第20話 お試しの終わり、新しい始まり

午後の授業の前、翠花は自分の学校に戻り、私と夜野さんとモアは黙って教室に戻った。

それからは、うわの空で時間が進んだ。

国語も英文法も、頭に入ってこない。


サキが私に、試しに付き合おう、と言ってきた日。それから夜野さんとのお付き合い、翠花との出来事。

今まで、なんとなく流れに乗ってきたことは、もう流されていくだけではいけないようだ。


最後のチャイムが鳴り、ホームルームが終わった。

教室が少しずつ空っぽになっていく。

私と夜野さん、そしてモアは、なんとなしに集まっていた。


「翠花も一緒に話そうと思うから、学校の外に行こう」


「場所、どこがいいでしょうか?」


話の内容からして、ケーキ太郎は違う気がする。

かといって、長くなりそうな話を路上や公園でするわけにもいかない。


私の部屋にするしかないか……と考えたところで、先にモアが口を開いた。


「ならば、私のガレージを使うと良い。広さだけはあるからな」


「ガレージ……小屋みたいな感じ?」


一戸建てによくある、1階部分の駐車場をイメージする。


「いや、もっと広い。別荘みたいなものだよ」



◇ ◇ ◇



モアが親に借りているというガレージは、自宅のすぐ隣りにあり、『別荘』という表現が確かにと思えるほど、ほぼ2階建ての家という印象だった。

シャッターから入ってすぐの場所には車やバイクの部品が並んでいたけれど、奥の部屋には椅子とテーブルが並べられていて、ちょっとした飲食店の一部のようだった。


「すげえ、家が2つあるようなもんじゃん、モアってお嬢様なのか」


地図アプリで案内された翠花もまた、ここに来ていた。


「このガレージは見た目ほど高くはないさ。まあ、話し合いを始めてくれたまえ」


モアは謙遜ではなく、事実を述べただけといったていで説明すると、テーブルに紅茶を並べた。

私はすぐに、これまでの経緯を説明しようと切り出した。



「まず、私と夜野さんのことなんだけど」


「おう」


「付き合っているんだ」


「ブーッ! げほっ、ごほっ、マジかよ」


紅茶を口に含んだ翠花がテーブルにぶちまけた。

モアは、想定通りとばかりに布巾を持つと涼しい顔でテーブルを拭いた。


「いつからなんだよう」


「4月の、サキの誕生日から」


「ま、まじか。あたしは、夜野と付き合っているはっちゃんを、呼び出してよしよし頼んじゃったのか……」


申し訳無さそうに動揺する翠花は、気を紛らわすためか再び紅茶を口にした。


「それは私も悪かったんだ。その時に夜野さんとは、まだ『お試し』って思っていたから」


「サキさんと、はづきさんや私が付き合った時のように、お試しから始めていたんです」


「ブーッ!」


サキと私が付き合っていたこと、さらにサキと夜野さんが付き合っていたことに驚き、翠花はまたしても紅茶を吹き出した。


「え、なんなん、皆、進み過ぎなの? 未来に生きてんの? 宇宙開発なの?」


混乱する翠花に私は、サキをきっかけとした私と夜野さんの出会いを説明した。

翠花は、なんとか納得して紅茶を飲みこんだ。

それを見届けると、モアは皆を眺めて言った。


「私はこれから友人として、きみ達にお節介なことを言う」


眼鏡が、照明の光を鈍く反射する。


「はづきくんと夜野くんは、いつまで『お試し』という状態を続けるのかね」


今こんなことになっているのは、お試しから始めた、正式ではないという感覚のせいでもある。

そして、意図していないにせよ、サキと私達の『試しに』付き合う期間は、1週間だった。

もう十分に長い。


「もう『お試し』じゃなくてもいいと思います」


夜野さんは、静かに言った。


「お付き合いしてから、もう長い時間が経ちました。はづきさんといると、楽しいし…安心します」


夜野さんの言葉に、胸が締め付けられる感覚がした。同時に、少し嬉しい。


「私は……はづきさんのことが、好きです」


この部屋のどこかにあるであろう、アナログ時計の音が聞こえるほどに、皆、静かだった。


「おお……」


やがて、翠花が感嘆の声を漏らした。


「はづきさん……」


夜野さんの真剣な表情、それは決意だった。

サキの遊びから遠回しに始まった関係。

でも、今の私たちは、もうそんな理由だけで一緒にいるわけではない。

そう分かった。


私もまた、決意する。


「夜野さん……私はお試しじゃない、本当の恋人になりたい。なってくれる?」


「はづきさん……分かりました、正式にで、始めましょう」


心の奥底から湧き上がってくる好意と感情は、サキへの思いとは違う。

けれど、確かにそこにあるものだった。

ああ、これが好きなんだなと思った。お試しの先に得られた感覚。


モアが、ああ良かったとばかりに旨を撫で下ろして、息を吐いた。

その表情には安堵。

昼に鼻血を出してまで駆けつけてくれたことには、いつか改めて感謝しよう。


しかしここで、急に大きな声を出した者が1人。

翠花だった。


「あっ、嫌だ!」


ガタンと立ち上がる。


「だけど、はっちゃんと夜野がちゃんと付き合うってなら、あたしはもう、あんたらとは合わない!」


え、そこまで? と思った。夜野さんもまた、せっかく出来た友達なのに、という顔をしている。


「はっちゃんのよしよし、あたしには必要だったんだよう、でもだめだよう!」


翠花は急にガレージの床に仰向けに転がり、駄々っ子のように手足を動かした。


「はっちゃんがいないと、だめなんだあ……。でも、はっちゃんに頼むのは、だめだあ」


翠花はくしゃくしゃに泣きながら、思いを吐き出した。

ここにいる全員の中で1番大きな翠花がじたばたとすると、迫力がある。


「ううっ。ごめんすまん、あたし、もう帰るよ。はっちゃんも夜野も、モアも、ありがとうな」


と、落ち着きを取り戻しながら、翠花が椅子に戻る。

すると夜野さんは、翠花に向けて、優しく話しかけた。


「翠花さん、そんなにはづきさんが必要なら……たまに分けてあげるのはいいですよ」


「えっ?」


「でも、キスはだめです。その先、それ以上のこともだめです。デートもだめです」


「いいのか、ううっ、夜野、ありがとな……!」


翠花は、女神に祈るように、夜野さんに感謝を伝えた。


「でもデートだめかあ、あたし、はっちゃんのことが好きなんだけどな……」


「告白もだめですよっ! 友達として好き、ということにしてください! 一緒に遊ぶくらいならいいです!」


夜野さんは禁止事項を追加し、補足情報をまくしたてた。


思ったより長く話していたのだろう、ガレージの窓から見える空は暗くなり始めていた。

翠花との話が決着してから少しの後、夜野さんは私に向かって、質問する。


「サキさんのことは…どう思いますか?」


「サキは、私にとって親友だし、これからもそうだと思う」


「はい…」


「でも、夜野さんとの関係は、サキとは違うよ」


「そう、ですね。私にとっても、はづきさんは、サキさんではありません」


4月に夜野さんが言っていた、サキがいなくなったことへの埋め合わせ。

私はもう、代わりではなくなった。

振り下ろされた工具で切断されたケーブルのようなモノが、修復されて、これからへと接続された。

そういうことなのだろう。


ガレージに、静かな時間が流れる。遠くのほうで、街の時報が放送されたのが聞こえた。


「これ以上、ここで今何か言うことはあるかね」


モアがそう言うと、私達は無言でお互いを見た。もう大丈夫だと言う意味だった。



◇ ◇ ◇



ガレージでの話し合いを解散して、翠花を見送った後。

夕焼けの空の下、私と夜野さんは手を繋いで歩いていた。

これまでとは違う、新しい始まりの予感がした。


「うーん、明日駅前で、新しく選んでみようかな」


「サキさんのではなく?」


「これから付ける、新しいのがあってもいいかなって」


夜野さんが微笑んだ。

そして、駅前の分かれ道まで来ると、私たちは少し立ち止まった。


「じゃあ、また明日」


「はい、明日は、帰りに駅前ですね」


夜野さんは、歩き出さずに、少し頬を赤らめた。


「あの……」


何かを期待しているように見えた。


「あの、キス、しようかなって思ったんですけど」


夜野さんは背伸びをして、私に顔を近づける。


「これから先でも、いいですよね」


私は頷いた。

変化はゆっくりでもいい。

また次の日、なにかが変わるかもしれないという予感を繰り返して、日々は進んでいく。


「それじゃ、あらためて、また明日」


「はい! ……また明日」


夜野さんのは、小さく手を振った。

その姿が、黄昏時に溶け込んでいく。

私もまた自宅に向かって、歩き出した。



◇ ◇ ◇



家に帰り、私はサキの髪留めを机に置く。


「サキが面白がってやることはさ、いつも変なことになるよね」


私は小さく呟いた。


お試しで始まった恋人関係は、今日で終わって、

夜野さんと翠花との私の関係は、新しく、形を変えて始まった。


サキの痕跡に導かれた縁は続いていく。

私の親友、そして恋人は、これからも私の中で、私との関係を続けるのだろう。

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死せる恋人、生ける私らを走らす 加藤雅利 @k_masatoshi

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