オーガニック食材しか食べない俺が、魔王を美味しく調理するまで

水煮ランド

オ肉編

第1話

 春の陽光が柔らかく降り注ぐ日曜の朝。風はまだ少し肌寒さを残していて、遠くの桜並木から舞い散る花びらが市場の入口にふわりと落ちてくる。


 昨日までの雨が嘘みたいに晴れ渡った空の下、俺、佐藤仁久さとうひとひさ、自称「自然派オーガニック健康オタク」の高校生は、意気揚々と地元のオーガニック市場に足を踏み入れた。


 手に持った再利用可能なエコバッグが空っぽなのも束の間、ここを出る頃には新鮮な食材でパンパンになる予定だ。


 スマホ片手に最新のスーパーフード情報をチェックしながら、新鮮な野菜などの無添加食材を物色するのが俺の日課。今日は特に、ネットで話題になってた「腸活に効く発酵野菜」を狙って朝イチで家を飛び出したってわけ。


 俺は一日の始まりから完璧な自然派ライフを極めるべく、鼻歌交じりで市場の賑わいを歩き始めた。


「うわっ、このトマト、完璧に赤いじゃん! しかも『完全無農薬』って書いてあるし、絶対買いだろ!」


 俺は目を輝かせてカゴに放り込む。ツヤツヤの表面が朝日を反射して、まるで宝石みたいに輝いている。


 手に取った瞬間、ほのかに甘い香りが漂ってきて、思わず「これ、サラダにしたら映えるな……いや、シンプルに塩かけてかじっても優勝だろ」と妄想が膨らむ。隣に並んでたルッコラもシャキッとしてて迷ったけど、トマトの誘惑には勝てなかった。


 カゴがちょっと重くなったけど、これぞ健康オタクの勲章だ。満足げにニヤつきながら、次の獲物を探して市場を進むと、視界の端に怪しげな影がチラついた。


 そこには、ちょっと汚れたエプロンをかけた髭のおっさんが、木製の簡易テーブルにドカッと腰かけて、タバコをくわえながら客を値踏みするように眺めていた。


 顔は日に焼けてゴツゴツしてて、目つきが妙に鋭い。こいつ本当に商売人か? と一瞬疑ったけど、テーブルに並んだ「オーガニック肉」のパックが妙に目を引く。


 パックに貼られたラベルには「自然の恵み100%」「大地の力で育った至高の味わい」とだけ書いてあって、なんか胡散臭いけど、肉の赤黒い色合いと筋っぽい見た目が逆に興味をそそられる。


 半信半疑で手に取ると、おっさんがタバコを指で弾いてニヤリと笑って言う。


「若いの、いい目してるねえ。それ、特別な肉だよ。一度食べたら忘れられねえ味だ」


 そう言って、おっさんはテーブル下から古びた木箱をガサゴソ取り出し、中から肉の切り身をもう一枚取り出して見せびらかす。


 ツヤツヤと脂が光っていて、洗っていない犬のような野性的な匂いが漂ってくる。俺がじっと肉を見つめてると、おっさんはさらに低い声で付け加えた。


「これな、ただの肉じゃねえ。食うと体が目覚めるぜ。まぁ、覚悟があるならな」


 その言葉に背筋がゾクッとした瞬間、おっさんはパックを指でトントンと叩きながら続ける。


「これはな、限られた国の深い森でしか手に入らなかったモンだ。今じゃ俺くらいしか扱ってねえ。食った奴はみんな、なんかこう……変わっちまうんだよ。身体の奥底からゴリゴリ力が湧いてくるってな」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。おっさんの目が一瞬ギラッと光った気がして、心臓がドクンと跳ねる。胡散臭さマックスだけど、逆にその怪しさが「食べたい」って欲を煽ってくる。


 それからすぐに、頭の中で「オーガニックだし、安全だろ」と自分を納得させる声が響いて、俺は財布から千円札を3枚差し出し、その謎肉をゲットしていた。


   ◇◇◇


 家に帰った俺は、キッチンのカウンターに市場での戦利品を広げた。トマトは相変わらず完璧な赤で目を引くけど、今はそれどころじゃない。問題はあの「オーガニック肉」だ。


 パックを手に持つと、ずっしりとした重みが妙にリアルで、プラスチックの容器越しに漂う微かな獣臭が鼻をつく。冷蔵庫に放り込むか迷ったけど、好奇心がうずいて仕方ない。


「とりあえず焼いてみるか。オーガニックなら味付けはシンプルに塩だけで十分だろ」


 フライパンを火にかけてオリーブオイルを垂らし、パックを開けた瞬間、部屋に広がったのは予想を超える野性的な香りだ。


 牛肉でも豚肉でもない、なんかこう……深い森の奥でうごめく何かを連想させる匂い。


 肉をフライパンに載せると、ジュウジュウという音と共に脂が弾けて、まるで生き物が最後の抵抗をしてるみたいに感じた。


「うわっ、なんだこの匂い!?スパイスも使ってないのに、フルーティでめっちゃ濃厚で……異国のジャングルに迷い込んだみたいだ!」


 焼き上がった肉を皿に移し、恐る恐るフォークで一口分切り取る。見た目は赤黒くて筋っぽいけど、火が通った部分は意外とジューシー。口に入れた瞬間、味覚が爆発した。


「う、うまい!! 牛肉とも豚肉とも違う、深くて濃厚な……まるで命そのものを噛み締めてる感覚!」


 一気に食欲が暴走して、俺は夢中で平らげた。皿に残った脂までパンで拭って完食。満腹感と一緒に、体が熱くなってくるのを感じたけど、「まぁ、超自然的な栄養が効いてるんだろ」と軽く流した。


   ◇◇◇


 その夜、夕食に満足した俺はベッドで横臥していた。窓の外では春風がカーテンを揺らし、遠くで犬が吠える音が聞こえる。平和な夜のはずだった。でも、眠りに落ちた瞬間、頭の中にドスンッと重い何かが響いた。


「ングオオオゥ……オレの肉を食ったな、ガキ……!」


 目が覚めた瞬間、全身が汗でびっしょり。心臓がバクバクして、喉がカラカラだ。


「は!? 何!? 今の声、なんだったんだ!?」


 慌てて枕元のスマホを手に取るけど、時刻は深夜2時。夢にしてはリアルすぎる。胸に手を当てると、さっき感じた熱がまだ残ってる気がする。


「まさか……あの肉?」


 急に嫌な予感がして、俺はキッチンに飛び込み、ゴミ箱を漁った。パックを引っ張り出すと、ラベルの隅に小さく書いてある文字が目に飛び込んできた。


「オーガ肉(Ogre Meat) - 未知の滋養をあなたに」


「……オーガニック(Organic)じゃなくて、オーガ(Ogre)肉ぅ!? 俺、魔物の肉食っちゃったのぉ!?」


 頭がクラクラして、その場にへたり込んだ。髭のおっさんの「体が目覚めるぜ」って言葉がリピート再生される。あのニヤけた顔が脳裏に浮かんで、背筋がゾクゾクした。


「やばい、これ、どうなるんだよ……」


 すると、腹の奥から低く唸るような感覚が湧き上がってきた。胃が締め付けられるみたいにキリキリして、腕に力が入る。


 試しに近くの椅子を持ち上げてみたら、いつもなら重くてぐらつくはずなのに、片手でスッと上がった。


「うそだろ……力が強くなってる!?」


 鏡を見ると、目が妙にギラついてて、いつもより顔が精悍に見える。いや、錯覚じゃない。明らかに何か変わってる。


「オーガ肉って、マジで魔物の力が入ってるのかよ……!」


 恐怖と興奮が混じった気持ちで、俺はその夜、まともに眠れなかった。窓の外で風が強くなり、まるで何かが俺を呼んでるように感じた。

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オーガニック食材しか食べない俺が、魔王を美味しく調理するまで 水煮ランド @nikudake_kuu

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