第一章 壊れた世界で超重少女は何想う 6
その日の晩、サスはローズミル郊外の平原でひとり瞑目していた。
「強く、強く、強く、強く、強く、強く、強く……」
ひたすらに呟く。「ルンターズ」として在るために──。
サス・ルンターズには、六歳年上の兄ルシェと四歳年上の姉レメがいる。母がサスを宿した直後、父が事故で死んだために、きょうだいの絆は他の家族よりも緊密だったように思う。
兄と姉はふたりとも、その身体細胞に「シュワル因子」という特殊な因子を宿していた。これは星の核から放射されたエネルギーを受け取って、そのまま肉体に適したパワーに変換する魔法粒子の一種だった。
シュワル因子のもたらす恩恵により、兄と姉は抜群の運動センスを見せた。軽々と家の屋根に飛び乗り、平然と飛び降りてみせる。持久力、反射神経に恵まれ、戦闘スキルはピカイチ、どんな得物でも使いこなす。加えて、その力はありがたくも得たものとして決して驕らず、努力を怠らない人格者。ふたりは大いに期待され、結果を叩きだしていた。
一方、少し遅れて生まれたサスにはなんにもなかった。
父の死後に生まれたので家族の愛情は一身に受けた。ただ、自分が兄や姉の持つキラキラとしたなにかを持っていないと悟るうちに、少しずつ劣等感を抱き始める。
──追いつきたい……天才じゃない僕も、兄さんや姉さんと一緒にいたい。
ふたりのように強くなければ「ルンターズ」でいられないと思った。
そこでサス少年が生み出した特技が「ゼルキド」という魔法だった。
「強く、強く、強く、強く、強く、強く、強く……」
猛烈な自己暗示により、体内に擬似的なシュワル因子のようなもの──偽シュワル因子を大量に生成し、それが崩壊するまでの間は兄や姉に劣らない身体能力を得る。最初は微弱だった自己強化も、長年の愚直な鍛錬が実を結び、一時的にとはいえ兄と姉に引けを取らないほどのパワーを発揮するほどに至った。
凡才の自分が拓いたこの道は、幸いにも「ルンターズ」へと通じた。
長兄〈
ルンターズ三兄弟は最強のユニットとして名を馳せ、数多のワームホールや敵対勢力の制圧任務へ呼ばれるなど、八面六臂の活躍をしていた──。
「サス・ルンターズ」
名を呼ばれ、目を開く。この星の夜は明るい。遙か地平線、砕けた大地の隙間から星の核のエネルギーが、常に大気を淡く照らしているからだ。
その光を背に立つ男の影。サスはその男の名を口にする。
「ムデル、隊長。どうしてここに」
くすんだグレーの髪、側頭部を刈り上げた面長のすらっとした長身の男、ムデル・ヨーケスは兄の友人であり、とあるワームホール制圧作戦において、ルンターズを抱える隊の長を務めていた男だった。そのために「隊長」呼びがサスの中で染みついていた。
「今はこの土地を拠点に、レターム潜伏派の追跡調査を行っている」
ムデルはよく通る低い声で答える。
レターム潜伏派とは最も大規模な敵対勢力だった。「崩星」の際、足並みを揃えず大地を文字通り失ったレターム民の生き残りの中で、特に「レターム王国の消滅はハクヌス及び周辺国の陰謀だ」と主張し、存続連の領域に繰り返し攻撃を仕掛ける人々のことを言う。潜伏派の活動は近年勢いを増しており、ジュキナ討伐に並ぶほどの問題となっていた。
「……潜伏派がこの地域に」
「新たに過激な指導者を得て、ローズミル付近のノービットに潜んでいた連中が下りてきている」
星の上空を漂う陸地の残骸「ノービット」を全て集めて束ねると、蒸発した大地の二十%ほどの面積になるという。数万人いると言われる潜伏派は、存続連に逐われてこの祖国の断片へと逃げ込んだが、それが最近になって地上へと再び進出してきたらしい。
「それで、サス、お前は」
話題の矛先がサスに向かう。わかっていて訊いているな、とサスは察した。
「……鍛錬を」
「はっ、それなら俺が腕を見てやる。ルシェに代わってな」
そう言って、ムデルは木製のサーベルを放り投げた。兄の名を出されると抗えない。サスはそれを手に取ると、ムデルと向き合った。
「ゼルキドは使うな。お前自身の力で来い」
「うん、わかってるよ」
どのみち、今日はもう使えない。崩壊した偽シュワル因子の残骸が全て体内から消えるまで、何度施術しても効果は出ないのだ。
「いくぞ」
短いかけ声と共に手合わせが始まる。
ムデルは兄や姉と同じくシュワル因子を持つ存在だった。サーベルは数多扱える武器のうちのひとつでしかない。対人においても、対ジュキナ、スキナにおいても、オールラウンドに戦うことができる。
一方、サスはゼルキドによる自己強化から、質量展開式破砕槌を用いた短期決戦を仕掛ける、対ジュキナ特化型の戦闘スタイルをとっていた。サーベルはやむなく用いる非常手段であり、毎日握ってはいるものの実力は常人に毛の生えたくらいのもの。
力量差は歴然としていた。
ムデルは数回の打撃であっさりサスの手を抑えると、空いた腹に刺突を加える。
「ぐっ……」
視界のくらむような鈍痛を堪え、サスは怯まず攻撃を返す。全力の連撃。しかし、ムデルは難なくあしらいながら、冷淡な眼差しで語りかける。
「以前よりは大分やるようだ……が、所詮、ゼルキド頼りの虚仮威し」
直後、強烈な一撃を叩きつけてくる。手が痺れ、掌の中で柄が一瞬、浮いた。その隙を突くように二撃めが入り、武器が叩き落とされる。そうして、再びの腹部への突き。先と同じ箇所への的確な攻撃に、サスは耐えきれず、膝をついた。
「ぐっ、うう……」
「サス……お前に『ルンターズ』を負うのは無理だ」
ムデルは自分の得物を足下に放りながら言った。
「かつて栄華を誇ったルンターズ兄弟は、今やルシェが行方をくらまし、レメはお前のせいで手足を失い一線を引いた。残ったお前は……自己強化の一発技で、見境なく狂ったようにジュキナを狩るだけの存在に成り下がった。あいつらと一緒に戦ってきた俺からしてみれば、天才を気取って、死に急いでいるようにしか見えん」
痛みに喘ぐ中、事実を突きつけられて、肺腑が黒く凝ったような心地がする。
「嫌、なんだ……」
それでもサスは痛む腹を押さえながら、立ち上がる。
「兄さんにも、姉さんにも、置いていかれたくないんだ。だから、僕は……」
「うつけが!」
ムデルは吠えるとサスの頬を殴った。頭が爆発したような衝撃で身体がよろける。
「お前が表に出るほど、ルンターズの名が堕ちていく。俺にはそれが許せない。ルシェの代わりに、お前がワームホールに落ちれば良かったんだ!」
再び殴られ、サスは地面に倒れた。ムデルは蹴りと共に罵声を浴びせる。
「お前に俺の気持ちがわかるか! ルシェは俺を庇ってワームホールに落ちた。弟を頼む、と言い残して! レメだってお前を庇った怪我で戦えなくなった! そして、天才を犠牲に生き残ったお前は前線から干され、辺境で学者の護衛──クソめ! ルンターズの恥さらしが!」
その言葉の槍は容赦なくサスの心を穿った。そう、兄と姉は──サスを想いながら、表舞台から去って行ったのだ。どんな強者も常勝ではいられない。それが戦いの常。
サスは泣きながらうずくまり、嵐が過ぎるのをただひたすらに待った。
結局、ムデルの言う通り、自分はどこまでも凡人なのだ。ゼルキドによる小手先の強さで、一日に一回、スタンドプレイじみた動きでジュキナ討伐ができるだけ。
ムデルには──いや「ルンターズ」と共に戦い、強い憧憬を抱いていた人々にはそれが許せない。
こいつが、ルシェの代わりに──レメの代わりに──去ねば良かったのに。
その怒りはサスに何も求めはしない。英雄が去った後の、ぽっかり空いた痛みや悲しみを晴らすだけの激情でしかなかった。これほど理不尽で残忍な害意はない。
だから、サスは耐えるほかなかった。この過剰な重さに。ままならなさに。
そして、どこまでも強くなりたかった。兄と姉が残したこの才のない身で、たったひとつ、サスが自ら手に入れたゼルキドという力を武器に、いつか、このルンターズという重い名を背負って立ち、ムデルのような者にも認められるほどに──。
どれほどの間、うずくまっていたのだろうか。気がつくとムデルはいなくなっていた。
サスはのそりと身を起こすと、膝を曲げて座り込み、目を瞑る。
「強く、強く、強く、強く、強く、強く、強く……」
自己暗示はゼルキドの効果を深める。幼い頃からこうして少しずつ、自分の中の強いイメージを涵養して、偽の天才因子を植え付ける土壌にしてきた。
サスは心の底から強くなりたいと願った。星すら持ち上げられるほどに。
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