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「い、いやいやいや…なんで?どうして?さっきの子は?」
「さっきの会話深堀りされて答えたら怒って帰っちゃった。ほら見て、ビンタされたんだけど酷くない?」
「そりゃ…女の子とっかえひっかえしてたら怒るよ…」
「とっかえひっかえじゃないよ?俺は特定の女の子は作らないし大体は一回二回でサヨナラだし」
赤い傷かと思えば、ただビンタをされて赤く腫れ上がっているだけだった。それでも十分痛そうだが早乙女は全く気にしていないようで、ただ腹を空かせているから面倒見てくれと言っているだけだった。実はこの男ヒモなのではないかと疑いたくなる。
「そんな事情まで聞かせなくていいんだよ…冷蔵庫漁れば一つくらい食材出てくるでしょ…」
「え?俺の家、冷蔵庫ないよ。だからいつも女の子が作ってくれる」
「え、マジで言ってるの?一人暮らしで冷蔵庫ないってよく生きてこれたね…」
「んー、まあ女の子が全部私がやってあげる!って言うから…」
「ヒモか。コイツ、正真正銘のヒモ男だな…」
家に冷蔵庫がないとなると、どうやってこれまで生活してきたのか知りたいまである。別に明日には女の子に囲まれるんだから一日くらい我慢したらいいものを…と思うが、早乙女の目を見てしまうと揺らいでしまうのはなんでだろうか。
「お願いだよ、葵ちゃん。お腹減って死んじゃう」
「………葵ちゃんって呼ぶな。」
まるで捨てられた子犬のような目を向けてくると流石の葵も同情の心が湧いてきてしまう。それにこんなイケメンが自分に縋ってくる様を見るとどうも、こう…クるものがある。
何度も言うが僕はゲイだ。それも恐らくネコ。
「部屋荒らさないでよ、綺麗に保ってるんだから」
「うわあ、葵くんの部屋綺麗だね。清潔感あって大学生って感じする!」
「お前も一応大学生だろ…」
思ったよりも高評価で部屋を片付けておいて良かったと思う。キラキラと目に光を宿した早乙女はそのまま一人用ソファに座ると、葵の課題に手を伸ばしていた。
人を部屋に招き入れるなんて考えたこともなかったが、そんな初体験がこの男かと思うと少し気分が沈んでしまうのも無理はない。そのまま真っすぐキッチに向かい、購入したものを再加熱し、予め炊いておいた白米と味噌汁を用意すると早乙女から感嘆の声が上がった。
「すっごい!これ全部葵くんが作ったのか…」
「惣菜は僕じゃなくてスーパーのおかげだけどね。有り余りでいいなら食べなよ」
「うんうん!この恩は一生忘れないよ!」
「本当かよ…しかもあっさり僕の座る場所奪ってるし…」
手始めに味噌汁に口をつけた早乙女はその瞬間、目をまんまるにし驚きの声を上げた。こんな美味しい味噌汁、婆ちゃん以来だよ!と褒められてしまっては素直に受け止めるしかない。おかずにも手を付け美味いだの感想を言うから段々こちらが恥ずかしくなってしまう。
「いやあの…そんなお世辞言わなくたっていいんだけど…」
「何言ってるの、この惣菜はスーパーじゃなくて葵くんの手作りでしょ?俺そういうの一発でわかっちゃうんだよね。マジで美味いよ!」
「ありがとう…てか手料理ならこれまでたくさん食べてきたんじゃないの?」
「うん、色んな子の手料理食べさせてもらってきたけど…葵くんのが断トツで美味しいや」
頬袋いっぱいに料理を詰め込んで、嬉しそうに笑う早乙女の表情はまるで幼い子供のようで思わず葵の顔にも笑みが宿る。これまで自分の料理を人に褒めてもらうことがなかったのだ。
イケメンの笑顔は自分の目の保養にもなる。皮肉なことに、コイツの顔面は憎めなかった。
「肉じゃが…作るの好きなんだよ。色んな食材を使うのも、彩りが綺麗なのも含めて楽しいから」
「へえ、…じゃあ葵くんが作った肉じゃがには愛情がたっぷり詰まってるってことでいい?」
「……ま、まあ。そういうことでいいよ」
「通りで甘いわけだ。最高だね」
こんな風に女の子のことも落としているのだろうか。犬のように、だけどツリ目でこれほどイケメンなのだ。優しくて甘い声で囁やけば誰だってイチコロだろう。
現に自分の耳も赤く染まっているのがわかる。褒められるというのは幸せのドーパミンを分泌してくれるらしい。
「ね、これからもたまに晩御飯ここで食べさせてよ」
「えっ、女の子に頼めばいいんじゃ…」
「でもそうしたら確定でセックスがついてくるからね。すっからかんになっちゃう」
「セッ……そんな体の関係を作らなくてもいいソフトな関係を築いたらいいんじゃないの?普通の恋人とか…」
「え、俺そういう恋人とか恋愛感情とかあんま分からないし興味ない」
「なのに性行為はしちゃうんだ…へえ…」
「気持ちいいことは嫌いじゃないしね、それにもうずっとそうやって生きてるから」
好きな人と手を繋いだり、デートをしてクレープを半分こすることが世の幸せの定義だと聞いたがそうでもないのかもしれない。体の関係だけの浅い関係だってこの世には存在するのか。
自分は好きな人と一緒に色んなことがしたいし、世間一般的なデートもしてみたいが早乙女はそういう関係は望まないらしい。それは幸せなのだろうか?
「ねー、白米おかわりしていい?」
「マジかよ…遠慮という言葉知らない?」
「でも許してくれるのが葵くんだって俺知ってるからね~」
「あんまり調子乗ってると大家さんに言いつけるぞ…」
口の端に米粒をつけたまま無邪気に笑う男を見ていると、やはり遊び呆けているコイツも同じ18歳なのだと実感させられるのであった。
「はあ~~、食べた食べた!ごちそうさま!」
「お粗末様でした。はい帰って」
「なんでだよ、もう少しでゆっくりさせて~」
「いやいや部屋横なんだからさっさと戻ったらいいのに…」
「ヤダ、人肌恋しいじゃん。もうちょっと一緒にいよ」
ゴロンと寝転がった先にあるのは僕の畳まれた布団の上で思わず小さな悲鳴を上げてしまう。別に風呂に入っていない状態でいてもいいのだが、そんなにくつろがれると今度はこっちが対応に困る。早乙女はスマホを取り出しいじったかと思えばものの数秒で閉じ、そのまま天井を見つめていた。
後片付けを済ませた葵は暫くシンクの前に立って早乙女のことを見つめていたが、やがて意を決し冷凍庫からあるものを取り出した。
「…ん、これ。した方が良い」
「冷た!これって保冷剤…?どうして?別にもう痛くないよ?」
「痛くなくても腫れてるんだから冷やした方がいい。折角の綺麗な顔が台無しになる」
「ええ!葵ちゃんったら俺の心配してくれるの?」
「心配はしてない!あと葵ちゃんって呼ぶな!」
早乙女の頬に保冷剤を当てると見るからに冷たそうで、顔を歪ませた早乙女はブーブーと文句を言っていたが無視をした。こっちは親切心で差し出しているんだから寧ろ感謝してほしいくらいだ。ケラケラと笑うその様はやはり何度見ても子どものようであった。
「ありがとう、葵くん。優しいんだね」
「いや…そんなことはないけど…」
「…やっぱりさ、目の色綺麗だなあ。青色って羨ましいや」
早乙女は葵の顔を見上げて溢れるように笑い、そして葵の目を指さした。ストレートのブロンドヘアに茶色みがかかった瞳を持つ美青年が、こんな素朴な人間に対して何を言っているのやら。
「僕のこの目は全然綺麗なんかじゃないよ、早乙女のほうがよっぽど綺麗な目をしてる」
「そんなことない。葵くんの目は深海を映し出してるみたい」
「それ褒めてるのか…?深海って…」
「褒めてるって!太陽に当たったら途端に珊瑚礁の海を映してるみたいにキラキラするんだから!」
人の布団の塊に体を預けて笑う、早乙女詩という人間が人に愛される理由が分かったかもしれない。マイナスなことを言わず、ただ上だけを見ている人間は地面に落っこちている黒い感情なんてものは湧いていない。そこにあるのはただの幸せなのだ。
「……ありがとう。嬉しいかも」
「そこは嬉しいって言ってよ!」
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