本当の居場所
夜野蒼
小さな自分
彼女の机にはいつもたくさんの人が集まっている。
授業のわからなかった問題を聞く女子。
仲良くなろうと話しかける男子。
内容は様々だったが僕は絶対に行かない。
彼女のことが嫌いだから。
半年前に彼女は僕のクラスに転校してきた。
その日の朝はクラス中が転校生の噂でもちきりだった。
すごい美人がくるだとかめちゃくちゃイケメンがくるだとか転校生が来ると言う事自体が嘘だとか。こういう噂はどこから流れてくるのだろうか。
こんな時は大抵前評判と実物でかなり落差があるのが定番だ。騒ぐだけ騒いで勝手に落ち込む。勝手もいいところだ。
しかし彼女は違った。
「谷本真凜です。よろしくお願いします!」
そこに立っている人はかなり整った顔立ち、艶のある黒髪、まるでアイドルかモデルのようだった。クラス全員が同じ感想を持ったのだろう、とてもざわついていた。
谷本は転校初日から男女問わず大人気だった。まああれだけ整った容姿をしている上に性格も良いらしい。人気が出ない方が不自然だ。
だが僕にははっきり言ってどうでもいい事だった。
僕はいつも一人のいわゆるぼっちと言うやつだ。別にいじめられているわけではないが、名前すら呼ばれたことが無いんじゃないかと言うほどに。そんな自分には谷本のようないわゆる陽キャの部類の人間は無縁だとわかっていたから。
だが数日後僕は谷本を気になり始める事になる。
きっかけは学校のテストだった。
テスト当日の朝にも谷本の席周りには人だかりができている。
「ねえねえ谷本さん。この問題教えて欲しいんだけど。」
「今日のテスト全然自信ないよ〜。どうしよう。」
何言ってんだこいつらは。あと数分でテストが開始するってのに今更わからない事聞いて遅いだろ。当日までに勉強して自信をつけるのがテスト勉強だろ。
「いや、私もあんまり自信ないんだよね。難しいよ今回。」
不安そうな顔で谷本が言う。どうやら彼女もあまり自信がないらしい。どうせ勉強もせず遊び呆けていたんだろう。今回のテストも僕が学年で一番だろうな。
友達もいない。運動もできない。そんな僕は自然と勉強に力を入れていた。
それしか自分の価値を示す方法がなかったから。
一週間後、テストが返され順位表も渡された。当然表には一位と書かれているはずだ。
「…あれ?二位?」
信じられなかった。僕は他の奴らが遊んでいる時にも勉強して一位は当然のものだと思っていた。なのになんで一位じゃないんだ。
唖然としている時他のやつの大きな声が聞こえてきた。
「ええー!谷本さん順位一位じゃんすご!」
「まじ?ほんとだ。天才じゃん!」
え..?谷本が一位?
「い、いや。そんな事ないよ。たまたま勉強したとこが出ただけだよ。」
なんでお前が一位なんだよ。テスト前自信ないとか言ってたじゃねえか。その嘘は一番やっちゃいけないやつだろ。
だけど今回の結果は僕にとってあまりにもショックな出来事だ。人生で一番頑張ってきた勉強。それで初めて人に負けてしまった。これで負けてしまったらもう僕には何もなくなってしまう。
「..次こそは絶対に勝たないと。」
その日家に帰宅し母に順位表を見せると母は怒りの形相で僕を怒鳴りつけてきた。
「あんた。なんで二位なの?なんで下がってるのよ!」
「ご、ごめんなさい。」
「謝る暇があるなら勉強してなさい!」
僕には大学受験に失敗した兄がいる。兄は成績優秀で母は兄にとても期待していた。いつも満点のテストを持ち帰り、学年でも一位だった兄。親からの期待を受けいつも頑張っていた。
いつも褒められ期待される兄と比べ平凡だった僕の居場所は無かった。
だが兄は受験に落ちてしまった。
兄は母からの重い期待、重圧感に耐えられなかったのだ。それでもと勉強を続け体まで壊してしまう事だってあった。
離婚し父がおらず僕も幼かった事もあり母に逆らえるものはいなかった。
兄が受験に落ちると母の期待は僕に向けられた。
「あんたはお兄ちゃんのようにならないように勉強頑張ってね。」
「うん..」
今まで母が兄にばかりだった期待が僕に向いたことがとても嬉しかった。たとえ兄の代わりだったとしても。
僕が頑張らないと。
けど次のテストも結果は同じだった。
谷本は順位一位。僕が二位。それは変わらなかった。それに谷本は勉強だけではなくスポーツも万能で誰にでも優しく正に絵に描いたような完璧超人だったのだ。
谷本はあっという間にクラスの中心になっていた。谷本とそれ以外、そんなふうに見えてきていた。
転校してきて数ヶ月経つがどれだけ勉強しようと勝てない。一度も話した事もない谷本に密かに燃やしていた対抗心もほとんど消え失せ母に対する罪悪感が増えていった。
日が経つほど家への足取りが重くなる。母には何度叱られたかわからない。もう僕には期待もしていないだろう。精神的にも限界がきていた。
放課後になり帰宅しようとすると背後から声をかけられた。
「ねえ。ちょっといいかな?」
話しかけてきたのはなんと谷本だった。全く接点のない僕に何の用なのか。
「これからみんなで遊びにいこうって話してたんだけど一緒に来ない?」
信じられなかった。今まで遊びに誘われたこともない自分が誘われたことに。いや、それ以上に話したこともない人を誘うという行為をする谷本に。
だがとても行く気にはなれない。なるわけがない。
「いや..僕はいい。」
そう言って僕は足早に教室を出た。
「え?ちょ、ちょっと..」
後ろで何か谷本が言っていたが僕の耳には全く入ってこなかった。
帰宅中に母の事と自分の成績など考えるが考えるほど気が重くなる。
「あー。なんかもう疲れたな..何もかも逃げ出したい気分だな..」
すると後ろから足音と無声が聞こえることに気づき後ろを振り返ると何と谷本が走っている追ってきていた。
「ねー!待ってよー。」
「た、谷本?」
一体何のつもりだろうかと考えていると僕に谷本が追いつき乱れた呼吸を整えている。
「..どうしたの?なんか用?」
「はあ、はあ。い、いや、なんか教室で顔見たら辛そうな表情してたから。」
「そ、それだけで追ってきたの?本当に辛いのかどうかもわからないのに?」
「う、うん。あたしそういうのなんかほっとけなくてさ。ごめんね?」
呆れた。あれだけ成績が良くて天才だったと思っていたけど実はアホなんじゃないのか?
「ごめん。もしかして何も無かったかな..?」
確かに辛い思いをしているのは事実だ。この際何でもいい。本人に全部ぶちまけてやろう。
「じゃあ、聞いてもいいかな?」
「うん。何でもいいよ。何?」
「何で谷本さんはそんなに上手く生きられるの?」
「..え?生きる?」
「僕はどれだけ勉強しても親に叱られるし、友達もいないし、それに比べて谷本さんは成績も良い天才だし友達も多くてクラスの中心だし。正直羨ましいよ。」
「..なんかよくわかんないけど何か悩んでるって事でいいの?」
「うん..急にこんなこと言って悪いけど。」
「うーん、一つ言いたいんだけどさ。天才っていうのはやめてほしいな。」
谷本の表情は少し怒っているようにも見えた。
「え?何で..?」
「別にあたしは天才じゃないんだよ。努力してるんだよ。」
「…」
「周りにはそう見えるかもしれないけどさ。天才って言われると自分がやってきた努力を否定された気がして..ちょっとね。」
「ご、ごめん。」
「でも君のほうがすごいと思うよ。」
「え?」
「あたしは知ってるよ。君が勉強頑張ってるの。一度も話をしたことはないけど休み時間にも勉強しててすごいなって思ってた。あたしじゃ絶対そこまで頑張れないもん。」
驚きだった。まさかあのクラスのアイドル的存在の谷本が僕のことを見てたなんて。
「でも無理してるんじゃないかとも思ってたんだよね。どれだけ頑張っても体壊したりしたら意味ないしね。」
確かにそうだ。事実僕の兄は無理をして体を壊しているのに同じことをしてしまっている自分がいた。
「そんなに勉強頑張る理由はわかんないけどさ。親のためじゃなくて自分のために無理ない範囲でしたほうがきっと今よりも頑張れると思うよ?」
「そ、そうかな..」
「そうだよ。あたしに何かできることがあったら協力するよ?いや、あたしだけじゃなくてクラスの人たちもきっと協力してくれるよ!」
「それは無理だよ。僕はみんなと話したことなんてほとんどないし。クラスの中心の谷本ならともかくさ。僕なんか相手にされないに決まってるよ。」
「それは君が見てないだけ。」
見てない..?
「あたしは別に中心でも何でもないよ。それにうちのクラスは優しい人ばっかりだよ?もっと勉強だけじゃなくてさ、いろいろなものを見ようとしてみなよ。きっと君の世界は変わると思うよ。」
谷本の言葉を聞いた時今までの自分がどれだけ周りを見ていなかったかが少しわかったような気がした。確かに僕はクラスメイトと話したこともないから性格や好みなども全く知らない。当たり前だ、知ろうとしていなかったから。
「転校してきた時不安だったけど頑張って話しかけたら皆すごく優しくて。だから安心したんだ。このクラスならきっと大丈夫だって。だから君もきっと大丈夫!」
話をしているうちに自分の悩みはすごく小さなことに思えてきた。そして気が楽になった気がした。
「ありがとう。谷本さん。話聞いてくれて。少し楽になった気がしたよ。単純だけど。」
「いいよお礼なんて。あたし何もしてないからさ。..あ!いけない。時間が..友達が待ってるんだ。もういくね?」
「ありがとう。僕も頑張って変わってみる事にするよ。」
「うん!頑張れ!じゃあね!」
その日帰宅すると母がいつも通りに叱ってきた。
「あんた!何でこんなに買えるのが遅いの!さっさと勉強しなさい!」
「悪いけどもう前みたいに頑張るのはやめるから。僕は兄ちゃんの代わりじゃないんだ。」
「..え?ちょ、ちょっとあんた!」
部屋に追いかけてきた母に話をした。勉強で母に叱られ続け居場所の無さを感じていたことを。これ以上無理したくないことを。
母は僕の考えを受け入れてくれた。そして今まで無理をさせていたことを謝罪してきた。初めて母と分かり合えた気がした。
翌日制服を着て学校に登校する。教室に登校するといつも通り谷本の周りには人が集まっていたが一瞬谷本と目が合うと手招きをし僕をよぶ。
「おはよう!」
「..おはよう。」
僕と谷本が話している状況に周りは驚いている。
「悩みは解決した?」
「うん。大丈夫だよ。おかげさまでね。」
「よかった。ねえ。今日も放課後みんなで遊ぶんだけど今度こそ来ない?」
「う、うん。もしよかったら僕もいってもいいかな?」
僕がそういうと周りが一気にざわつき始めた。
「あいつが来るなんて珍しいな。」
「仲良くなるいい機会かもな。いいぜ!」
意外な歓迎ムードに僕が驚いていると谷本が笑顔で近づいてきた。
「じゃあまた放課後に声かけるね。改めてよろしくね!翔君!」
初めてクラスメイトに名前を呼ばれ居場所ができた気がする。
色々悩むこともあるだろうけどこの居場所を守るために頑張ろうと思えた。
本当の居場所 夜野蒼 @neir122
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