第2話


 「ただいま」



 扉を開けようとした、その瞬間。突然、父さんと母さんが勢いよく飛び出してきた。

 ……いや、ちょっと表情が大げさすぎないか? もしかして、僕のことを心配していたのか?


 まぁ、考えてみれば当然かもしれない。僕は、この二人にとってたった一人の息子なんだから。


 「ノウヤル!!  何してたの!?  ちゃんと無事なの!?」


 「うんうん、 母さんの言う通りだ!  お前がよく行く場所は全部探したんだぞ!?  でもどこにもいないし、それに天気も最悪で……!!」


 「ごめん、父さん母さん。ちょっと魔法を手に入れる方法を探してて——」


 「あらあら? まぁ、なんて可愛いの! ねぇ、この子は誰? お友達? それとも親友? もしかして……」 


 その瞬間、母さんの目がステラに釘付けになった。そして、ステラの頬をむにむにとつまみ始めた。

 ステラはあからさまに困惑し、完全に身を委ねるしかない状態になっている。


 ……なるほどな。


 最初の予想はちょっと外れたかもしれない。

 実際には、僕のことをそこまで心配していたわけじゃないらしい。

 まぁ、別にいいけどさ。

 そもそも男がそんなに過保護にされる必要はない。


 「おいおい、まさかこれ、お前の彼女か?  ふむ……なるほどな、やるじゃないか」


 「……?」


 気がつくと、父さんがニヤニヤしながら僕に近づいてきた。

 そして、次の瞬間――


 「お前、女の口説き方が上手いんじゃないか? さすがは俺の息子だ……!  フフフ……誰の血を引いてると思う?」


 耳元でそう囁かれた瞬間、ゾワッと全身が震えた。

 ……なんだろう、この言いようのない恐怖感は。


 「とりあえず、中に入りましょう?  ゆっくり話せるし、ちょうどあなたの好きな料理も作ったところなの。でもその前に、お風呂に入りなさいね?  ちゃんとお湯を沸かしておいたわよ」

 

 「ああ、ありがとう」


 どうやら今回も、僕はお説教を回避できたらしい。それどころか、二人はすっかりステラに夢中になっている。

 まぁ彼女は一度気を失っていたし、手厚くもてなすのは当然かもしれないな。



  「よし、心配することは何もないな……」




    ◇◇




 実のところ、さっきみたいな出来事は、もう慣れたものだ。あの時はたまたまステラがいたせいで、二人の反応が極端に変わっただけの話。

 普段なら、僕が無断でふらふら出歩けば、長時間の説教タイムが待っているのがオチだ。


 ……まぁ今回も本当はそこまで大したことをしたわけじゃない。


 ただ、自分がどれだけ成長したか、確かめたかっただけだ。

 まず、今の僕が認められるのは――剣の腕前。それだけ。

 両親が仕事で手一杯になっている隙を見計らい、こっそりと、週に一度の訓練用に使われている木剣を手に取る。

 

 そして、父さんに教わった技を反復練習する。

 とはいえ、週に一回しか稽古をつけてもらえない上に、父さんの仕事の休みを待たなきゃいけないのが、正直面倒くさいんだよな。


 ちなみにその「仕事」というのは――そう、畑仕事だ。


 だから、僕はこっそり自主練するしかない。別に、最強を目指してるわけじゃない。

 ただの趣味だ。だけど、将来的には役に立つかもしれない。


 で、畑の話だけど――


 そもそも、父さんは農民じゃない。

 ただの暇つぶしの一環として、自宅の裏に畑を作っただけだ。


 まぁ、それでも食料の確保にはなるんだけど。実際、うちから町まで行くのはかなりの距離がある。

 だから、食料調達のために毎回町へ出るのは正直面倒くさい。


 結論として――わざわざ遠くまで行く必要がないってことだな。

 とはいえ、驚くべきことに、父さんは農業に関しても妙に優秀だった。


 最初はさすがに「絶対失敗するだろ……」って思ったんだけど、やたらと自信満々な態度で、適当に作業してるように見えたのに、気がついたら作物はしっかりと育っていた。

 やっぱり、元・世界の英雄の才能ってやつなのか?



 「おい、ノウヤル!お前、何をしているんだ?困惑してじっとしているだと!?そんなの、俺の息子がすることじゃないだろう!!」

 


 思いがけない方向から、風呂の扉が勢いよく開かれた。そこには――満面の笑みを浮かべた父さんが立っていた。

 ……なんでだよ。

 せっかく母さんが用意してくれた湯に、静かに浸かっていたのに。

 まぁ、どう考えても僕専用に準備されたはずだったんだけど……

 この風呂場自体が広めだから、確かに大人三人くらいなら余裕で入れる。


 木製とはいえ、しっかりとした造りだから、十分な強度もある。

 陶器製の浴槽みたいな豪華さはないけど、こういう方が風情があって落ち着くんだよな。


 「それにしても……あの娘、気になるなぁ。さっき母さんにいろいろ聞かれてたけど、何も話さなかったぞ。ただコクコク頷くだけでな。もしかして、お前、ああいう恥ずかしがり屋の子が好みなのか?」


 そんなことを言いながら、父さんは堂々と湯船に入ってきた。

 しかも、なんだその余裕たっぷりの顔は。

 正直、怖い。

 っていうか、ニヤニヤしすぎだろ……。


 「正直に言うと――」


 「――プハハハハ! ついに白状する気になったか、若者よ!」


 「……いや、そういう話じゃなくて」


 「うむうむ、聞こうじゃないか!」


 「ええと……実を言うと、僕はあの子のことを全然知らないんだよね。ただ、偶然見つけたってだけで……。最初は草原……いや、雪原って言った方が正しいか。とにかく、僕が魔法の理論を考えていたら、目の前に突然現れたんだよ」


 「……ふむふむ?」


 「で、そのまま倒れて、意識を失って……だから仕方なく、家まで運んできた。それで話は終わり」


 どんな状況であれ、親には正直に話すのが一番だ。

 だって僕は、まだまだ純粋な子供だからな。

 ……うん、純粋。

 間違ってない、はず。


 「なるほど、なるほど……つまり、二人のラブストーリーはここから始まるというわけだな?」


 「……いや、何をどう聞いたらそうなるんだ」


 「まぁいい! それで、名前は何て言うんだ?」


 「ええと……確か、ステラ・コルネリア?」


 「なんと素晴らしい! お前、本当に良い女を見つける才能があるな!!」


 そう言いながら、父さんは豪快に笑い、湯をバシャバシャとかけてきた。

 ……なるほど、戦争か。

 なら、やり返すしかないな。

 僕は迷わず、横にあった大きな石鹸を掴み、父さんの顔めがけて投げつけた。


 「うおおっ!? お前、それは危ないぞ!!」


 「………」


 こうして、僕たち親子の戦いは、今夜も静かに幕を開けるのだった――。


 勝ち負けなんてどうでもいい。正直に言えば、ただ反射的に動いただけだ。

 だが、この戦いにはひとつだけ得るものがあった。


 それは――父さんの俊敏な動きを観察できたことだ。

 安物の石鹸を回避するために繰り出された、驚異的なフットワーク。

 まさかこんな状況で、あの動きを見ることになるとは……。



 「……プハハハハ! かかってこい、若者よ!!」



 ……で、その父さんが、今どういう状態かというと。


 風呂の真ん中で仁王立ちし、全裸で勝ち誇った顔をしている。

 タオルはどうしたのかって?

 さっき浴槽の中に沈んだよ。

 これは……まさか、禁断の戦術を使うつもりか?


 「……えーっと、父さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」


 「何だ? まさか降参する気になったのか!? いや、それは許さんぞ!!」


 「いや、そうじゃなくて……後ろを見てみてよ」


 そう、ちょうど父さんの背後、風呂の入り口のあたりには――腕を組み、静かにこちらを見つめる母さんの姿があった。

 ……さっきからずっとな。 

 おそらく、僕たちの騒ぎがうるさくて、ついに堪忍袋の緒が切れたんだろう。

 まぁ、父さん……ドンマイ。

 

 「……グレイシア・ポイーさん!! 一体何をやっているのかしら!!?」


 「すまん! すまん!! 俺の愛しの妻よ、どうかお許しを!!」



 こうして、父さんは無事に母さんに怒られ、風呂場から追い出されたのだった。

 これはもう日常茶飯事だ。

 母さんが本気で怒った時の特徴は、いつも決まっている。


 普段なら「愛しのあなた~♡」と甘い声で呼ぶのに、怒ると名前を直呼びするのだ。

 ちなみに、今のはまだ軽い方だな。


 まだ、名前で呼んでくれてるし。

 「ふーむ、ふーむ……どうか長生きしてくださいねぇ」


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僕が異端って呼ばれるなら、この凡庸な魔法だらけの世界で、それは大した偉業だろうかな? @Zeroziroro

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