第三章 事象の地平から愛を込めて 3
「どうりゃあああああああああ!」
サスのぶん回した破砕槌が最後のスキナをこの世から吹き飛ばした。
ローズミルを出発してから一ヶ月近くが経っていた。制圧地点はこれで十二カ所目。蹴散らしたスキナの数は千体以上にのぼる。ただ、これまではスキナの群れが蠢いているだけで、その原因を示すようななにか、例えばワームホールの残骸のようなものは見つからなかった。
しかし、今回は話が違う。
「へっ……ようやくらしいところに行き当たったな」
レグダンがサーベルの血糊を落としながら傍らに立ってきた。サスは槌を放り捨てながら、彼と同じ方向に視線を向ける。
「兵器工廠か……? 調査された痕跡は見当たらないな」
それは途方もなく巨大な箱状の建築物だった。森の木々の中へ押し込むような形でカモフラージュされており、遠くから見ると小山にか見えない。近寄らなければ気がつかないような置き方で、過去にこの一帯を制圧した時には見過ごされていたのだろう。
「ジュキナくらいでけえ大砲が何門も作れそうだぜ。ま……
レグダンは忌々しそうに言った。彼はなんでもかんでも、リライに繋げようとする癖がある。それだけ潜伏派に起因する差別で煮え湯を飲まされ、恨みを募らせているのだった。
「どうする。ゼルキドはもう少し持つが」
「オッケイ……じゃ、ちら見すっか」
別の隊員たちに周囲を見晴らせつつ、ふたりは謎の建築物に近づく。前面にはジュキナも入れそうなほど巨大な扉があつらえてあり、その一部が破損して穴が空いていた。中は真っ暗で様子は窺えない。
サーベルを構えつつ、ふたりは慎重に踏み込んでいく。その敷居をまたいだ瞬間、まず襲いかかってきたのは──猛烈な臭気だった。
「くっせぇえええ! なんだ、この、まるで……くそ、マジでなんだ! この匂いは!」
レグダンが咳き込みつつ叫ぶ。例えも出ないほどの、鼻の奥を抉るような悪臭だった。
「これは……腐肉か。それもえげつない量だ」
サスは呻く。ここは一昔前に破棄されたレターム潜伏派の拠点だ。悪い予感しかしない。
サスは顔の下半分を手で押さえながら周囲を見渡すと、巨大扉の傍らに開閉を制御するためのレバーがあった。錆び付いているが、ゼルキド中の馬鹿力ならなんとかなる。
「おらああっ!」
グワ、とレバーを引き下ろすといくつもの仕掛けが連鎖して作動し、巨大扉が外に向かった開き始める。そうして差し込んだ陽の光の照らした光景に、サスは息を忘れた。
いくつもの朽ちた巨大な骨格と、その周辺を覆い尽くす腐った血と肉の海。
世界が最後に行き着くような光景がそこには広がっていた。
オエエエ、と嗚咽を漏らしてから、レグダンはぐったりした声で言う。
「でけぇ骨はジュキナか。ざっと四体分。それとハエやらウジやらが無限にいるな」
「ジュキナが四体も……ワームホールを囲うためにこの箱を建てたのかな」
「それにしちゃ規模がでかすぎる。なんつうかむしろ……ジュキナを飼うために作られた箱に思えるぜ」
「確かに。ジュキナの養殖場……かな」
サスの言葉にレグダンはものすごい渋面を作ってみせる。
「ジュキナもスキナも食料源として優秀だ。ありえねえ話じゃねえぞ」
「それが稼動したまま破棄されて、増殖したスキナが集団で外に逃げ出した」
「最低最悪だな。ったく、見なかったフリしていいか……?」
「気持ちはわかるけどダメだって! 調査しないと」
似たような施設が各地に作られている可能性もある。この規模のスキナの大群がアズヴァ中に出現すれば大混乱は必至だ。
サスの言葉にレグダンはほぼ直角になるほど背中を縮ませた。
「ま、そりゃそうだよな……ゼルキド切れて大人しい感じになっても、言うことは言うんだな。しゃあねえ。拠点作って、本部に報告飛ばすぞ」
「了解」
サスは答えつつ、この分だと予定通りにローズミルへ戻ることはできなさそうだな、と思ったのだった。
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