第三章 事象の地平から愛を込めて 4
その日のうちに、近場にあった平地へ調査拠点が築かれた。レグダンが責任者となって「ジュキナ養殖場」の調査を行う段取りになる。
状況的に、四足型、節足型、爬竜型、翼型、計四体のジュキナを閉じ込め、内部で繁殖を行わせていたと見られた。ジュキナは四足型以外は卵生で、人間の掌に乗るほどのサイズの卵を凄まじい数産む。交雑も可能なので、四足型ジュキナは雄個体だったのだろう。そうして誕生したスキナの数は一万匹以上いたと推定される。
どの過程で養殖場が破棄されたのかわからないが、ともかく、人間の管理の手を離れた別宇宙の生命体たちは密閉された場所で育った。保管された餌を貪り、それが尽きれば親の肉を喰らい、更にそれが尽きれば兄弟の肉を喰らう。知能のない彼らなら、そんな残虐な行為も呵責もなくやってのけただろう。
そのうち、なにかの拍子で扉の一部が破損、外への道が通じ、生き残ったスキナたちが外に漏れ出した──と、いうのがスキナ大量発生の顛末だという見立てだ。
「ったく、母なるアズヴァにそんなもんおっ建てやがって……潜伏派のクズどもめ」
隊員を集めた中央テントの中、机についたレグダンは心底げんなりした様子で言う。
「ま、そういうことだ。二、三日中にジュキナに詳しいのが来るらしいから、それと合流次第、あの世界の終わりをひっくり返す日々が始まる。それまでゆっくり身体を休ませとけ。それでルンターズ、お前はどうする?」
そう問われたのは、サスが接敵可能性のある前線への配属を希望して、この臨時部隊に組み込まれたからだ。養殖場の調査に人手は要るもののサスの能力は活きない。レグダンはサスの転属も検討してくれているのだった。
しかし、サスはもう心を決めている。
「任期はまだ残ってる。僕にも最後まで付き合わせて欲しい」
調査の中、どんなイレギュラーが待っているかわからない。実はワームホールが隠されていて、ジュキナが飛び出してくる可能性だってある。決して気は抜けない。
そういう状況下、一時的とはいえ兄や姉に匹敵する能力を発揮できる自分は、いるだけで隊員たちの心の負担を減らせるはず──サスはそう客観的に自分を評価し、残留を決めた。いたずらに戦果を急ぐより、そういう身の振り方を選んだのだ。
案の定、隊員一同にほっと安堵が広がった。その反応にサス自身も胸をなで下ろす。良かった。自分の立ち位置をきちんと見定められている……と、実感できたその時だった。
「ルンターズさん」
ひとりの隊員が駆け込んできた。通信担当者だ。
「今、ローズミルから緊急連絡が入って……コードネーム〈ガル〉が立ち上がった。至急、帰還を検討して欲しいと」
「なんだって……」
サスは目を瞠った。意味深な符号めいたその報告は、その実、文字通りの意味だった。
ガルが立った。自らの足で──。
『その時が来たら……僕はどこにいようと君を迎えに行く。必ず、絶対に』
自ら交わした約束が蘇ってくる。戻らないと。思わずサス自身も立ち上がり、それからはっと息を呑んだ。隊員たちの視線が集まっている。
サスはぐらり、と世界が揺らぐような感覚に襲われた。たった今、ここに残ると告げた直後に、この人たちを裏切るっていうのか。別件に動きがあったので安全圏に帰ります、なんて言うのか? まさか、そんなこと──でも、ガルが立ち上がったというのは大事件だ。彼女はサスに追いつくために、相当の努力をしたのだろう。それを裏切ることもできない。
ガルと仲間──その板挟みにあって、サスの足は動かなくなってしまった。硬直する彼を、隊員たちが息を潜めて見つめている。
ひとまず、この場をどうにかしなければ、とサスが口を開きかけた、その寸前。
「なんだ、俺たちのこと気にしてんのか?」
かけられたのはそんな言葉だった。隊員のひとりがサスに発したのだ。それを皮切りに、他の隊員たちも口々に声をあげる。
「マジかよ、お人好しすぎるだろ」「どう考えてもそっちの方が大事な用じゃねえかよ!」「なに迷ってんだ!」「俺たちのことなら心配すんな」「たかが調査で死人もけが人も出ないよ」「最後まで付き合うって聞けただけ良かったぜ」
そんな激励の言葉を浴びかけられ、呆然としてしまう。
「っていうか、ガルって、ルンターズがずっと心配してる女の子だろ?」
と、急にそんな台詞が飛び出て、サスはぎょっと飛び上がった。
「な、なんで知って……」
「ああ、前に酒の席で自分でぶちまけてた話だろ」「なんでもめちゃくちゃ愛が重すぎて自分で立てないとか」「なにぃ? 女かよ!」「うっそ! そっか、まあ、そうだよな……」「畜生、ならますます引き留めらんねえよ!」
ざわざわと声が広がっていく。サスは頭を抱えたくなった。いや、なに赤裸々に話してるんだ、あの夜の酔った僕は──その恥ずかしさに爆発しそうになる。
「静かにしろ!」
浮つき始めた空気にレグダムが一喝した。しん、と静かになる。彼は丸い背中を無理矢理伸ばしながら、サスを見据えて言った。
「で……どうすんだ? ルンターズ」
再び投げかけられる、シンプルな問い。その明快さに頭の中に散らかっていた雑念が消え、サスの心はひとつに決まった。高鳴る心臓の熱を感じながら、答えた。
「さっき居残ると伝えたばかりなのにすまないが……いったん、ローズミルに戻りたい」
「わかった。あのくっせぇ地獄を一緒に楽しめなくて残念だ。また暇ができたらよろしく頼むぜ。……っつうわけだから、今日は盛大に見送りでもすっか」
レグダムの呼びかけに、おおっ! と隊員たちが沸き立つ。
受け入れてもらえたことは嬉しかったが、この流れには既視感があった。
「えーっと、お手柔らかに──」
ゼルキドでアルコールへの耐性は強化されるのだろうか、と自分を取り囲む隊員たちの顔を見回しながら、サスは思うのだった。
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