってばマイナスイメージ持ちすぎでしょ!対策してたら大丈夫だって!」


 多分自分みたいにナヨナヨした男が海外に行った暁には、高額なお金を騙されて臓器を売り捌かれるに違いない。想像しただけで鳥肌が立った。




「葵くーん、奇遇だね。なんでこんなところにいんの?」

「それは僕のセリフだ…!てかここは僕の家だし!」

「君の家でもあって僕の家でもあるんだけどなあ」

「…というかまた別の女の子連れてるのかよ。どこまで遊び足りないんだよ…」

「え?この子はマミちゃんっていうんだよ。可愛いでしょ?」

「そ、そういうことじゃなくて…あの、行為をするときはホテルなりどこか別の所でしてくれないかな…薄い壁だから全部聞こえるんだって…」


早乙女という人間はこんなにも人望があるというのに、倫理観というか道徳をどこかに置き忘れたらしい。今も赤く顔を染める女の子の肩を抱いて、僕に微笑みかけるコイツは相変わらず顔がいい。

細そうに見えて意外にも鍛えているのか、その二の腕は引き締まっていてカッコいい…ってしまった、僕ゲイだからイケメンにはどうしても折れてしまう節がある。


「なに?興奮しちゃう?それは仕方ないね」

「ちがッ!そういうことを言ってるんじゃない!寝れないんだ!」

「ええ…でもホテル代高いしなあ…」

「嘘つけ!色んな女の子にお金貰ってるくせに何言ってるんだよ!」


180センチはゆうに越すであろうその巨体は、葵の目線に顔をずらすとニンマリと微笑んだ。自分だって身長はギリギリ170センチを超すくらいだというのに余裕ぶられるのがムカついて思わず顰め面をする。


「…葵くんはさ、そういうの興味ないんだ?純情なんだね」

「純情というか…その、欲がないというか…」

「そっかそっか、別にいいんだよ。人は何も知らないまま純粋でいた方が幸せだからね」

「……そういうものなのか?」

「そうさ、だからそのままの可愛い葵くんでいてね~」

「かッ…可愛いってお前!言っていいことと悪いことくらいあるだろ!」

「ええ、褒め言葉なのになあ」


美しいものを見るとき、人は心臓の泊数が上昇するらしい。どうやら、自分もソレに侵されている。先程から早乙女の顔にはなにか特殊なフィルターでもかかっているのではないのかというくらい光り輝いていて、眩しい。夜だというのにハッキリと早乙女の顔が見える程には。


「ねえ、詩くんもう行こうよ。私早く部屋に入りたい」

「うん、そうだね。行こっか。じゃあ、あおくんまたね」

「だ、誰があおくんだ…!僕はあおいだ!!」


女の子の肩を抱いて去っていく早乙女に思わず中指を立てたくなる衝動を抑えて、どうにか感情をコントロールする。落ち着くんだ、大丈夫。別に今日は《そういう》ことをしないかもしれない。普通のお茶会をして楽しくお話するだけかもしれない。



「……そんなわけ、あるかあ」




さっきまでの浮かれていたテンションはどこに行ったのか、葵はすっかり沈みきった表情を浮かべてその足取りでスーパーマーケットに買い出しに向かった。もう夜も遅い、この時間になると惣菜物が安くなることをつい最近知ってからは、毎晩この時間に外出することが増えた。

だがしかし、それによって視界に入れたくないものナンバーワンと鉢合わせしてしまったから、やはり僕の東京ライフは前途多難あると思う。


「良かった…今日は牡蠣フライが売ってた。昨日は売り切れてたんだよな…」


買い物袋に入った食材を見て思わずヨダレを垂らしてしまいそうになる。自炊も好きだがやはりスーパーで事前に作られたものを再加熱するのも楽だと気づいてしまったのだ。こうして人はどんどん堕落してしまうのだなと実感する日々である。

ご飯を食べたらすぐ風呂に入って、明日提出のレポートを終わらせてしまおう。そんなことを考えながらアパートの階段を上がると、自分の家の前に誰かが立っているのが見えた。




「―――あ!葵ちゃん。おかえり!」

「……は?なんで君がそこにいるの?」


右頬に赤い傷をつけた早乙女は、ニコリと笑い、あたかも飼い主の帰宅を待つ犬かのように葵を待ち受けていた。思わず口がパッカリと開き、目が点になる。



「ご飯ないからさ~、家入れて!葵ちゃん」

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