山頂の我が家~Paper Drive Odyssey~

palomino4th

山頂の我が家~Paper Drive Odyssey~

目を開ける前に、自分が布団に寝ているのに気がついた。

……布団で眠るのってもう何年ぶりだっけ?

毎度、車の運転席で目覚めるような朝ばかりだったのに。

そんなことを思い浮かべてから目を開けた。

天井が高い、古民家の天井だ。

半身を起こして周りを見た。

知らない家の中にいる。

どうしてこうなったのか記憶が飛んでいる。

……まあそれは毎度のことだけど、さて、ここはどこなのか。

畳敷きの和室には家具もほとんどない。

四方はふすま障子しょうじで囲われている、経年のすすこそあるけれど、手入れと掃除はしっかりされている家屋だ。

薄く灯りが漏れてくる隙間すきまを見、その向こうには生活の気配がした。

立とうとしたら平衡へいこう感覚がずれた。

倒れ込みそうになるのを腕で支えながらこらえた。

立ち上がると多分、頭がふらついて転んでしまうだろう。

大きくはないが音を立てたせいか、襖の方の気配が動き開かれた。

「起きたか。でもまだ本調子じゃないんだから寝てた方が良いだろ。たまに帰ってきたっていうのに疲れをすっかりめ込んできて、ずっと寝っぱなしだった」

まったく知らない老婆が僕に向かって声をかけてきた。

どうやら僕はこの家に帰ってきた、ということらしい。

まったく覚えがないのだけど、老婆がいうことにはそういうことなのだ。

そうなると僕はそう振る舞わなければならない。

……孫なのだろうか。

そういえば、相棒である車はどうしたんだろう。

いつもいつも変なところに僕を連れてくる車だった、今回も妙なところにきているわけだけど……。


「車は……車はどこですか」

老婆は怪訝けげんな顔をした。

「乗ってきた車かい、庭にとめてあるよ、そのまま」

そういうと、老婆は襖を閉じた。

どうも台所で調理しているようなのだ。

立ち上がれないのでつんいになりながら障子に近づいて引き開けると縁側になっており、木製の雨戸が閉じていた。

隙間から灯りが入っている。

思い切って雨戸を開けてみた。

もう日は上っている、明るい戸外だった。

しかし驚くのはこの光景だった。

家の周囲は古い田舎の民家独特の庭だったけど、その向こうはおそらく下にさがり見渡す限り緑の樹々が茂る山の頂きが続いていた。

詩的な言い回しならば「天空の集落」というところだ。

水道も電気も通じてはいる様子だけれど、市街地から遠く・高く離れているのは確かみたいだ。


台所をそっと覗くとやけに大きな寸胴ずんどうがコンロの上で火にかけられていてる。

その容量に見合うような食材が見当たらない。

申し訳程度の野菜がざく切りされているのがみえるのだけど……。

ふと台所のすすけた柱に張り紙がしてあるのが見えた。

『テッポウ厳禁げんきん

「へえ、日本国内で銃刀法違反は基本だと思うけれど、ここでわざわざ猟銃を禁止してるんですか」

「何いってるんだい、あんたは大相撲おおずもうの中継とか見たことないのか。相撲すもう興行で力士の通る通路なんかに張り紙してあるのを見たらわかるだろう。「り」の稽古で柱をいためつけないようにわざわざはってあるんだよ。」老婆は呆れたように言った。

「お相撲さんのお家なんですか」

「爺さんはもうとっくに亡くなっちゃったけれどね、昔、天下無双の力士だったのよ。それがね、源頼朝みなもとのよりとものところに因縁いんねんをつけに行ったら怪力無双の畠山重忠はたけやましげただなんかと対決することになっちゃって。それが強いのなんの。必死に倒そうとしたけれど、両肩をぎゅっとつかまれてね、こう、砕かれちゃったの」

源頼朝と会ってたんなら相当なご高齢なんだな、と頷きながらその力士の行末ゆくすえが気になった。

「ああ、爺さんはそれ以来力士は廃業しなくちゃならなくなったけれど、両腕の力はどうにか出せるんで、薬ダンスを担いで漢方薬を売りにあちこちを回っていたの。その時の薬ダンスがほら、そのまま残ってる」

言われた方を見ると、広間の壁際に薬箪笥たんすが置いてあるのが見えた。

漢方の薬師などが様々な薬を入れ、管理と処方をするために小さな引き出しがいくつも並び重なった箪笥だ。

最も、和箪笥ダンスなど衣装をいれるものと違う、人の背丈の半分の高さと成人男性の肩幅ぐらいの大きさである。

大の男の背中になら背負えそうな薬箪笥には、確かに両側面に紐をゆわえつけるような金具が取り付けられていた。

「もう薬売りもとっくに廃業してね、中身もあらかた空になってるけど、あかない引き出しの中には薬じゃない、何か得体の知れないモノが入ってるから、開けない方がいいよ」

老婆が台所に行ったところで僕は薬箪笥のどれも小さな引き出しを開けることにした。

……幾つかは開けるのに苦労するが、するりと開く引き出しには香辛料や調味料が入れてあった。


顔を洗ってると背後で老婆が声をかけてきた。

「これね。ここに置いてある壺。壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってね。耳にもよく塗って」

「あ、ありがとうございます」

「あとここの瓶に入ってるお酢……香水を髪にかけてもう一つの壺の塩を」

ははは、まるでどこかの西洋料理店やまねこけんだな、と僕は思った。

あの様々な香辛料を入れた薬箪笥ならどんな料理もできるだろう。

多分、ここに来るまでの道筋は記憶に無いが、毎度ながら愛車の思うままに運転してきていつも通り得体の知れない場所に紛れ込んでしまったというところだろう。


「ちょっとね、東京に忘れ物したんだ、車で帰らないと」うっすらと身の危険を感じてきたので、ここからの離脱を試みることにした。

「何言ってるんだい、ここも東京だよ」

「すぐに帰るから」

「いや、運転させるわけにはいかないよ、そんな体調で運転したら事故になるよ」

「そりゃまぁそうだけどね……」

「それにここはね、山の上の一軒家なんだ、ふもとから上に登るまでの一本道で車がすれ違う広さはないんだよ。降りてる最中に正面から車が来たらどっちかがバックで戻らなくちゃならない」

「大変ですね。でもちょっと車の様子を見るだけなんです」僕は言いながら土間に出ようとした。

「まったく聞き分けのないわっぱだな」

老婆の声音が変わると途端に顔つきも歪んだ。

小さく丸みを帯びていた眼が鋭くこちらを捉えて鼻先から口元が前にせり出して口の端が大きく開き歯茎から鋸の波歯のように牙が並んでいた。

僕の肩を掴む両手はもう老婆とはいえないほどの力がこもってそのまま組み敷かれそうな重さがかかってきた。

ああ、やっぱり準備されてた食材は僕だったんだな、と理解した。

こんなもの相手に人間がかなう筈もない、抵抗するだけ無駄か……。

老婆の背後、『テッポウ厳禁』の張り紙が見えた。

思えば鉄砲さえあれば歳古としふり鳥獣ちょうじゅう化身けしんとも渡り合えたかもしれない。

生憎あいにく僕の手には猟銃なんかない……。

ふと天下無双の力士・長居ながゐと怪力無双・畠山重忠の立ち合いの場面が頭に揺らめき上がった。

猟銃が手に無いならば!

突然、僕の頭上にトリの降臨があった。


一瞬、相手の力を受け流した後、唐突に片腕を引き相手の胸元に力を込めて「突っ張り」を放った。

不意を突かれた物の怪は後方に突き飛ばされ受け身も取れずに頭から土間の石に落ちた。

関取セキトリ」というトリが僕に降臨し、捨身すてみのテッポウが功を奏した。

巨大な「むじな」は頭を打って気絶しているので、出ていくならこのチャンスを逃せない。

僕はふらつきながら土間で靴を履いた。

そのまま行こうとしてしばらく考え、ついたままだったコンロの火を消した。


表に出た。

言ってた通り、車は庭に停められていた。

だけど、これはどのくらい動かしてなかったのか、土埃つちぼこりが積もって四方のガラスを埋めていた。

庭の端に水道を見つけ、バケツを持って蛇口から水を汲んで窓に水をいた。

完全には落ちてないが、少しは土埃が流せた。

僕はズボンのポケットからキーを出し、ドアを開け乗り込んだ。

うっすらと車内にもホコリが積もっている。

……ガソリンよりも、バッテリーは大丈夫なのか。

「久しぶりだね、出発しようぜ」

僕は車に声をかけた。

イグニッションをかけると初めは反応しなかったが、何回目でか点火し、エンジンが目覚めた。

……エンジンを止めず、このまま市街地まで出られれば。

山の上の家から、ゆっくりと道を降りていく。

下界へ降る道は車一台のぎりぎりで向かいから対向車が登ってきたらすれ違えないだろう。

でも、降りていかなきゃ。

「さぁ、相棒」

僕と愛車は先の見えない山の道をゆっくりと下降していく。

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