無双剣士はかく踊れり

水瀬 由良

無双剣士はかく踊れり

 知ってはいるが、見慣れてはいない天井……それに下が堅くて、ちょこちょこ体の節々が痛い。

「よっこらせ」

 声が出てしまった。すごく年寄りくさい。ていうか、声もなんだかじじいっぽい。寝ていたのは、布団。いつものベッドではない。部屋は和室。広さのわりにわずかばかりの家具。

 じぃちゃんの部屋? 

 手を見ると、水分が足りない腕。

 あまりのことに、跳ね起き(たつもりだったが、体がついてきていない)、急いで鏡を確認する。

 鏡の中の人物は……老人、じぃちゃんだ。


 愕然としていると、玄関から大きな声がした。

「鵺代巌氏はおられるか、おられたら返事されたい」

 俺の声だと思う。外から聞いた俺の声ってこんな感じなのか。そして、この物言い。俺の家はじいちゃんの家の敷地内にある。俺の家は離れ、じいちゃんの家が母屋ってやつだ。

 だから、早く起きたじいちゃんが訪ねてきたのだろう。


 俺は急いで、玄関行き、外の人物を確認する。昨日まで鏡の中にいた高校生がそこにいた。ドッペルゲンガーではない。正真正銘の俺、その人だった。


 人格入れ替わり…

 よりによってじぃちゃんと、しかも、今日、このタイミングで。

 

 じいちゃんはこの状況にも動じていない。

「むぅ。奇妙なこともあるもんじゃな。古典的な入れ替わり物語が自分の身に起きるとは想像もしていなかったが……まぁ、そのうち戻るじゃろ。そういうもんじゃからな。晋太郎にはしばらく不便をかけるが、お互いさまじゃし、それにどうすればいいかも分からん。こういう時はあえて動かないのも一つの方法じゃ」


 言ってることはよく分かる。しかし、それでは困る。

「じぃちゃん。言ってることはよく分かるんだけどさ。それじゃ困るんだよ。今日、大会があるんだ。ダンスの」


「ダンスの大会? ダンスに大会?」

 じぃちゃんが目を白黒させている。

 そうだよなぁ……ルールとかも知らないだろうし、そもそも年代的にはダンスが競技になるなんて考えられない世代だよなぁ。


 俺はそのダンスの大会について、今回の大会は地区大会であり、3位までは本選に出場が可能なこと、今日の午後からであること、流す音楽を持っていかなくてはならないこと、昨年の大会優秀者のダンスの様子など、時には動画を見せつつ説明した。

今回、俺がエントリーしていたのが、ソロのカテゴリーでよかった。時間こそ決まっているが、その他はかなり融通がきく。


「なるほど、あい分かった。その勝負決して負けることは許されんのじゃろ? ならば、決して負けん! いかなる勝負においても、勝負である以上、この天下無双、鵺代巌、その名にかけて勝ってくる」


 じぃちゃんが宣言する。

 さすが、気合いが違う。何回も修羅場をくぐり抜けてきただけある。じいちゃんの部屋には数々の賞状やトロフィーが飾られている。全部剣道のものだ。

「世が世なら、わしは宮本武蔵に匹敵する天下無双の剣豪として名をとどろかせていた」

がじぃちゃんの口癖だ。全日本剣道選手権5連覇。5連覇した時に、わしばかりが取ってもつまらん話だろうということで、以降は出場を辞退していたとか。

 そうしたじぃちゃんだからこその豪毅な発言だろう。


 しかし、ダンスのダも今の今まで知らなかったくせに、どうやってやるのだろう。

「で、晋太郎、どんな風にすればいいんじゃ?」

 

 ですよねー。

 こんなんじゃ、不安しかない。俺は自分の練習動画を見せて、こんな感じのダンスであることを伝え、一回やってみてもらうことにした。

  

 結論から言うと、それぞれのパートはうまくできていた。

曰く、

「晋太郎、お主、ずいぶん頑張ったんじゃな。分かるぞ。体が動いてくれたわ。体が覚えていてくれておるぞ」

とのことだった。


 俺もすごく練習したから、その言葉は嬉しい。

 しかし、それではだめなのだ。つなぎがどうしてもうまくいってない。そこは体調次第で工夫の余地があったから、あえて固めていなかったのだ。


「だけど、このままじゃ……」

 俺は顔を曇らせる。練習するには時間がない。会場までいく時間を考えると、自由に使えるのはせいぜい2、3時間。どう考えても時間が足りない。


「ああ、分かっとるわい。しっくり来ないのは、わしも分かっておる。しかし、勝ってくると言った武士に二言はない。晋太郎、どちらにせよこのままでは勝てない。だったら、博打をうつというのも勝つための方法だろうて。勝てれば丸儲けじゃ」


 こんな事態になってしまったのだ。

 もうどうにでもなれだ。


 俺はじぃちゃんの言葉にうなづき、じぃちゃんの言われるままに用意をし、会場まで案内した。ただ、正直、じぃちゃんがここまで弱っているとは想像だにしなかった。高校生の俺と歩調を合わせるだけで息切れする。戻ったら、優しくしなきゃな。

 一方、じぃちゃんは

「若いというのはいい。数十年ぶりの絶好調じゃ」

と実に自分勝手なことを言っていた。

 そりゃそうか。


 会場でじぃちゃんと別れて、出番を待つ。棄権も考えなかったわけでもないが、0よりはじぃちゃんに賭けてみたくなったのだ。どうせ失うものはなにもない。参加しなかったよりはマシだ。


 そして、俺の名前が呼ばれて、曲が流れた。

 俺は卒倒しそうになった。この年で卒倒したら、マジで病院送りになることは明らかなんで、ギリで耐えた。

 じぃちゃんが持ってきたのはこれだったか……

 流れた曲は、超有名曲、江戸幕府八代将軍の時代劇で流れる処刑用BGM。これは……失うものがハンパないぞ。


 じぃちゃん、勝ってくれよ。これで勝てなかったら、俺はどんな顔して学校に行けばいいんだ。この大会の観覧は自由だ。なので、当然、友人も来ていると思う。友人に会わなかったのは、会場に来る前にLINEで今日は集中したいし、どんな結果が出ても、その結果を受け止めて考えることもあるだろうから、一人にしてくれと頼んでおいたからだ。

 

 じぃちゃん、頼むぜ……


 ・

 ・

 ・

 ・


 そして、俺は今、全国の舞台に立てることができている。じぃちゃんは勝ってくると言い、事実、3位に滑り込んだ。

 あのダンスには、びっくりした。マジでかっこよかった。

 じぃちゃんによると剣道では型もやるらしい。つなぎでは、その型と殺陣を組み合わせて次の技に移るようにした。それがすごくよいメリハリになっていた。しかも、じぃちゃんの所作がカッコイイを通り越して、美しかったのだ。それが審査員に響き、和風の要素が新鮮で、しかも、美しいということで、高評価をもらったのだ。


 そこで、俺はじぃちゃんにこの1ヶ月というもの型を教えてもらっていた。美しい所作を身につけることがダンスにも役に立つと思ったからだ。ちろん、体は元に戻っている。あの交換された体は、翌日には戻っており、何事もなかったかのようになっていた。

 今、会場にはじぃちゃんがいる。じぃちゃんはじぃちゃんでダンスに目覚めたようで、最近じゃ、型にこだわらない剣舞ができないかと頑張っている。このじじぃ、若返った気がするぞ。

 今度は、俺がじぃちゃんが魅せてくれたように、勝ってくるところをじぃちゃんに魅せてやる。


 流れる音楽は、江戸幕府八代将軍の時代劇で流れる処刑用BGM。

 地区大会で使った曲を必ず使い、もう一曲というのが大会規程なんだから仕方ない。

 そして、俺は、ダンスを開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無双剣士はかく踊れり 水瀬 由良 @styraco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ