VR70億アイドル惑星 ~The planet of Seven billion idols~

藤村灯

VR70億アイドル惑星 ~The planet of Seven billion idols~

 ながい眠りから目覚た私は、少女の身体になっていた。


 中性的なショートの黒髪。細い腕。小振りだが、しっかり胸は膨らんでいる。


 混乱しつつ、時おり胸の感触を確認しながら部屋を見回していた私は、すぐに仮想空間かそうくうかんの中であることに気が付いた。


 小奇麗こぎれいな病室のように見えるが、情報量が少なすぎる。

 わずかなほこりも見当たらないし、病室に付き物の消毒液の匂いもない。


「身体の方はまだコールドスリープ中で、意識だけ起こされたのか?」


 悪戯いたずら好きのアルバートのやりそうなことだ。

 あわてる私を、モニタ越しに眺めているに違いない。


「どこだアル、見ているんだろう?」


 姿を見せないアルに呼び掛けながら、ドアを開け外へ出る。

 病院のようにも、ホテルのようにも見える簡素な廊下には、同じ造りのドアが並んでいる。


 その一つが開き、十代半ばほどの少女が姿を見せた。


 長すぎる前髪で目元が隠れ、気弱きよわな印象を与える。

 おそらくNPCだろう。どこか見覚えがあるデザインに思う。


「私はカヲル。西園寺さいおんじカヲルだ。君は?」

「わたしは……涼代すずしろ……さや」


 ささやくように応えるさや。

 どこからか、軽快な音楽が聞こえ始めた。


「コンサート……行かなきゃ」


 さやの後を追い建物を出ると、外には21世紀初頭のレトロな街並みが広がっていた。

 薄暗い通りを、人の群れが音源へ向かい無言で歩いている。


 まだ10歳にも満たない幼女や、20代半ばの成人女性が含まれるが、過半かはんめるのはティーンの女性。私にはすぐ彼女たちがアイドルなのだと認識できた。


 何故ならその誰もが、私が偏愛へんあい没頭ぼっとうしたゲームのキャラクター達なのだから。


「みんなー!! 今日も来てくれてありがとー!! それじゃあ一曲目、始めるよーッ!!」


 街の中央にある広場に、巨大な立体ステージが展開している。

 その上で手を振るのは、鮮やかな桜色さくらいろの髪の少女。


 はじける笑顔は、幼なじみに覚えるのと同種の親しみを抱かせるが、同時に圧倒的なカリスマ性も伝わってくる。


 左右に並ぶのは、あおの長髪をなびかせるクールな印象の少女と、金髪をツインテールにした生意気そうな少女。

 ふたりに順に視線を合わせ頷くと、桜色さくらいろの少女は高らかに歌声を響かせ始めた。


「……ディアレスツ。この世界唯一の……アイドルグループ……」

「唯一?」


 いぶかし気な顔を向ける私に構わず、さやは瞳に奇妙な熱を浮かべ、手を振り上げ曲に合わせリズムを取りはじめる。

 の落ちた観客席で振るうのは、ピンクのケミカルライト。


 ピンク。ブルー。イエロー。


 見ると、周りの少女達も熱病におかされたように、一様に同じ仕草を繰り返している。


 誰もがそれぞれに魅力的な顔立ちで、華やかな衣装に身を包んでいるにも関わらず、その印象は病的びょうてきで、どこかくすんで見える。


 ここにいる観客は誰もがアイドルのはずなのに、スポットライトに照らされ輝いているのは、ステージに立つ3人だけだった。


『彼女たちが全ての光を集めてしまったからね。他の子たちはそれをあおぎ見るしかないさ』


 聞き覚えのある声に目を落とすと、博物館でも現物げんぶつを見た事がない、1998年製のiMacに猫耳を付けたようなロボットが転がっている――アイドル達に蹴り倒されたのか?


「アル、君か? 説明しろ、これは一体どういう状況なんだ?」

『久し振りだねカヲル。いい眺めなんだが、落ち着かないから少し起こしてくれないか?』


 スカートをおさえ蹴り飛ばすと、三回転の後ロボットは起き上がった。

 短い脚でのこのこ歩くロボットに連れられた先は、コールドスリープ前の私が何度も足を運んだ、アルバートの研究所そのままの建物だった。


「変わらないな。仮想空間かそうくうかん内でなら、城や王宮にでも出来るだろうに」

『環境が変わると効率が落ちるからね。それに仮想空間ヴァーチャルだからこそ、広さや見かけにこだわる意味もない』


 ロボットに促されアルの私室のドアを開けると、定位置のデスク前の椅子いすには、一人の少女が座っていた。

 ぼさぼさの灰髪に、睡眠不足らしい眠たげな目。腕をまくった白衣の下は水着という奇抜きばつなファッション。


「アル、この子は?」

「ああ、こっちが僕のアバターだ」


 NPCだと思っていたが、問いに答えたのは目の前の少女の方だった。


「アバターがあるなら、ロボットを寄越よこす必要ないだろ!」

「このキャラはそういう設定だったと記憶しているが?」


 ました顔でうそぶくアルバート。

 

「君もその身体、気に入ってもらえたようだが?」

「やっぱり最初からモニターしてたのか!?」


 黒髪ショートに微乳びにゅう。鏡で確認した中性的な身体は、確かにストライクではあったのだが。


「君のピーキー過ぎる好みもそのままだな」

「真に萌えるキャラは紳士しんしが生み出すものだ。隠すことでも、恥ずべきことでもないさ」


 皮肉は通じなかったが、同好の士との軽口は私に人心地ひとごこちつかせる効果はあった。


 アルのれてくれた泥水のようなコーヒーを――仮想空間なのに、再現する必要があるのか?――飲みながら、状況説明を受ける。現在西暦で2200年。私が眠りにいてから、およそ150年が経過したらしい。


「僕も意識と記憶をアーカイブし、仮想空間で無聊ぶりょうを慰めつつ、観測を続けているというわけさ」


 未曽有みぞうのカタストロフの後、人の住むにてきさなくなった地球。

 人類の大半は、国連主導の外宇宙移住計画により地球を離れた。

 不治ふじの病におかされ、新たな惑星への希望を持てずにいた私は、人類史上最大の知能を持つアルバート・ウォズニアックの計画に、西園寺財閥さいおんじざいばつの全てをけたのだ。


「地球に残ったカルト教団も存在したが、現在活動している者は皆無だね。地上では、まだ細菌や原始的な植物、原生動物げんせいどうぶつの活動しか観測できない」

「国連の移住計画は、上手く運んだのだろうか」

「そこまで観測するリソースは無いからね。一段落したらコンタクトを試みるか」


 そっけなく応えるアルバート。

 だが、ここで感傷かんしょうひたるような感性の持ち主なら、身体を捨て単身で環境復元を続けることは出来なかっただろう。


「事実上、この星の人類は一度絶滅したということか」


 彼の分まで感傷かんしょうひたる私に、アルは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべ、二本の指を立ててみせた。


「さて。ここで良い知らせと悪い知らせがある」

「良い方から聞こうか」

「君の治療ちりょう目途めどが立った。だが地球環境の復元には、まだまだ時間が掛かる。僕と同じく仮想空間で過ごすのがおすすめだ」

「分かった。それでは悪い方を」

「悪い知らせは、今さっき君が見てきた光景だよ」


 アルの計画に乗ったもう一つの、そして最大の理由。

 私の財力と、アルの知力の総てをつぎ込み産み出した、量子コンピューターI・DOLL。

 地球環境の復元を担う、その環境シミュレーターの一部を使い、アルは古今東西のアイドルゲームのデータを蒐集しゅうしゅうし、住人として活動する仮想世界を創造したのだ。


「僕としては、来たるべき人類再生の予行練習のつもりだったがね」

「その結果があのディストピアめいた光景か?」

「ファンの存在を失念しつねんしていたのが致命的だったね。I・DOLLの演算えんざんでアイドルの意味と価値が収斂しゅうれんされ、気付いた時には動かしがたい格差が確定していた」


 アルは残る一本の指を振り、しぶい表情を作る。


「幼なじみヒロイン・真藤しんどうありさ。クールに見えてポンコツの月ヶ丘つきがおかレイ。ツンデレ妹のテンプレート、霧島きりしま・クロ―デット・トレヴァ―。ありがちで、どこかで見たようなキャラクター。彼女たちディアレスツはだからこそ強い」

「最も平均的なユニットに最も価値がある。I・DOLLはそう判断したということか?」

「整った顔の定義は特徴とくちょうの無さとイコールだからね。もっとも実際の人間の感覚としては、少し特徴的とくちょうてきなパーツがあったほうが好ましいそうだけど」


 自らのくまのできた眠たげな目を指し示すアル。


「僕のたれ目や君のささやかな胸は、I・DOLLにとって正すべきかたより、マイナス因子としか判断されないってわけだ」


 アルには目元以外にも、ねられるに足る明確な理由があるようにも思うが。

 特徴的な髪形や、かたよった性格はアイドルに相応しくないのか?


 涼代すずしろさや。


 彼女は、私がコールドスリープする直前、リリースされたゲームのキャラクターの一人だ。


 さやの歌声。さやの仕草。彼女とつむぐストーリーへのおもいが、眠りにく前、私が脳裏に描いたものだ。


「シミュレートを開始して、わずか12時間で現在の状況にはまってしまった。すでに意識と記憶をアーカイブに移した僕では、介入すると自家撞着じかどうちゃくおちいってしまう。君に頼みたいことは、もう分かるよね?」

「そうだなアル。久し振りに、ゲームを楽しもうか」


 涼代すずしろさやは、私にとって決して無価値な観客モブなどではない。


 私とアルバートは、広場に戻りさやを探した。


 ステージの周りには既にアイドル達の人だかりができ、始まったディアレスツの曲に合わせケミカルライトを振っている。参加すべく腕を上げようとするさやの手を取り、私は首を振った。


「さあ、N・W・Dニュー・ワールド・ドミナンスのライブの始まりだー!」


 アルの合図で、広場に新しいステージが組み上げられて行く。その上に立つ私たち3人の視線は、ディアレスツのそれと同じ高さになった。


「歌って、さや」


 センターに立つさやは戸惑とまどっていたが、アイドルとしての本能で、設定された持ち歌を歌い出す。周囲のアイドル達は新たなステージの出現に混乱していたが、依然いぜん大多数はディアレスツの楽曲に集中している。


「まずは1000万!」


 さけびながら振るう私の腕に合わせて、私たちの衣装が変化する。

 普段着ふだんぎからアイドルらしい衣装にかわり、さやの歌声もびやかなものになる。


「似合ってるじゃないか、カオル」

「うるさい。お前もちゃんと声を合わせろ!」


 変化したおそろいの衣装に気恥きはずかしさを覚えながらも、私はさやの歌に声を合わせる。


 私自身は歌はたしなまないが、このアバターの基本性能でなんとか形になっている。


 こちらのステージに近いアイドル達は、ディアレスツではなく、明らかにN・W・Dニュー・ワールド・ドミナンスの楽曲に反応している。


「20億!!」


 間奏かんそうのタイミングで、さらに華麗に変化したN・W・Dニュー・ワールド・ドミナンスの衣装に、対面のステージに立つクローデットが反応し声を上げる。


「なんで? なんで楽曲中に衣装チェンジしてるの!?」

「これが課金かきんの力だよ」

課金かきん?」

「ライブ中よ、クロ、集中なさい!」


 レイの声で我を取り戻し、歌に戻るクローデット。

 だが、浮足立うきあしだった気配は会場に広がり、振り上げられるライトのリズムも乱れている。


「それでは7000億だ!!!」


 さやの振りに合わせて乱れ飛ぶ流れ星。

 前髪からのぞく瞳も同じ輝きを放っている。


 流れ星のエフェクトを受けた観客の衣装も、次々ときらびやかなものに変わってゆく。


「アイヤー! 何ごとアル!?」

「見て! あたしの服も!」


「そう! 君たちも輝ける星だということだ!!」


 久し振りの課金かきんあふれるアドレナリンをおさえきれず、両手を広げ感極まって天をあおぐ私に、アルは苦笑を浮かべている。


「ディアレスツがゲーム内でのポイントを総取りして、膠着こうちゃくした状態だったからね。一人でもプレイヤーが参加すれば、その均衡きんこうは容易に崩れる寸法すんぽうだね」

「ましてや地球最後の大富豪だいふごうの資産なら!!」


 相対的そうたいてきにディアレスツの人気度が落ち、自発的にN・W・Dニュー・ワールド・ドミナンスのライブに乗り換える者達が出始めた。 それでもディアレスツの3人は、彼女達出典のゲームではそろって高い能力値を持つ。


 財力ざいりょくで同じSSR相当にまで押し上げたさやの能力値でも、わずかに競り負けてしまう。


「さらに追加!! 1兆5000万!!!」

「え? あ……きゃああ!?」


 アイドルとしての本懐ほんかいを取り戻し歌い続けていたさやの衣装が、誰もが課金したくなるような、露出度ろしゅつどの高い下着めいた物に変わる。


 そのレアレティはSSRをしのぐMR。

 耳まで赤くなり涙目なみだめになったさやが、それでも最後まで歌い終えた時、会場のおよそ7割がN・W・Dニュー・ワールド・ドミナンスのステージを囲み、拍手を投げ掛けていた。


「びっくりした! 正直しょうじきわたしたちに勝てるユニットがいるなんて、思わなかったよ!」


 変形し、二つのステージの間に渡された通路を駆け寄ったありさが、そのままの勢いでさやに抱き着いた。


「あり……がとう」


 おずおずと、さやもありさの背に手を回す。


きそうことのとうとさを思い出させて貰ったわった! 感謝します」

「つ、次は負けないんだから!!」


 つまづき良い台詞セリフを言いそびれたレイと、悔し涙を浮かべるクローデットにむかえられ、ありさは自分達のステージへ戻って行った。


「勝ったな(金の力で)」

「ああ、勝ったね(開発者権限で)」


 不健康そうな顔はそのまま、見てくれは随分ずいぶん可愛らしくなったアルバートと拳を合わせ、私は勝利の余韻よいんめた。


「だが本当にこんな大人げない、ふたもない方法しかなかったのか?」


 敗れてもなお、気高く前向きなディアレスツの姿を目にし、私の心にじわりと罪悪感がいた。


「I・DOLLに納得して貰うにはね。クライアントからの指示と資金提供しきんていきょうがあれば、コードを書き換えるに充分な理由だ」


 人類が存在しない以上、残された私の資産も数字の羅列でしかない。停滞ていたいした仮想世界を変革へんかくできたなら――いや、環境再生シミュレーターのアップデートに協力できたのなら、決して無駄な散財さんざいではない。


 追加投資で、私はアイドルの100000倍のNPCファンの追加をアルに発注した。今回のライブバトルを切欠きっかけに、ポイントの流通が始まるはずだと彼は言う。


「アイドルの中には、作詞作曲や衣装作成が特技の子も多いからね。すぐに新曲を見ることができるよ。新たな価値を生み出さなきゃ、市場は大きくならないからね」

「いっそ今回の演算結果えんざんけっかを、環境シミュレーターに反映はんえいするのも面白いかもな」


 久々ひさびさのゲームに高揚こうようした私の軽口かるくちに、アルは笑みを浮かべたまま沈黙していたが、おもむろに仮想キーボードを展開し、猛烈もうれつな速度で演算えんざんを始めた。


「おいアル、冗談だろ? 女性ばかりでは復元計画が立ち行かないだろ?」

「発生における人間の基本形は女だよ。それに、クローン技術が確立された今では、単性生殖たんせいせいしょくでも何の問題もない」

「問題ないワケないだろ!?」


 アルはキーを打つ手を止めることなく、ファウスト博士をそそのか悪魔メフィストフェレスの笑みを浮かべ私に語り掛ける。


「考えてみなよ、カオル。地球を離れた移民船の末裔まつえいが帰って来た時、地球があるはずの座標ざひょうにアイドルの惑星ほしを見付けるさまを。きっと驚くぞ!」

「……」


 少しだけ、本気で面白いと思ってしまった。

 人類の再生が始まるその日まで、アルの悪だくみに乗らずにいられるだろうか。

 アイドルオタクである私には、正直その自信も理由もない。


                  The planet of Seven billion idols. end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VR70億アイドル惑星 ~The planet of Seven billion idols~ 藤村灯 @fujimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ