第一章 壊れた世界で超重少女は何想う 5
「あ、お帰りなさい! どうでしたか?」
灯りなしで洞穴から帰還したサスを、あちこち土で汚した格好のレオナが迎えた。随分とやんちゃに周囲の環境調査をしたらしい。
「ああ、洞穴の奥へ行くほど歪みが強くなってた。とても安全とは言えねえ」
「あっ、ワイルド口調……サスさんがゼルキドを使うほど、ですか」
「うん。素の状態だったら、戻って来れなかったかも知れないね」
「あっ、元に戻っちゃった……って、それじゃあ、アタシ、中に入っちゃダメってことですか!」
「まあ、結論はそうなんだけど……少し君の意見を聞きたい。実は──」
サスは洞穴の中で見つけた少女について、レオナに伝えた。
「ふうん。ってことは、その子がワームホールから出てきて、この辺りの空間を歪ませている鉄球の正体ってことですか」
未知の発見にはしゃぐと思いきや、存外にレオナは冷静だった。両手で口元を覆って考え詰めている。その姿だけ見れば確かに学者なのだな、という納得感があった。
「でも、ワームホールから出てくるのはジュキナか幼体のスキナだけだよね。ヒトが出てくるなんて聞いたことがないし」
「確かにそうですが……これはなかなかの難問ですね。すいません、調べたいことがあるんで、ローズミルに戻ってもいいですか?」
「ええ? せっかく来たのに、良いの?」
「どの道、アタシはあの洞穴に入っちゃ駄目なんですよね。サスさんも一日一回のゼルキド使っちゃったんなら、もうこれ以上、ここでできることはありません。それならローズミルで資料にあたったり、検証する時間に当てたいんです」
至極まっとうな言いにサスは唸ってしまう。確かに、ここで日が暮れるまで傾いだ植物を観察するよりは、ずっと有効な時間の使い方だろう。
レオナの提案通り、ふたりは森を抜け、魔動車を駐めた場所まで引き返した。レオナはずっと考えごとをしていて、行きよりもよほど緊張感のある時間だった。
「あ、そういえばサスさん、時計って持ってますか?」
助手席側の扉を開きながら、レオナがそんなことを聞く。
「持ってるけど」
サスは運転席に座ると、腕に巻いていた時計をレオナに手渡す。
「ありがとうございます。ちなみに正確ですか?」
「まあ、魔装品だからズレはないよ」
「あー、時計も魔法で正確に合わせられるんだ……便利に使ってんなあ、魔法」
レオナはぶつぶつ言いながら懐から自分の懐中時計を出すと、カバーを開いてサスの時計と見比べる。
「……やっぱり、サスさんのものの方が二秒ほど遅いですね」
「細かっ……って、僕の遅れてるの? そんなはずはないんだけど」
「ところがどっこい、ってやつです。まあ、これでサスさんの証言が、早く帰りたいがためのでまかせじゃないっていうことがわかりました」
言うなあ、とサスは苦笑する。姉に割り当てられたこの任務に乗り気でないことが、どこかでバレていたのかも知れない。無邪気なようで抜け目のない子だ。
「どうして時計のズレから、僕の報告が正しいってわかる?」
返してもらった時計を腕に巻き直し、車をスタートさせながらサスは問う。
「えーっと、ここからは相対性理論というスーパーウルトラ激烈難解理論のお話になってくるので、『そうなんだ』って感じで聞いて欲しいんですけど」
「ああ……お手柔らかに頼むよ」
「あの洞穴の奥にいた女の子、ゼルキドで自己強化したサスさんでも、ビクともしなかったって言ったじゃないですか。つまり、そんくらい重かったと。実は、めっちゃくっちゃ重たいものの周りの空間って、時間の流れがゆっくりになるんですよ」
「時間の流れがゆっくりに……?」
全くピンとこない話だった、が、確かに時計がズレているというのなら、そんな不思議な話も受け入れるしかない。あの少女の周囲は実際、時間の流れが遅かったと──。
「同時に、それだけの質量を持っているのなら、すごい引力が発生するはずです」
「引力……強く引っ張られるように感じた、あの力のことかな」
「そうですね。『万有引力』と言って、全ての物質にはものを引っ張る性質があるんですけど、それは重ければ重いほど強くなります。アタシたちがこの星の上に立っているのも、星がめっちゃくっちゃ重い物質で、めっちゃくっちゃ強い引力を持ってるからですね。それを自転の遠心力とかひっくるめた上で、普段は『重力』って呼んでるんです」
サスは例の洞穴の周辺の植物が、まるであの少女へかしずくように傾いていた光景を思い出す。あれは引っ張られたのではなく──彼女に向かって「落ちて」いっていたということか?
「つまり、あの遺跡の少女は……」
「星に匹敵するか、それ以上の質量を持っている可能性があります。時計をお借りしたのは、そのことを確かめるためです」
レオナの言葉に、サスの口から声にならない笑いが漏れていまう。知らず知らずのうちに、星を動かそうとしていたらしい。それはビクともしないわけだ。
同時に、星ほどに重い少女、というにわかには受け入れがたい存在を、時計をふたつ比べただけであっさり裏付けてしまったレオナにも、サスは畏敬を覚える。
「……彼女は外に出たがっていた。僕としてはその願いを叶えてやりたい」
サスはあのか細い声を思い出しながら言った。今でも、少女の引力が身体を引いているような気がしてならなかった。
「うーん、どうでしょうね」
しかし、レオナの反応は渋い。
「今はわかりやすく星って例を出しましたけど、あんな短いスパンで有意な時間のズレがでるってことは、多分、その子、アタシたちのいる星よりも確実に重いと思いますよ」
「星よりも……? そこまで重いならこの星が沈んでしまうんじゃ」
「沈むどころか、その子が星の新しい核になっててもおかしくないレベルです。そんなスーパー大質量、動かすことがまず困難ですし、もし動いたら動いたで、この星を支えるいろんな均衡が崩れる可能性があります。具体的に言えば、一日の長さが変わったり、太陽が西から昇って東に沈むようになったり……みたいな」
「そんな……じゃあ、あの子は永遠にあの場所に……」
自ら立つこともできず、いつまでも同じ場所で虚空を見つめ続ける。
その運命を想像して──サスのハンドルを持つ手が震えた。
「まあ、普通に考えたらそうなるってだけなので、なんともですが」
一方、冷めた口調のレオナの言葉に、サスは引っかかりを覚える。
「なら、普通じゃない可能性があるってこと?」
「いやいや、女の子が星の重さを持ってるとか、最初っから普通じゃないですよ」
呆れられてしまったが、それはそうだ。前提が壊れているせいで見落としていた。
「時間の遅れに対して重力の規模も小さすぎますし、その子が生きているってことも信じられないですし、そんなものを乗っけて星が平常運転なのもおかしい。でも、現実にそうなってるってことは、全部の『おかしい』を支える秘密のカラクリがあるんですよ。それがわかれば、その子を連れ出す手段が見つかるかも知れません」
「本当に!」
にわかに差した希望に思わず顔を向けると、レオナは飛び上がった。
「わ、わ、危ない、前見て前!」
「彼女を連れ出すことができるんだね!」
「かも、ですよ、かも! ……ふう、なんもない草原の一本道だからって、よそ見はやめてくださいよ」
サスが前に向き直ると、レオナはそう言って胸をなで下ろす。もっともだと思い「ごめん、つい」と謝ると、突然、レオナは面倒くさそうな雰囲気を醸した。
「そんなにその女の子が可愛かったんですか?」
星スケールの巨大な話から、一気に俗的なフェーズへ落っこちてきた。そのあまりの温度差にサスは動揺してしまう。
「な、なんでそんなことを?」
「サスさんがそこまで必死に助けたいってことは、そういうことなのかなって」
「……まあ、綺麗だとは思ったよ。ただ、それよりも──」
自らの力で立てず、重さに囚われ嘆く少女の姿が、僕自身と重なったから──。
と、ナイーブな本音を口にしかけて、止めた。
「……人として、見捨てておけないってだけだよ」
そんな一般論を口にする。レオナは「ふーん」とつまんなそうに漏らした。
「じゃあ、昨日、アタシを助けてくれたのも、可愛いからってわけじゃないんだ」
思わず「は?」と言いかける。
「いや、それこそ当然のことでは」
そもそもそういう任務だったし、一刻を争う喫緊の場面、そんな下心で動くヤツは間違いなくろくでもない。サスの反応にレオナは足をパタつかせる。
「人は救って当然。そりゃそうか。あーあ、アタシはサスさんのこと、すっげーイケメンだ! って、ときめいてたのになあ……」
「そんな風に思ってたんだ……」
ロマンチストなのだろうか。やっぱり肝心なところは緊張感のない学者だな、とサスは肩を落としつつ、ふと、レオナとは気張らずに話せている自分に気がついた。
何故だろう、と少し考えてみてから、すぐに思い至る。
──そうか、この子は自分を〈ルンターズ〉として見ていないからだ。
この任務を手配した姉も意図しなかった取り合わせなのだろうが……ただの「サス」でいられたことに、不本意ながらも心安らいでいたようだった。
ならば、この程度の返しはしてもいいだろう、と告げる。
「まあ、今回の任務は君が相手で良かったとは思ってるよ」
「えっ……あ、そ、それは、どうもです……」
すると、急に静かになってしまった。横目で窺うと頬を赤くしている。
自分で振っておいて──レオナという少女のことを理解できる日が来るのだろうか、とサスはほんのりとした憂いを抱いたのだった。
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