第1話(4) 宣告

病室に充満する消毒液の匂いが鼻をついた。

ぼんやりと目を覚ますと、天井のライトが刺すように眩しい。

しばらくは状況が理解できなかった。


「……優斗!!」


沙希が泣きながら彼の手を握っていた。

その目は赤く腫れ上がり、泣きすぎて声すら掠れている。


「よかった……目が覚めた……!」


優斗は彼女の手を握り返そうとした。

だが――握れなかった。


「あれ……?手……」


視線を指先に向けるが、力が入らない。

腕も足も、まるでそこに存在していないかのように感覚がなかった。


その瞬間、医師が淡々と告げた。


「頚髄損傷です。残念ですが……回復の見込みはありません」


「…………え?」


最初は何を言われたのか理解できなかった。

彼は、医師の言葉を反芻するように繰り返した。


「……治らないって……まさか……?」


医師は静かに、しかし冷徹に告げた。


「二度と歩けない、ということです」


一瞬で血の気が引いた。

指先から、足の先まで氷のように冷たくなっていく。


「嘘だ……嘘だろ……?」

「歩けない?俺が?いや……だって、昨日まで……!」


涙が勝手にあふれてくる。

沙希が必死に彼の手を握る。

震える声で「大丈夫だよ、大丈夫だから……」と何度も繰り返す。


だが、彼はその手を振り払った。


「触るな……!!!」


思わず叫ぶと、ベッドの横で泣いていた凛が怯えて泣き出した。

大粒の涙を流しながら、「パパぁ……」と震える声で彼を呼ぶ。

だが、優斗にはその声すらも遠くに聞こえた。


「終わった……俺は……終わったんだ……」


――幸せだった人生は、一瞬で終わった。

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Re:Start~君がいるから死ねない @Ihaveaweakbody

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