術師 山田暁の平凡で美しい日常
水丸斗斗
【KAC20255】術師 山田暁の平凡で美しい日常
「
入ってきたのは僕のお世話係の
「ねえ青蘭、次の体育の授業がね、ダンスなんだ」
「ダンスですか。それは困りました」
「でしょ?」
僕と青蘭は一緒に困り顔になった。
「おサボりになってはいかがですか?」
「それも考えたんだけど、あの先生熱血だから、さぼったら一人で追試になると思うんだ。そっちの方が危なくない?」
「仰るとおりです」
青蘭は僕のパジャマを脱がせ、暖かいタオルで体を拭いてくれた。
「今日も暁さまの肌の色艶は、最高に美しいです」
あれ、ダンスの授業はどこへ行ったの?
そんな僕の心のつぶやきが聞こえたかのように小さく咳払いをすると、
「私めが学校に忍び込んで、その大貫とやらを軽く絞めて参りましょう」
「乱暴は駄目だよ」
「しかしダンスの授業で、
僕はそうそうって頷いた。
僕は呪術師だった。なんでダンスで困るかというと、僕んちの流派の呪術が、腕の位置や角度で術を発動するからだった。
最近あった僕のうっかりミスは、女性を異世界に飛ばしちゃったことだ。
細い道を歩いているとき、向かい側から乗用車が走ってきた。そのライトが眩しすぎて、僕は思わず顔の前に腕を出した。その腕の形で、術が発動してしまったのだ。
巻き込まれたのは乗っていた女の人で、彼女は異世界に飛ばされてしまった。
もちろん一族総動員で彼女の行方を必死に探した。
ようやく見つけた彼女は、異世界で聖女として活躍していた。
そんなことあるの?って感じだけど、彼女はもう戻る気はないって晴れやかな笑顔で言った。
ついでに「ごめんなさいね」とも言われた。何かと思ったら、
「私、あなたが可愛くて見とれてたの。そしたらブレーキを踏み遅れちゃって。あなたが死ななくて、本当に良かったわ」
もちろんそんな風に言われたのが嬉しくて、大丈夫ですよーって明るく答えた。
とはいえ彼女を異世界に飛ばした詫びは入れなきゃいけない。
僕はいつでも戻れるように、帰り道の通路の開き方と、簡単な癒しの術式を教えてあげた。彼女は才能があったので、あっという間にマスターしてくれた。
そうそう、ダンスの授業の話しだった。
僕の呪術は手足の動きの組み合わせで発動するので、ダンスの動きが呪術の型にはまってしまうと、かなり危ないことになるのだ。
青蘭にダンスをしなくても済むよう、温厚な方法を考えてよって言ったら、
「
「そうなの?」
「暁さまは一族の宝ですから」
青蘭はとっても僕に甘い。
でも、その手は使えるかもしれないと思ったので、うるっとした目でダンスの大貫先生に言ってみた。
「僕、行進で右手と右足が一緒に出ちゃうタイプなんです。だから僕が踊るといつもみんな笑うんです」
「大丈夫だよ、できる範囲で良いからね」
先生は優しく言ってくれた。けどさ、慰めついでに肩は抱きしめなくていいからね。びっくりして発動しちゃうかもよ。
とはいえ授業は授業。僕は真面目な生徒だから、出来る限りのことはするつもりだった。
振り付けだけでも先に覚えて、微妙にタイミングをずらしたり角度をずらして発動しないようにしていたのだけど、やっぱりもの凄く間抜けに見えるらしくて、女の子たちにクスクスって笑われてしまった。
男子に笑われるより、女子に笑われる方が凹んじゃうね。
僕が落ち込んでるように見えたのか、バレエダンサーの優里亜ちゃんがそっと側に来て教えてくれた。
「暁くん、もうちょっとこの手を伸ばせばかっこよく見えるよ」
「ありがとう。でもね、どうしてもこうなっちゃうんだ」
僕がくすっと笑うと、優里亜ちゃんも笑ってくれた。
せっかく教えてくれたのに、ごめんね。ここで腕を伸ばしたら術が発動して、側にいる人が僕に夢中になっちゃうんだ。
優里亜ちゃんのローザンヌで優勝するって夢の邪魔はしたくないから、腕は伸ばさないでおくね。
授業が終わってから、大貫先生は「頑張ったね」ってほめてくれた。
そして先生は「俺も頑張ってるんだ」と呟いた。
先生はダンスチーム「天下無双」を、世界一にしたいそうだ。スポンサーの問題とか、メンバー集めとか、いろいろ問題はあるみたいだけど、いいパフォーマンスを続ければ、結果は後からついてくると信じて頑張ってるらしい。
「お前らみたいな可愛い生徒と過ごす時間も、充実感でいっぱいだけどな」
先生らしい言葉で締めくくる所も、熱血教師のイメージ通りだった。
それから先生は後ろから抱きしめるように両腕を腕を添えて、かっこよく見える位置を教えてくれた。うん、かっこいいかもしれない。
でも先生ごめんね、その形、術にはまった気がする。
不可抗力だけど、ちょっとだけ発動しちゃったかもしれません。
次の日の朝、僕は完璧に筋肉痛になっていた。布団から起きあがる時「いたたた」って呟いたら、どこで聞いていたのか、襖がすっと開いた。
「暁、大丈夫か?」
「
お世話係りの青蘭じゃなくて、従兄の東雲だった。
「どうせ筋肉痛だろうと思って、聖女を呼んできた」
一緒に入ってきたのは、異世界に飛ばしちゃった聖女の杏奈ちゃんだった。
杏奈ちゃんは正座をして、丁寧にお辞儀をする。その姿はとっても品があって美しくて、まさに「聖女」って感じだった。
彼女が手をかざすと、ぽわーんと腕が光って、僕の筋肉痛はあっという間に治った。
「ありがとう、相変わらずすごい力だね」
「暁さまのお力添えのお陰です。教えていただいた癒しの術のお陰で、このたび大聖女に就任しました」
「凄いね!」
「暁さまには敵いません」
そう言って微笑んだ彼女の顔はきらきら輝いていた。
「無駄が多すぎるだけの慣習に捕らわれたクソ忙しい中小企業のカスみたいな出張所で、生きてるだけでコンプラ違反してるみたいな左遷されたセクハラおやじにコキ使われていた頃に比べたら、いまは充実感でいっぱいです」
うわぁ……杏奈ちゃん、大変だったんだね。
彼女はそういえばと続けた。
「暁さま、最近術を使った覚えはありませんか?」
「術? どうかな」
「こちらの通路が開いた気がして」
「ないと思うけど」
通路を開くのはけっこう大変なので、おっちょこちょいの僕でも覚えているはずだった。
そう言うと彼女は安心したように頷いた。
「いつでお呼び下さい。暁さまの美しいお姿を拝見するだけで、私の
杏奈ちゃんはにっこり笑って異世界に帰っていった。
でも彼女の
その日の朝は東雲と登校した。
東雲は成績優秀、顔面優秀の生徒会長なので、一緒にいたら目立って嫌なんだけどね。僕は静かに目立たなく過ごしたいんだ。
「筋肉痛は杏奈ちゃんに治してもらったから、つきそいなんていらないよ」
「それで済みそうにないから来たんだ」
東雲はいつも僕を信用していない。でもこんな時の東雲の判断はいつも的を射ている。
東雲は体育館の片隅を指した。
普通の人にはちょっと薄暗いだけの隅っこにしか見えないのだけど……。
「あらら……通路、開いてるね。杏奈ちゃんが言ってたのって、ここかな?」
「だと思う。お前、昨日術を発動しっぱなしで帰ってないか?」
僕はしばらく考え、
「そういえば、授業の後で大貫先生に手取り足取りでダンス教えてもらったかも。その時の手の形かな?」
「——大貫の野郎、そんな大胆なことしたのか」
「それがどうかした?」
東雲はいつも僕への過保護が過ぎて、大げさに解釈しがちだ。
「いやいい、それなら天罰だ」
「どうしたの?」
胸騒ぎがした。
大貫先生に後ろからハグされた時の腕の形——そういえば確か異世界行きの通路を開く形に近かったような気がする。
「迎えに行かなきゃ」
まだ扉の形をうっすら残している通路に向かおうとした僕は、東雲に羽交い締めにされた。
「迎えに行くのは様子を見てからだ。聖女には念のため大貫先生の動向を見張ってもらっている」
「へえ」
相変わらず手回しのいいやつだった。
杏奈ちゃんが見ていてくれるなら安心だけど、なんで迎えに行かないんだろう。
僕は東雲の腕からずりずりと抜け出し、通路をのぞき込んだけど、もやっとした先には何も見えなかった。
数ヶ月後、聖女の杏奈ちゃんが大貫先生の動向を教えてくれた。
大貫先生は異世界でまた「天下無双」って名前のダンスチームを作ったそうだ。僕は知らなかったんだけど、「天下無双」って、けっこう有名なダンスチームだったらしいね。
杏奈ちゃんの推薦もあって、向こうの曲芸チームとタッグを組んだ出し物は大成功で、王様もご覧になったそうだ。
僕も誘われて見に行ったんだけど、コロッセウムみたいな闘技場で披露したパフォーマンスは迫力満点だった。
先生、夢が叶って良かったね。
術師 山田暁の平凡で美しい日常 水丸斗斗 @daidai_dai
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